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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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地下・エンブリ・シアター

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カプセル・ホテルのテレビに映った白いドレスの女性。


あの、突然現れて、突然消えた、戦災孤児みたいな少年の母だという女性。尾村ミサコ。調査役の妻と同じ名前の女。


まてよ。妻と同じ名前の女性か…・


調査役は考えた。この、ストリップの女性は、あの少年によれば、妻と同じ名前なのだ。そして、セブンマイルに、妻がいる、と言って昨晩、携帯に興信所の男から電話がきて、この歌舞伎町に来たわけだが、妻と同じ名前の、このストリップ嬢の間違いだったとかいうことはないだろうか?


とにかく、何かつながりがあるのではないか…・


調査役は、そのストリップの行われている劇場の名前を見た。


ここから、すぐ近くである。歌舞伎町の奥手だ。外側の通りを遠回りして、裏手から攻め込めば、歌舞伎町の中に足を踏み入れることなく、その劇場に行くことができる。


それに、昼だし、変な外人が跋扈する時間ではないだろう。


調査役は、歩き出した。そのストリップ劇場へ。キャンディ・マミこと、尾村ミサコの所在を確かめにであった。


その劇場は、すぐに見つかった。歌舞伎町の風俗街がある中心から1ブロック奥手のところにある。


調査役は、その奥手の、さらに奥にあるホテル街の横手の通りを歩いて、その劇場のある場所へと進んできた。


調査役は、そのホテル街の地理のことは知っていた。駆け出しのサラリーマンの頃、それこそ、セブンマイルでぼったくりにあったりしていた頃、夜遅くまで飲み、終電車がなくなり、この辺のホテルに泊まったことがあった。


施設はまあまあで、もっとも価格の安いところを捜して歩きまわったことがあった。だから、この辺の道には詳しいつもりだった。


さて、その劇場は、地下にあった。劇場の回りには人影はまばらで、ここにそんなものが本当にあるのかどうか不安になった。


しかし、大きな看板が、劇場の地上部分に立てられていた。巨大なマミの写真が貼ってある。やはり、ここが、その劇場なのだ。調査役は、まじまじと眺めた。


…やはり、間違いない。小さなテレビ画面で見ただけだが、この美貌の顔には印象が深かった。


調査役は、決心した。窓口で切符を買い、その劇場の入り口へと続く階段を下っていった。


入り口のドアを開ける。真っ暗である。昼間の世界から、急に、暗黒の奈落へ転落した感じである。真っ暗な中、少し遠くに、オレンジとピンクの中間色の、空とぶ円盤みたいなものが浮かんでいる。


目を閉じて、また開けると、少し目が慣れた。劇場の暗闇の中には、人がいっぱいだ。100人も入れば、満員になってしまうような広さの劇場に、9割方は人が入っている。


空席は若干あるのだが、立ち見の客が、結構いる。席に座るよりも、立ったほうが、よく見えるのだろう。


最初の一瞬、空飛ぶ円盤に見えたのは、ステージであった。ステージが劇場の真ん中にあり、それを囲んで客席がある。


丸いステージからは、花道が奥へ続き、突き当たりは、やはり舞台であるらしい。


今は緞帳が下りている。銀紙や色紙のふさふさを、やたらにつけて装飾した、安っぽい緞帳が下りていた。


場内は静まりかえっていた。今は幕間なのか。ピンクの円盤ステージの上を見た。


何かがのっている。調査役は目をこらした。


それは袋だった。大きな布団くらいの大きさの袋。


調査役は場内に入り、客席最後列の手すりにもたれて身を乗り出し、その袋そ見た。見覚えのある袋だった。


サイズは大きいが、そのビニール袋には、間違いなく見覚えがある。それは、あの怪物のような生き物が誕生した、コンビニで買った袋と同じ色、同じ柄だった。


場内はかたずを飲んで、その袋を見守っていた。


あんな袋が、そうしてストリップなのか、調査役には理解できなかった。しかし場内の雰囲気に飲まれて、調査役も、その袋を見つめた。


すると、袋が動き出した。同時に、円盤ステージが、ゆっくり回転しはじめた。音楽も始まった。ブライアン・イーノの環境音楽だった。


袋の一部が破れて、赤い液体が流れ出た。たらたらと、ゆっくり流れ、ステージの表面に沁みていった。あの、怪物というべき生き物が現れた瞬間のことを思い出し、調査役は恐怖を感じた。


袋の裂け目は大きくなり、そこから手が現れた。すんなりと伸びた、真っ白い手。遠くて見えにくいが、指が細くて、とても綺麗な手。やがて腕が出てくる。


これもまた、綺麗なスマートな腕。手と腕だけのモデルで売り出せそうなほど、美しかった。


誰かが指笛を吹いた。


次に出たのは足だ。足の指がまた綺麗で、形がよかった。足先に続いて、足首、ふくらはぎ、ひざ、太股、と現れてくる。


そして、いきなり、下腹部が見えた。それは女性の下腹部で、股間のヘアまでがはっきり見えた。


手と腕と、足と脚、そしてデルタが、ビニール袋から突き出た生き物がそこにいた。


手が股間にさしのべられ、茂みをかきわけて、内部を見せる。ステージは回りながら、その様子を、あますところなく観客に見せた。


そして急に暗くなる。


鼻をつままれてもわからないほど、真っ暗闇だ。


音楽が、歌謡曲みたいな親しみやすいものに変わると、照明が灯り、ステージの上に先ほどの袋がぺしゃんこになって置いてあり、その上にソーセージみたいに横たわる、裸の女がいた。


腕枕して微笑んでいる。さっき部分的に見せた腕も脚も、ともにすんなり綺麗に伸びていて、髪は短くこざっぱりとした可愛らしいショートカットだった。


丸いステージは、ゆっくり回る。電子レンジの中のターンテーブルみたいに回った。彼女は微笑み、健康そのものだった。長い手足、くびれた腰、つんと立った乳房。


調査役は顔を手でおおった。また知り合いじゃないか…


そのストリッパーは、調査役をあの病院で指導した体操の先生だった。


・・・・・・つづく

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