現れたのは「ガマという名の少年」だろう
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調査役はあきらめた。そして、すごすごと歩き、階段のところまで行き、フロントへと降りていった。
フロントには、背が低くて、目つきのやや悪い、白髪と黒髪が半々くらいになった、初老の男がいた。開襟シャツに鼠色のズボンをはいていた。
さきほどは、大慌てでチェックインしたので、フロントにいたのが、この男だったのかどうか、よく覚えていない。調査役が近づくと、険しい目で初老の男は言った。
「何か、ご用?」
「ええ。あの、すみませんが。私の部屋に、誰かが寝てるみたいなんです」
「部屋に?あんた、部屋に行ったの?その格好で?」
「ええ」
「困るじゃないの。そこのロッカーで、ガウンに着替えてからだよ、上に行くのは」
初老のフロント係は語気荒く言った。同時にあごで指した方には、薄暗いコーナーに、煤けた灰色のロッカーが並んでいた。
「きたないなりの人も多いからさあ、清潔なものに着替えてから上がってもらわないとね。カプセル、初めてじゃないでしょ、あんた?」
「ええ」
「じゃ、知ってるでしょ。常識のルールだよ」
「しかし、慌ててたもんで、つい」調査役は不快になった。
「何、あわててたのか知らないけど。…酔ってるの?」
「いいえ」
「…そうだよね。慌ててたよね、あんた」フロントは、うさんくさいものを見るような顔をした。「追いかけられてるみたいだったよ。騒々しかったよ。なんか、やばいことしたの?」
「別に。追いかけられてたのは事実です、外人にからまれて」
「イランの人たちかい。あんた、からかったんだろ。人種差別したのか」そう言って、嫌な笑い顔をした。「あわててここを通って、上へ行っちまったな」
調査役はますます不快になった。
「とにかく、僕のベッドに誰か寝てるんですよ」
「俺が、ダブルブッキングしたってのか」きっとなって初老の男は言った。
「信じないんですか。じゃあ、来て下さい。その目で確かめれば、すぐにわかりますよ」
それには答えず、フロントは言った「あんた、ほかに言うことがあるだろう」
「え?なんですか」
「ルール違反したんだよ、あんた」
「…あやまれっていうこと?」
「わかってるのに言わないってのは、悪意ってことだよ」フロントは下を向いて机を見ながら言った。
調査役は本当に不快だったが、また何か事件になる先触れかと思い、あやまった。
フロントは下を見たまま言った。「番号」
部屋の番号を言えというらしい。調査役が番号を告げると、フロントは、机の上の何かの機械をいじった。空室状況を確認する端末があるらしかった。
「ふん。空いてるよ。432番。ここにテレビがあるんだ。ちゃーんと見えるんだ。…キーは持ってるの?」
調査役はキーを見せた。初老フロントはそれを確認した。
「ふん。空いてるよ、そのベッド。ロッカーでちゃんと着替えて、上がってよ」
「しかし」
「寝ぼけてんだよ、あんた。あんたのベッドカプセルは、ちゃんと綺麗にメイクアップしてあらあ」
これ以上話しても無駄だと思った。調査役は無言でそこを立去り、外にでようとした。
初老のフロントが不機嫌そうな声を投げた。
「帰るのかよ?外出?」
「帰る」
「キーを返さなきゃだめじゃないか」
ああ、そうか、と調査役は言って、キーをフロントに差し出そうとした。
そこへ、客が一人、外から入ってきた。
中学生くらいの少年だった。汚い服。もう少しで、浮浪者と間違われそうな姿。
汚れたシャツ、破れたズボン、伸び放題の蓬髪。頬には火傷らしき爛れた傷があった。その少年は言った。
「ごめんください」
初老のフロントは、ばばっちいのが来たな、という顔つきで少年を見た。
「何かご用?」
「人を探してるんですが。こちらに、来てると思うんです」
「その、探してる人に会いたいの?」
「ええ」
「それで?」
「白いドレスの女性が、ここに紛れ込みませんでしたか」
「ここはカプセルだよ。女性は来ないよ」
「でも、ここにいるはずなんです」
「いないよ」
「ひょっとしたら、男の格好をしてるかもしれない。服も、もうぼろぼろでしょうから、ドレスは捨ててしまったかもしれません。それに、美人だから、男に変なまねをされないように、男の格好をしてるかもしれません」
「オカマなら時々来るけどね、男の格好した女なんて知らんよ」
初老のフロントは、話を切り上げたがっていた。この少年を、どう追い払ったものか考えている様子だった。調査役の方を見て、苦笑しながら言った。
「あんた、この子の人探しに協力したら?」
・・・・つづく




