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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
30/64

戦災孤児は母求め、カプセルの街をゆく

30


「あんたこそ、協力したらどうだ」調査役は言った。


「馬鹿いえ。ここはホテルだよ。お客さんのことを、簡単に部外者に教えられるもんか。第一、お客の顔なんか、いちいち、覚えてない」


少年は強い調子で頼み込んだ。


「お願いします。名前は、尾村っていうんです。尾村ミサコ。宿帳に名前はないですかいか」


「尾村ミサコ?!」


調査役は驚いて思わず声をあげた。それは調査役の妻の名前ではないか。


「なんだよ。知り合いか」


初老のフロントは言った。


「いや。何でもない」調査役は言葉を濁した。


下手な動きをするのはまずい。同名異人ということだろう。調査役はつけくわえた。


「知り合いに名前が似てただけだ」


「へえ。あんたと同じ苗字じゃないか」


初老の男は調査役が書いた受付票を見て言ったらしい。口にはせせら笑いが浮かんでいた。


「なに?」調査役は言った。


「客のことは秘密にするんじゃなかったのか」


「あんた、もう帰るんだろ。もう客じゃないよ」


「金は払ったぞ!」調査役は怒った。


少年が口をはさんだ。「いないでしょうか。いるはずなんです。尾村ミサコさん」


「その、尾村さんってのは、君とどういう関係なんだい?」調査役は聞いた。


「母です」


「おかあさん?」


やはり妻とは違う尾村ミサコだ。調査役夫婦には、子供はまだいない。増してやこんなに大きな子供はいない。


少年は答えた。「ええ。母と、はぐれてしまったんです」


「おのぼりさんかい。東京見物かなんかで。しかし、この深夜に、何見物してたかね」フロントがひやかした。


「見物だなんて。それどころじゃない。空襲で、はぐれたんです」少年は言った。


「空襲?」フロントはあきれ顔で言った。


「空襲ときたか。そう言やあ、あんた、その顔の火傷、服もところどころ焦げてるみたいだな」


「ええ。大変でした。母と僕と、命からがら逃げました…・。あなたたちは、全くご無事だったんですね。ここはずいぶん安全そうですね」


「火事でもあったのかな」初老の男は言った。


調査役は、少年にたずねた。


「お母さんが、ここにいると、誰が言ったんだい?」


「三丁目交番の巡査です。ここの防空壕が一番安全だから、ここに行けと指示されたそうです」


「防空壕?おい、防空壕?」初老のフロントがのけぞった。


「おじさん、お願いします。巡査が嘘を言われるわけがありません。母をご存知ないでしょうか。ひとつ、中を探させて下さい」


「この坊や、完全にいっっちまってるよ」フロントは首を振った。


少年は、さらに強い調子で言った。


「いってるって、どういうことですか。僕はどこにも行ってません。ここにいます」


「そういうことじゃなくて…」


少年は、きわめてひたむきだった。お願いします、お願いします、とひたすら食い下がった。


調査役はこの少年のことが他人ではないように思えてきて言った。


「おい、協力してやったらどうだよ」


「帰ってくれ。出てけよ。警察にでも行ったらどうだよ」


「外は、まだ警戒警報が解けていません」少年は必死になって言った。


「警戒警報。ぼうや、大人をからかっちゃいけない。私だって知らないようなことを、あんたらの世代はそうやって口にして遊んでるのかい」


フロントは調査役に向って言った。「あんた、苗字の同じ人を探してるんだ、この子。身内じゃないの?頭の病院に連れてってやれよ。救急車でも呼んだらどうだ」


少年は叫んだ。


「お願いします!」


初老のフロントは、少年の必死の形相に少し気押された。


「全く。しかし本当に、女はいないんだ。ここは防空壕じゃない」


「中を探させて下さい」


「だめだよ。あんたの、その汚れたなりじゃ、中に入れられない」


調査役は言った。「私の泊るはずだった、432番を使わせろ。ロッカーで着替えればいいだろう」


「馬鹿言え。そんなことして、客のベッドを覗いてまわられちゃかなわん。」


初老の男は、いい加減うんざりしてきたらしい。「ばか野郎。馬鹿2人の相手はしてられん。こんなことしてたら、商売あがったりだ。仕方ねえな…中に入らなくたって、テレビで様子は見れるんだよ」


そう言って、男は下を向いてモニター装置のスイッチをいじった。


「まったく仕方ねえな。中の様子を少し見せてやるから、それで帰ってくれないか。ぼうや、空襲だの防空壕だの言ってる君は、テレビなんてものを知ってるかい?」


そう言いながら、男は画面に見入った。そして頓狂な声をあげた。


「あれ?」


「どうした。いたか?」調査役はたずねた。


「いましたか?」少年も言った。「見せて下さい!」


フロントは黙ったままだった。


目を細めて、また大きく見開いた。


さかんにスイッチをいじった。そして、テレビと調査役を交互に見た。


そして、調査役に言った。


「おい、あんた。あんたが、ここに、いるぜ…!」


・・・・つづく

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