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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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祖母のメモリー

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祖母は、晩年には脳軟化症となり、ひょっとすると、今で言うアルツハイマー病であったかもしれない。


奇妙なことを口にし、徘徊癖もあった。


調査役はまだ幼児だったが、祖母のこの異常さは認識できたらしく、これをからかい、髪の毛を引っ張ったり、蹴飛ばしたりの狼藉を加えた。


まるで悪魔の幼児だった。あとで思い出すと、本当に慙愧の念にとらわれた。


祖母は、この悪魔の幼児に晩年にいじめられ、調査役が4歳のときに、この貧民長屋で、この世を去った。


ごめんなさい!と叫び、調査役は長屋の前や後ろを歩いた。


不思議なことに、祖母のみじめな晩年を写した写真は見当たらなかった。どのアルバムにもないのだ。だから当然、この夢にも登場しない。


長屋の部屋の中を、調査役は歩いた。


なつかしい、写真でしか見たことのない家族たちの姿が、あちらこちらにあった。そのうち、死んだ父の若い姿にお目にかかった。


病的なほどにスマートに痩せている。この頃、父は結核を患っていた。


まじめな、外資系の銀行員だったが、結核だった。


祖父は失意のアル中、祖母は脳軟化症になりかけ、幼い弟と妹のいる家庭で、兄夫婦はすでに結核で死に、家の稼ぎ手は、この20代になったばかりの父だった。


調査役の父は、パーキンソン氏病で、3年前に死んだ。


悲しいことだった。父については、もちろん、語りたいことは沢山ある。


「悪魔の幼児」だった調査役は、「悪魔の少年」を経て「悪魔の青年」から「悪魔の中年」になった。


弱虫で意地が悪いまま人生を歩んだということだ。晩年の父に対しても、祖母に対してと同じように、調査役はひどかった。


幼児ほど見さかいのないことをしたわけではないが、それよりも悪質だった。


学生のころは勉強、社会人になってからは仕事、にかこつけて、冷たく、精神的な暴力を加えたのだ。


父がパーキンソン病になってからのことを思い出すと、良心の呵責というものを、いやというほど感じた。


しかし、また同じようなことが起きても、きっと調査役は同じように悪辣なことをするのだろう。


父が死んで、火葬場に父を運ぶ霊柩車に同乗した夕暮れ。あの夕焼け。


 あの空のことは忘れない。調査役は父の記憶が、脳髄の中に怒涛のように押し寄せて、男泣きに泣き、顔じゅうが涙で濡れた。


 どこに誰を父を嫌う息子がいるものか。


 本当に大好きだったのだ。死んで冥界に旅立つ父なら、きっとそのことをわかってくれるだろう、と勝手に思った。


 しかし、致命的だったのは、父が存命の間は、調査役は不潔な悪魔だったのだ。悪どい弱虫だったのだ。


長屋の扉を開けると、不気味に頭だけ大きい赤ん坊を抱いた父の姿が見えた。


 貧乏だったが、まじめに必死に明るく働いた父が、不気味な赤ん坊を抱いて嬉しそうにしていた。



。。。つづく


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