人はみな神のつくりし最高傑作
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生き物は、ただ黙って泣いていた。本当に弱々しくなって、もう死んでしまうのではないかと思った。
「おい。一体どうしたらいいんだ」
調査役は狼狽した。
腹が減ったのか。寒いんだろうか。しかし、冷凍されてたんだから、今さら寒さなんかに負けるものか。大体、この部屋は、寒くなんかないぞ。やっぱり、腹が減ったんだ。腹…
調査役は、腹から伸びた管を見た。
ここだ。きっと、ここから養分が必要なんだ。しかし、冷凍されている間は養分なしで平気だったはずなのに、どうして。
…そうか、解凍されて、生命活動が再開されて、生命維持のために、養分が必要なのだ。
狼狽したわりには、頭は忙しく動きまわり、体も動いていた。なぜかミルクを鍋に入れて暖めていた。そして、人肌よりも少しぬるい温度になったところで、火をとめた。
それで、どうしようか。調査役は、はたと困った。
手元にあった、ミニサイズのやかんにそれを入れた。生き物の管をそっと手にとって、やかんの注ぎ口から、ミルクを注いだ。
…・こんなやり方で、こんな養分を注いで、この生き物が蘇生するわけがない。
心では、そう思っていたが、こんなやり方しか思いつかなかったのだから、仕方ないのだった。
まるで、理科の実験でもしているような気分にもなった。
ゆっくり、ゆっくり、少しづつ、調査役はミルクを注いだ。
はたして、その生き物の顔は、気のせいか次第に安らかになってゆくように思われた。
涙はひいていった。
かといって、弱々しく息たえていく風ではない。
ゆったりと、静かながら、規則正しく、呼吸し始めた。何となく、笑顔になったような気がした。
「大丈夫かな」
調査役は、子を思う親のような顔をして、怪物と人間のあいの子を見守った。
「どうやら、峠は越しました」
調査役は言って、養分供給をひとまず止めることにした。
その生き物は、やすらかに眠っていた。
さっき、あんなに声をあげたり、動いたりしたのは、解凍作用の影響だったのか…
解凍されて生き返る途上で、生命再開の主張をしたのか…、などと、調査役は一人で推察した。
椅子にり直して、調査役は、しみじみと生き物を眺めなおした。
だんだんに見慣れてくると、この生き物も、それなりに可愛い気がしてきた。
しかし、不気味なことには違いない。
医学雑誌で、体内の赤ん坊の写真を見たが、やっぱり少し似ている。
しかし、これを初めて見た人は、やっぱり、気絶するだろうな。
調査役は、キッチンとつながったダイニングルームに行き、ソファに座り、煙草を吸った。そして考えた。
この生き物はなんだろう。どうしたものか。
ひょっとすると、大発見だ。新生物かもしれない。大学の医学部か理学部にでも持っていこうか。
それとも、やっぱり人間の赤ん坊のできそこないで、堕ろされ、捨てられたものかもしれない。
もう、かなり人間に近いものとして、殺人事件の対象であるかもしれない。
だとしたら、警察に届け出るべきだろう。警察…
それにしても、昨日、今日と、不思議で物騒で、警察に関連するような事件が次々に起こっているなあ。
警察に行こうとして、外に出た日には、また何かに巻きこまれるかも知れない。
どうしようか考えがまとまらず、調査役は立ち上がり、キッチンへ行き、生き物を見た。
生き物は、いよいよ安らかに、すやすやと眠っていた。
しかし、今は眠っているからいい。そのうちに目を覚ましたら、また、さっきみたいに大声をあげて、動きだすかもしれない。
今度は、こちらに襲いかかって来るかもしれない。そう思うと、また恐怖の感じが芽生えた。
だが、まあ、こんなに小さい生き物だ。歩くこともできない。エイリアンならともかく、触手が飛び出て、こっちに巻きつくとか、そんなこともあるまい…
考えがどうどう巡りするのを押さえられず、調査役は窓辺に行って、外を見た。
往来は、相変わらずの平和な土曜の昼下がりであった。外には、こんなにも平凡な時間が流れているのだ。
買い物客、子供たち、そして電信柱。
調査役は電信柱の影に目をとめた。さっき見たのと同じ、中年男が立っていた。野暮ったい背広を着て、小さな会社の営業マン風の男だった。
さっきから、誰かを待っているのか…
その中年男は、そ知らぬ顔で往来を見ていた。しかし、一瞬、その男はこちらを盗み見た。その目が、なんとなくこちらを見たものではない、何か普通ではないものに思えた。
調査役は直感した。昨日来の、いろいろな事件のせいで、調査役の勘は敏感になっていた。
この中年は、こちらを監視している…・
張り込みだろうか。すると刑事?何者か…
調査役は窓辺を離れて、生き物のいるテーブルを横目で見て、寝室に戻った。ベッドに仰向けに横たわり、両手を頭にあてて、天井を見た。もう何も考えたくない感じだった。
そして猛烈な空腹感を感じた。
昨日の晩から何も食べてない。朝食を食べようとしたら、電子レンジから怪物がお目見えした。その怪物に食事させてやったのだから、今度は私が食事する番だ。養分をとれば、いい考えも浮かぶかもしれない。
調査役はとるものもとりあえず、とにかく、どこかで腹ごしらえをするため、外出することにした。
・・・・・・つづく




