戦災孤児は母求め、カプセルの街をゆく
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「あんたこそ、協力したらどうだ」調査役は言った。
「馬鹿いえ。ここはホテルだよ。お客さんのことを、簡単に部外者に教えられるもんか。第一、お客の顔なんか、いちいち、覚えてない」
少年は強い調子で頼み込んだ。
「お願いします。名前は、尾村っていうんです。尾村ミサコ。宿帳に名前はないですかいか」
「尾村ミサコ?!」
調査役は驚いて思わず声をあげた。それは調査役の妻の名前ではないか。
「なんだよ。知り合いか」
初老のフロントは言った。
「いや。何でもない」調査役は言葉を濁した。
下手な動きをするのはまずい。同名異人ということだろう。調査役はつけくわえた。
「知り合いに名前が似てただけだ」
「へえ。あんたと同じ苗字じゃないか」
初老の男は調査役が書いた受付票を見て言ったらしい。口にはせせら笑いが浮かんでいた。
「なに?」調査役は言った。
「客のことは秘密にするんじゃなかったのか」
「あんた、もう帰るんだろ。もう客じゃないよ」
「金は払ったぞ!」調査役は怒った。
少年が口をはさんだ。「いないでしょうか。いるはずなんです。尾村ミサコさん」
「その、尾村さんってのは、君とどういう関係なんだい?」調査役は聞いた。
「母です」
「おかあさん?」
やはり妻とは違う尾村ミサコだ。調査役夫婦には、子供はまだいない。増してやこんなに大きな子供はいない。
少年は答えた。「ええ。母と、はぐれてしまったんです」
「おのぼりさんかい。東京見物かなんかで。しかし、この深夜に、何見物してたかね」フロントがひやかした。
「見物だなんて。それどころじゃない。空襲で、はぐれたんです」少年は言った。
「空襲?」フロントはあきれ顔で言った。
「空襲ときたか。そう言やあ、あんた、その顔の火傷、服もところどころ焦げてるみたいだな」
「ええ。大変でした。母と僕と、命からがら逃げました…・。あなたたちは、全くご無事だったんですね。ここはずいぶん安全そうですね」
「火事でもあったのかな」初老の男は言った。
調査役は、少年にたずねた。
「お母さんが、ここにいると、誰が言ったんだい?」
「三丁目交番の巡査です。ここの防空壕が一番安全だから、ここに行けと指示されたそうです」
「防空壕?おい、防空壕?」初老のフロントがのけぞった。
「おじさん、お願いします。巡査が嘘を言われるわけがありません。母をご存知ないでしょうか。ひとつ、中を探させて下さい」
「この坊や、完全にいっっちまってるよ」フロントは首を振った。
少年は、さらに強い調子で言った。
「いってるって、どういうことですか。僕はどこにも行ってません。ここにいます」
「そういうことじゃなくて…」
少年は、きわめてひたむきだった。お願いします、お願いします、とひたすら食い下がった。
調査役はこの少年のことが他人ではないように思えてきて言った。
「おい、協力してやったらどうだよ」
「帰ってくれ。出てけよ。警察にでも行ったらどうだよ」
「外は、まだ警戒警報が解けていません」少年は必死になって言った。
「警戒警報。ぼうや、大人をからかっちゃいけない。私だって知らないようなことを、あんたらの世代はそうやって口にして遊んでるのかい」
フロントは調査役に向って言った。「あんた、苗字の同じ人を探してるんだ、この子。身内じゃないの?頭の病院に連れてってやれよ。救急車でも呼んだらどうだ」
少年は叫んだ。
「お願いします!」
初老のフロントは、少年の必死の形相に少し気押された。
「全く。しかし本当に、女はいないんだ。ここは防空壕じゃない」
「中を探させて下さい」
「だめだよ。あんたの、その汚れたなりじゃ、中に入れられない」
調査役は言った。「私の泊るはずだった、432番を使わせろ。ロッカーで着替えればいいだろう」
「馬鹿言え。そんなことして、客のベッドを覗いてまわられちゃかなわん。」
初老の男は、いい加減うんざりしてきたらしい。「ばか野郎。馬鹿2人の相手はしてられん。こんなことしてたら、商売あがったりだ。仕方ねえな…中に入らなくたって、テレビで様子は見れるんだよ」
そう言って、男は下を向いてモニター装置のスイッチをいじった。
「まったく仕方ねえな。中の様子を少し見せてやるから、それで帰ってくれないか。ぼうや、空襲だの防空壕だの言ってる君は、テレビなんてものを知ってるかい?」
そう言いながら、男は画面に見入った。そして頓狂な声をあげた。
「あれ?」
「どうした。いたか?」調査役はたずねた。
「いましたか?」少年も言った。「見せて下さい!」
フロントは黙ったままだった。
目を細めて、また大きく見開いた。
さかんにスイッチをいじった。そして、テレビと調査役を交互に見た。
そして、調査役に言った。
「おい、あんた。あんたが、ここに、いるぜ…!」
・・・・つづく




