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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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誰もが消えてしまい、そしてまた現れる

32


すると、どこからか声がした。


「うるせえなあ!」


いずれかのベッドの客が物音に文句を言ったのだ。


初老のフロント男は声を低めていった。「どこかに隠れてんじゃないのか」


「ベッドの中に?」


「ああ」そう言って、フロント男はもよりのベッドのシャッターを手でノックした。「あの、おそれいりますが、おやすみのところ…。このへんで、さっき喧嘩がありませんでしたか」


返事はなかった。


「だめだ。本当にお休みらしい」


「こんなことで、お客さんを起こしたりしていいのか」


調査役は初老のフロントの行動を非難した。


「仕方ねえだろう。ホテル全体の安全に関わることだ」初老の男は口をとがらせた。


幻だったのか、と調査役は、また疲労の度合いを強くした。


今日は、つくづく、奇怪で物騒な1日だった。なんで今、自分がこんなカプセルホテルで、こんな不愉快な初老の男と過ごしているのか?


…朝、通勤電車の中、石本補佐の痴漢事件、病院の健康診断。漫画みたいな女医。色っぽい栄養診断士、健康な体操。地下鉄…


そうだ、地下鉄の発砲事件。会社では汚職処理の事件。


大変だった。忙殺された。そして、深夜、関西弁の電話によって、歌舞伎町へおびき出された。誰かが自分をおびきよせたのだ。行方不明の妻を餌にして…・


調査役は、はっとした。


自分は、あきらかに、あのセブンマイルの店で、あそこで殺されそうになったじゃないか。


しかし、隣の部屋にいた妙な男が、追っ手を殺した。


…・どうも、あの男は、昼間地下鉄で発砲した男と同一人物のように言っていた…


そして、怪物みたいな女、歌舞伎町で中近東系の外国人たちに追いまわされてここに来た。疲労じきった。ここで休憩したかっただけだ。頭の中が、空っぽだった。


あまりに色々のことが起きて、ついに、このカプセルホテルでは、幻覚を見たらしい。


調査役は、頭をふった。


ひどい1日だ。魔物に取りつかれたような1日だ。


どういうことだろう。何かが調査役を陰謀の罠にはめようとしているのか。調査役のまわりに現れるものが、そのみんながいっしょになって調査役を陥れようとしているらしい。


調査役は、はっとした。


…そうすると、この初老の男も、油断ならない奴じゃないか…・?


そして調査役は思った。色々の苦難に振り回されて、まともに状況を考えるひまもなかった。


疲労から逃れるので精一杯だったが、ここは、とにかく警察に知らせるべきだ。


調査役は言った。「とにかく、警察を呼ぼう」


「しっ!」フロント男はひとさし指を口にあてて眉をつりあげた。


「そんな大きな声で、警察なんて言うな。客に聞こえたら、余計な不安をかきたてるだろう」


「余計な不安か。必要な不安かもしれないじゃないか」た不愉快になった。「私はとにかく、警察を呼ぶぞ」


調査役が鞄から携帯電話を取り出しのを見て、初老のフロント男は慌てた。


「おい、非常識だぞ。皆が寝てるんだ。ここでは通話禁止だ」


そう言って初老の男は調査役の手をつかんだ。


調査役は、離せ、と言って逃れようとした。二人で口論になりかけ、にらみ合いながら移動し、階の端にある喫煙コーナーにたどりついた。


調査役は気色ばんで言った。「じゃあ、下へ行こう。下の電話で連絡だ」


「まあ待てよ。その前に、もう少し独自調査しよう」


初老の男は、さっきは自分が警察に通報しようとしたくせに、調査役がそれをしようとした途端、警察への連絡について消極的になった。やはり怪しい。


「何が独自調査だ。まわりをきょろきょろしてるだけだろ」


じっさい、初老のフロント男は、あたりをしきりに観察しながら、調査役に語りかけた。


「まあ、待てよ。警察に来られるってのもなあ。しかも、あんたと二人で、幻みたいなもんを見たと言ったら、二人して気ちがい扱いされるのがおちだし。物騒なホテルだって、変なうわさが流れるかもしれないし…・」


「そんなことを気にしてるのか」


「重要なことだぞ」


調査役は男を睨んだ。疑問を感じた。やはり変だ。


そのとき、彼らから数メートル離れたところで人の気配がした。二人はいっしょに、その気配の方を見た。カプセルから、人が出てきた。


その人は、床に降りると、うつむき加減で歩き出した。手にタオルを持っている。サウナ風呂にでも行くらしい。


「あのう、もしもし…」初老のフロントが声をかけた。


その人は振り返った。大変やつれた顔をしていた。丸顔で、丸い眼鏡をかけていた。髪の毛は天然パーマで、口はおちょぼ口だった。背は低い。160センチくらいだ。


…その人のことを、またもや、調査役は見たことがあると思った。モノクロの画面で、その人を見たことがあると思った。


フロントが、その人に近寄りながら、ここで誰か喧嘩していなかったか、女の悲鳴を聞かなかったか、とたずねた。


その人は、立ち止まって、無言でいた。寝起きで頭がはたらかなかったのかもしれない。


 初老の男を見て、それから調査役を見て、しばらく黙っていた。


 調査役は、その人が誰だったか思い出そうとして、歩み寄った。


その人は、調査役に挨拶した。「ああ。こんばんは」


「こんばんは」調査役は、おじぎした。「どこかで、お会いしましたか」


・・・・・つづく


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