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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
29/64

現れたのは「ガマという名の少年」だろう

29


調査役はあきらめた。そして、すごすごと歩き、階段のところまで行き、フロントへと降りていった。


フロントには、背が低くて、目つきのやや悪い、白髪と黒髪が半々くらいになった、初老の男がいた。開襟シャツに鼠色のズボンをはいていた。


さきほどは、大慌てでチェックインしたので、フロントにいたのが、この男だったのかどうか、よく覚えていない。調査役が近づくと、険しい目で初老の男は言った。


「何か、ご用?」


「ええ。あの、すみませんが。私の部屋に、誰かが寝てるみたいなんです」


「部屋に?あんた、部屋に行ったの?その格好で?」


「ええ」


「困るじゃないの。そこのロッカーで、ガウンに着替えてからだよ、上に行くのは」


初老のフロント係は語気荒く言った。同時にあごで指した方には、薄暗いコーナーに、煤けた灰色のロッカーが並んでいた。


「きたないなりの人も多いからさあ、清潔なものに着替えてから上がってもらわないとね。カプセル、初めてじゃないでしょ、あんた?」


「ええ」


「じゃ、知ってるでしょ。常識のルールだよ」


「しかし、慌ててたもんで、つい」調査役は不快になった。


「何、あわててたのか知らないけど。…酔ってるの?」


「いいえ」


「…そうだよね。慌ててたよね、あんた」フロントは、うさんくさいものを見るような顔をした。「追いかけられてるみたいだったよ。騒々しかったよ。なんか、やばいことしたの?」


「別に。追いかけられてたのは事実です、外人にからまれて」


「イランの人たちかい。あんた、からかったんだろ。人種差別したのか」そう言って、嫌な笑い顔をした。「あわててここを通って、上へ行っちまったな」


調査役はますます不快になった。


「とにかく、僕のベッドに誰か寝てるんですよ」


「俺が、ダブルブッキングしたってのか」きっとなって初老の男は言った。


「信じないんですか。じゃあ、来て下さい。その目で確かめれば、すぐにわかりますよ」


それには答えず、フロントは言った「あんた、ほかに言うことがあるだろう」


「え?なんですか」


「ルール違反したんだよ、あんた」


「…あやまれっていうこと?」


「わかってるのに言わないってのは、悪意ってことだよ」フロントは下を向いて机を見ながら言った。


調査役は本当に不快だったが、また何か事件になる先触れかと思い、あやまった。


フロントは下を見たまま言った。「番号」


部屋の番号を言えというらしい。調査役が番号を告げると、フロントは、机の上の何かの機械をいじった。空室状況を確認する端末があるらしかった。


「ふん。空いてるよ。432番。ここにテレビがあるんだ。ちゃーんと見えるんだ。…キーは持ってるの?」


調査役はキーを見せた。初老フロントはそれを確認した。


「ふん。空いてるよ、そのベッド。ロッカーでちゃんと着替えて、上がってよ」


「しかし」


「寝ぼけてんだよ、あんた。あんたのベッドカプセルは、ちゃんと綺麗にメイクアップしてあらあ」


これ以上話しても無駄だと思った。調査役は無言でそこを立去り、外にでようとした。


初老のフロントが不機嫌そうな声を投げた。


「帰るのかよ?外出?」


「帰る」


「キーを返さなきゃだめじゃないか」


ああ、そうか、と調査役は言って、キーをフロントに差し出そうとした。


そこへ、客が一人、外から入ってきた。


中学生くらいの少年だった。汚い服。もう少しで、浮浪者と間違われそうな姿。


汚れたシャツ、破れたズボン、伸び放題の蓬髪。頬には火傷らしき爛れた傷があった。その少年は言った。


「ごめんください」


初老のフロントは、ばばっちいのが来たな、という顔つきで少年を見た。


「何かご用?」


「人を探してるんですが。こちらに、来てると思うんです」


「その、探してる人に会いたいの?」


「ええ」


「それで?」


「白いドレスの女性が、ここに紛れ込みませんでしたか」


「ここはカプセルだよ。女性は来ないよ」


「でも、ここにいるはずなんです」


「いないよ」


「ひょっとしたら、男の格好をしてるかもしれない。服も、もうぼろぼろでしょうから、ドレスは捨ててしまったかもしれません。それに、美人だから、男に変なまねをされないように、男の格好をしてるかもしれません」


「オカマなら時々来るけどね、男の格好した女なんて知らんよ」


初老のフロントは、話を切り上げたがっていた。この少年を、どう追い払ったものか考えている様子だった。調査役の方を見て、苦笑しながら言った。


「あんた、この子の人探しに協力したら?」


・・・・つづく

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