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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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セピアいろの夢

35



4人家族は、これまた白黒だった。セピアがかった白黒で、古い写真だ。


 なにしろ昭和20年よりも前なのだから、仕方ない。ちょっと黴くさい感じさえする。



突っ立ったまま、調査役は身じろぎもしなかった。ちゃぶ台を囲む4人家族も、黙って調査役を見つめていた。



そして、調査役は気づいた。朝の電車で見た刑事の顔は、この祖父に似ていたのだ。


 そして、今更ながらに気づいたが、おじさんは、調査役に生き写しだった。


 おじさんは20代で結核で死んでしまったのだが、調査役の歳まで生きたとするなら、きっと調査役そっくりの風貌になったことだろう。


 祖母は、あの女医だろうか。似ている気がする。


 父もどこかで今日現れただろうか?父については思い出せなかった。



4人家族はまったく動かない。そこに3次元の存在のようにして座ってはいるが、やはり写真なのだ。全く動きはしないのだ。



調査役はドアを閉めた。そして振り返った。



そこには、丸顔で丸眼鏡の、カプセルホテルで見た、あの人がいた。


 英国風の紳士服姿で、机の前の椅子に座り、洋書を広げて読んでいた。


 この人は祖母の弟で、かなり有名な建築技師だったはずだ。大学の講師もしていたという。


 満州へわたって終戦を迎え、人民裁判で銃殺されてしまったはずだ。この人も白黒姿のまま、動かない写真だった。



調査役は恐れ入って、またドアを開けた。




そこは、もうさっきの日本間ではなかった。


 熱海の海岸だった。調査役が歩み出ると、白黒の空に白黒の海が広がり、白黒のお宮の松があり、その前に、あの、調査役


そっくりの叔父と、彼の妻が並んで立っていた。



きっと新婚旅行か何かの写真だ。


 調査役は思った。叔父は蔵前学校(いまの東京工業大学)を出て、将来を嘱望されていた。


 勉強もできたが、相撲や喧嘩も強かった。


 横浜のおつなか…港湾労働を請け負う、ちょっと任侠の世界…の人々にも一目おかれていた。


 「尾村組」なる会社も興した。見れば、やっぱり調査役に似ている。


 生き写しだ。さっきも言ったように、彼は、20代のなかばに、結核で死んだ。


 その横にいるのは、奥さんに違いない。


 博子さんと言うのだ。彼女は叔父の死んだ1年後に、後を追うようにして、やはり結核で死んだのだ。


 どうもこの博子さんは、今朝の痴漢事件の女性に少し似ていた。



調査役は耳を澄ました。


 熱海の潮騒の音は聞こえないだろうか。白黒の熱海の海岸を散歩した。そして、どんどん、歩いた。



熱海の旅館が写真の後ろの方に写っていた。


 そこへ到達したと思ったら、急にみすぼらしい長屋だった。これも知っている。



それは、大正時代の住宅供給公団ともいうべき、同潤会という団体が建築した、貧民のためのアパートだ。


 6軒長屋。そこに、調査役の祖父と祖母と父と弟、妹が住んでいた。



この長屋に移って後、父とは20歳近くも歳の離れた、弟と妹が生まれたのだ。


 その頃、祖父は戦前に社会主義運動がたたって官憲にいためつけられたせいか、単に仕事がうまくいかなかったせいか、酒


におぼれてアル中になっていた。


 祖母は、もともとがお嬢さん育ちで、家計のやりくりができない性質であり、しかもせ気が弱く、夫に口ごたえできないで、酒を


買ってこいと言ってたたかれたり、ぶたれたりしていた。


 まさか、祖母は、あのセブンマイルにいた怪物みたいな女になってしまったのだろうか?


 いや、そんなはずはない。それはあまりにかわいそうだ、と、調査役は思った。


 今まで登場した人々の中で、調査役が生きているのに会ったことがあるのは、父とこの祖母だけである。しかも、祖母の晩年し


か調査役は知らない。


・・・・・・・つづく





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