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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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テレビの向こうで、何かが歪んだ

31



「なんだって?」調査役はきいた。


「ほら、これ見なよ。あんたとそっくりじゃないの。双子でもいるのかい、あんた」初老の男は気味悪そうに言った。


調査役はフロント台の内側へ入りこんだ。少年もついてきた。初老の男はテレビ画面を見たまま何も言わなかった。


調査役と少年は、男の背後から、そのテレビを見た。


テレビの中に、調査役と全く同じ背広の男がいた。体格、顔、形を子細に観察した。調査役と寸分違わぬ人物だった。自分そっくりだった。


「ガウンに着替えてねえ。こまった奴だ…」初老は茫然としながらも、言った。


調査役そっくりの男は、カプセルベッドの棚の前に立っていた。ベッドの入口には、432番という数字が見えた。調査役は言った。


「ほら、やっぱり、ベッドの入口が閉まってるじゃないか」


「これは、どこの絵なんですか?」少年がきいた。


「4階だよ。さっき、私はここにいたんだ」調査役は、言った。「ビデオモニターじゃないのかい、これは」


初老のフロントの返事があった。「そんな気のきいたものはない。ライブだよ」


「…誰かを待ってるみたいですね」少年が画面を観察して言った。


すると、432番のベッドのシャッターがするすると開いた。3人は、食い入るように画面を見つめた。


「誰か出てくるぜ…」初老が言った。


カプセルベッドから男が出てきた。中年の男だった。鼠色の背広のやせぎすの男だった。


「あ」


調査役は声をあげた。


「なんだ。また知り合いか」初老のフロントがきいた。


それは、石本補佐であった。


今朝、いや昨日の朝の通勤電車で痴漢騒ぎを起こした、あの大蔵省の石本課長補佐であった。なぜ、あの補佐がこんなところにいるのか。


それから続いて、また人物が現われた。


女性であった。白いドレスを着ていた。汚れて、ところどころが焦げて黒くなっていたが、一応白い色のドレス。美しい女だった。今度は、少年が声をあげた。


「母さん!」


テレビの中で、調査役にそっくりの男と、石本補佐と、白いドレスの女が、432号ベッドの前で向き合って立った。そして、何か話し合い始めた。


「どうなってんだ。いつのまに、あんな奴等がもぐりこんだんだ…」初老の男は、薄気味悪そうな顔をして、吐き出すように言った。「警察だな、これは。警察呼ばなくちゃ」


画面の中に異変が起きた。


何か話し合っていたらしい3人だったが、話がこじれたらしい。


大きな身振り手振りで、石本が何かどなった。白いドレスの女は、泣き叫んだ。


調査役そっくりの男は、手を振って何かを制している様子だった。しかし石本は聞かなかった。


突然、手をあげて調査役そっくりの男に殴りかかった。頭部を殴られ、調査役はよろめき、床に倒れそうになった。


白いドレスの女は、必死で石本を止めようとしていた。


しかし、だめだった。ますます、石本は激昂したようだった。足蹴りを入れ、何度も殴った。


「おい、喧嘩始めたぞ。やばいな」初老の男は画面を興味深げに見つめた。そして調査役に言った。「おい、あんた、やられっぱなしじゃないの、だらしないね、どうも」


床に倒れた、調査役そっくりの男は、やがて身動きもしなくなった。それでも、石本は殴り続けた。


それから、石本は女性に向って何かどなった。女性は大きく口をあけて何か答えた。


調査役そっくりの男は、辛そうに、ゆっくりと起上がろうとしていた。


石本がこれに気づき、今度は調査役そっくりの男の首ったまを、わしづかみにした。そして、激しく揺さぶった。調査役そっくりの男は両手をあげて痙攣した。


「こりゃ気違いだぞ」初老の男の顔は青ざめた。慌てて電話をとった。警察に通報するらしい。


見る間に、調査役そっくりの男は、あげていた手をがっくりと下ろし、今度こそ動かなくなってしまった。


白いドレスの女は、両手を顔にあてて、口を大きく開けた。悲鳴をあげたらしい。


そして石本たちのもとから走り去り、画面の中から消えた。それを追って、石本も画面から消えた。


「かあさん!」


少年は叫び、走り、階段口へ消えた。


調査役もそれを追った。


4階に駆け上がり、ベッドナンバー432へと走った。


テレビに写っていた現場に到着した。


しかし、そこには誰もいなかった。あの少年の姿もない。


432番のシャッターは、開いていた。中には、誰もいない。


きちんとたたまれた黄土色の毛布、真っ白なシーツと枕があるばかりであった。


少し遅れて、フロントの初老の男もやってきた。武器のつもりなのか、手にはモップを持っていた。


「あれ。誰もいないじゃないの…」


「いない」調査役は憮然として言った。


あたりはひっそりと静まりかえっていた。


「どうなってんだ。あのガキは何処へ行った」


「いない」


「煙みたいに消えたか。ばかやろう、そんなはずがあるか」初老のフロントは、あたりをきょろきょろ見まわし、歩いていって喫煙席をのぞいたりした。


そしてぶつぶつ言った。「俺まで気が変になったのか。ふざけんなよ」



・・・・・つづく



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