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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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また新宿・・・今度は青春つき

 43



 反射的に席を立ちあがり、調査役は電車を飛び出た。


 そして、反対側にとまっていた山の手線の電車に駆け込んだ。駆け込んだと同時にドアが閉まった。


 そして、ひとつ向こうのドアを見ると、あの中年男もその電車に乗り込んでいた。


 やはり、こいつは、尾行している…・


 調査役は確信した。


 しかし、今の、この尾行者の行動はまずかった。これで尾行は失敗だとわかっただろう。そのうちに退散するに違いない。


調査役は、そ知らぬ顔で吊革につかまって、車内広告などを見た。


次の駅に着いた。


調査役は、何気なく中年男の方を見た。男はそこにいて、新聞を読んでいた。電車から降りる様子はなかった。


電車のドアは閉まり、再び発車した。


山の手線の駅に次々に止まり、次々に発車するのだが、尾行者の中年男は、新聞を読んでいるだけで、電車から降りようとしなかった。


尾行を感づかれたと知ったのに、去らないということは、この男は、もうふてくされたのか。


それとも、まだ尾行に気づかれてないとでも思っているのだろうか。あるいは尾行の目的はもうあきらめて、何か別のことをしようとしているのか?


調査役は、ときどき中年男の方を見た。外見は、やくざ風ではなかった。


腕っぷしが強そう、という感じでもない。背は調査役よりも低い。どう見ても、さえないサラリーマン。調査役よりも、まださえないサラリーマンという感じだった。


しかし、油断は禁物だ。昨日、現に調査役はセブンマイルで命を狙われた。


この男が、何かとんでもない危害を調査役に与えない保証はない。


それに、こいつが何者であったにしろ、自宅の場所はもうつきとめられている。この男をまいても、また自宅近くに現れるにちがいない。どこかで、こちらから先制攻撃をしかけよう。


あれこれ考えるうちに、電車は新宿に近づいた。


なんてことだ。また新宿に来てしまった。


調査役は思ったが、この男から逃れるにせよ、相対して攻撃をするにせよ、人のたくさんいる場所での方がいい。新宿が、うってつけの場所だろう。そう考えて、調査役は新宿駅で降りた。


土曜日の午後の新宿駅である。人の混雑は、横浜の比ではなかった。調査役は、ごったがえす人の群れをかきわけ、人の波の大きなうねりをよけながら、歩いた。


改札を出るとき、少し横見した。すると、あの中年男の姿は見えなかった。


消えた…


しかし、また現れるのではないだろうか。その可能性が高い。尾行が上手なんだか下手なんだか、よく分からない男だ。全く姿が見えないかと思うと、いやに近くに現れて、平然としている。


いずれにせよ、奴が現れなくては、先制攻撃のかけようがない。


仕方なく、調査役は、またその辺をぶらぶら歩くことにした。


まったく、あんなひどい目に会った新宿に、翌日にまた来てしまった。歌舞伎町にだけは、寄りつかないようにしよう、と思い、調査役は歩行者天国の街の方へと向かった。そして交番を遠まきにして歩いた。


調査役は、ふと、自宅の部屋の中に残してきた生き物のことを思い出した。


そうだ、あの生き物の始末が先だったのに。尾行者によって、こんなところに来てしまったのは失敗だった。今ごろ、部屋の中で、どうしてるだろう。


調査役は、不安になった。変身して、恐ろしい化け物にでもなってるんじゃないか?


しばらく歩き、ときどき、自分の後ろを振り向いた。しかし、あの尾行者はいない。


こちらの意図を察知されたのか。この新宿の繁華街をうろついていても、何にもならないのではないか。調査役は、そんな気がしてきた。


交番の前まで来る。昨夜来のことを、言ってみようかと思った。


少なくとも、あのセブンマイルの殺人事件のことを。そういえば、あの店の死体は発見されたのだろうか。新聞もテレビも見ていないのでわからない。


交番から離れて、駅前の売店に並ぶ新聞を眺め、見出しを読んだが、それらしい記事は見当たらなかった。


最も3面記事の充実していそうな新聞を買って読んだが、やはり、なかった。まだ死体が発見されていないということなのだろうか。


地下鉄の中であった発砲事件の記事はでていたが、たいして大きな扱いではなかった。


一面に大きく取り上げられていたのは、保険金詐欺の殺人事件で、こちらは特集まで組まれていた。この事件の影に隠れて、かすんでしまったもののようだ。


新聞から顔をあげると、調査役の肩には、また鈍い痛みが走った。


頭痛もした。意識が、ぼやける感じがした。いけない。あのキノコスパゲティーがよくなかったのか。何か悪玉コレステロールを励ます物質でも含まれていたのではないだろうか。


調査役の濁った血液が、体の中を黒く駆け巡る感じがした。


よろよろと歩き、目についたベンチに座った。向かいに、西洋の城か別荘を思わせる、古い建物があった。それは、全館が、喫茶店だった。


昔、この店に、来たことがある。調査役に、ふと記憶がよみがえった。


田舎の大学を卒業して、就職して間もないころ。自分の望んだ職につけなかったので絶望していたころ。


学生時代に、唯一といっていい、年下の若い女の子の友達がいたのだが、その子とこの喫茶店に入ったのだ。


その子は、女優志願で、高校を出て、すぐにミュージカル系の劇団を受験したが、見事にすべってしまい、劇団入団を目指して、浪人していた。


その子は田舎出身で、東京にでて、一人でバイトしながら生活していた。


調査役は、そのころ、20代の前半で若かったはずなのに、就職に失敗したこともあって、もう、くたびれ切っていた。


その、若年寄みたいな調査役にとって、女の子は、あまりに眩しい存在だった。


彼女は、純粋無垢で夢にあふれて、輝きまくっていた。


横浜出身で一応は都会の塵芥のことを知っている調査役から見ると、東京にいて生活するには、ピュアすぎて危ないのではないかと思われる子だった。


しかし、その時、その子は十分に傷ついてはいたのだ。


受験に失敗したのだし。あとで聞くと、失恋もしていたらしい。


しかし、輝いて元気で綺麗だった。


そこそこ苦労したのに、あんなに輝いていたのだから、本物の夢をもってたのだ。若かったから、なせるわざ、ということはもちろんあるけれど…



・・・・・つづく

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