表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
3/64

現行犯逮捕・・・って



調査役は窓の外に目をやる。


電車の窓の向こう、みすぼらしい民家やすすけたビルの向こうに青空が見え、ときどき、人々の顔が見え隠れした。


本当にそこにいた人の顔もあったが、実際にはそこにいない人の顔もあった。


それは、実家で昨晩みた古いアルバムにあった、最近死んだ父。



終戦直後に結核で死んだという父の兄、また、戦争中に満州で亡くなったという母方の叔父・・・・


そして軽い脳腫瘍をわずらって、実家のベッドに横たわっていた母の顔などだった。





「あやまれ!」


さっきの女の声が叫び、調査役の背中が、強い力で押された。


 女が人垣の向こうで暴れ、その影響で人々が押されて、その圧力が調査役にまで影響したのだ。


「おい、もう、いい加減にしろよ」


「次の駅で降りて、白黒つければいいじゃん」


方々で迷惑そうな声があがった。情勢は女に不利だった。


「痴漢なんだよ。あたしは痴漢されたんだよ。あたしに同情したらどうだ!」


女が怒声をあげた。男みたいに勇ましい、だみ声だった。


ぷっ、と吹き出す声がどこかで聞こえた。違うところで、「しつこいね、ちかごろの婆さんは…」とか小声で話しあっていた。





急に電車がゆれた。


 緩いカーブにさしかかっただけだったのだが、運転が下手だった。


 人の波がうねった。


 調査役は、ガラスが割れてしまいそうなほど、窓に強く押しつけられた。


 若い女の悲鳴が聞こえた。


 バランスをとろうとして叫ぶ、どよめきが聞こえた。


そして、電車は止まった。


  続いて「停止信号のため停車しました、安全確認の後、発車します、というアナウンスがあった。


 乗客の、ちぇっ、という声がした。


電車の中は、まったくなすすべもない人々が、身動きもできず立ったままでいた。


 抵抗も何もできずに、ただ待っていた。


あたりを静寂が支配した。




それから、しくしく泣く、女の声がしてきた。ガラガラ声の泣き声だった。


 痴漢だと騒いだのに、まわりに相手にされず、それどころか非難さえされて、さっきの女が泣き出したらしい。


 車内の人混は、その泣き声を無視して、静寂を続けた。



すると、男の声が。


「現行犯で逮捕する!」


車内がいっせいに、その男の声のするほうに注目した。


 調査役も、体をよじって、そちらを振り向いた。


 騒然とした感じ。人と人の間から、銀色に光るものが見えた。手錠らしい。


「おお!」


さきほど、女と口論していた若い男の声がした。




見ると、つかまったのは、その若い男ではない。


 手錠をはめられたのは、背の高い、やせた中年男だった。


 どぶねずみ色の背広姿の背中が少し見えた。


「助けてください」 その背広は、力なく言った。


 「でき心です」



・・・つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ