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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
27/64

隣室、怪物、逃走、カプセル・・・!

27


部屋の中には妻はいない。かわりに怪物がいた。


恐ろしい姿であり、調査役は悲鳴をあげて、腰をぬかしそうになった。


それは、一応、人間の女であるらしかった。非常に肥満した、女の怪物だった。


髪の毛はほとんどなく、たんこぶが頭じゅうにできていて、血が流れ、疥癬のようなものがこぶのまわりにできていた。まるで、ゾンビだった。


その怪物女は、両手をあげて、立ち上がろうとした。調査役の方へ、やってこようとしていた。


調査役は、慌てて戸を閉めた。そして、まわれ右をして、一目散に走り出した。


店を飛び出て、階段をころげ落ちるようにして駆け下りた。地面に足がつくと、後も見ずに走り出した。路地を飛び出て、コマ劇場の真ん前にきた。右折して、駆け続けた。めくらめっぽうに走った。


午前1時をまわった歌舞伎町に、人影は減りつつあった。


しかし、相変わらず不夜城にたむろする人種でごったがえしている。


むしろ、本当の深夜に近づいたということで、一般客は帰宅し、本格的な深夜族、歌舞伎町族、不夜城の真の住人たちが闊歩し始めているようだった。


さっき、タクシーでここに着いたときよりも、街の雰囲気は、より毒々しさをましていた。


けばけばしいネオンの、いくつかは消えて、刃こぼれ状態になった中を、調査役は走りつづけた。こんな不気味な街からは、早く逃げ出さなければ…・


突然、調査役は体に衝撃を感じた。何かにぶつかった。


「ぶつかったな!」


ぶつかったのは、人間だった。中近東系の外人である。もじゃもじゃの髪に、こげ茶色の眉と瞳、口髭をたくわえ、薄汚れたTシャツを着ていた。運動不足なのか、太り気味だった。片言の日本語で、調査役に怒鳴った。


「おまえ、ぶつかったな。けがしたぞ。おれ、けがしたぞ」


調査役からぶつかったのではなかった。走りつづける調査役にタックルするようにして、この外国人は現れたのだ。衝突したと難癖をつけているのは明らかだった。調査役は立ち止まり、肩で息をしながら、外国人の顔を睨んだ。


「なんだよ」外国人は言った。


「ぶつかったのは、そちらじゃないか…」切れ切れの息ながら、調査役は言った。


「なにい?」


外国人は、目を三角にした。日本人のやくざみたいな言い回しで怒った。


すると、外国人の仲間らしい奴が、二人、雑踏の中から現れた。のっぽの奴と、背の小さな奴。外国人3人で、何やら忙しく話し出した。そして、のっぽが言った。


「金、出せ」


調査役は、わかった、という顔をして3人の方に向かい、懐に手を入れて財布を取り出すまねをした。そろそろ呼吸も整ってきた。


不意をついて、調査役は斜め方向にダッシュして、走り出した。


背後で、このやろう、ばかやろう、という声がして、あとは、外国語の罵声がした。後ろを振り返ると、3人が追ってくる。意外としつこい奴らだ。


調査役は走った。雑踏の中をひたすらに、走った。


駅の方へ行けば、交番がある。その方向への道を走った。しかし、行く手に、あの外国人の一人…のっぽの奴が、突然現れた。先回りして交番への道をふさごうというのだ。


外国人の手には、ナイフが握られていた。それが、ギラリと光った。


調査役は急遽、進路を変更して、狭い路地へと入った。真っ暗な、どぶ板横丁みたいな、時代おくれの、居酒屋横丁。そこを走った。


路地を飛び出ると、太った外国人がいて、調査役に飛びつこうとした。調査役は危うく身をかわし、さくら通りの方へ、また走った。


この外国人どもは、町の地理、道と道がどう走り、路地がどうつながっているか、に精通し切っているのだ、と調査役は思った。


カモを見つけて、イチャモンをつけて、路地に追いつめて、金をまきあげるのだろう。


助けてくれ、と調査役は叫んだ。しかし、誰も助けてくれなかった。


むしろ、うすら笑いし、面白そうに、調査役の追いかけっこを見物しているように思えてならなかった。調査役が遭遇していることなど、この深夜の歌舞伎町では、めずらしくもないことなのだろうか。


調査役役は走った。走りに走った…・


さすがに疲れて、交番や、駅の方の広い道に出るのをあきらめて、ビルのドアを開けて飛び込んだ。


雑居ビルで、飛び込んだところはパチンコ屋になっていた。客はけっこう入っていた。店の中を駆けぬけて、また扉を開けると、階段があった。


駆け上る。


そして、2階には、ホテルのフロントらしきものがあった。カプセルホテルであった。


調査役は、そのホテルに駆け込むことにした。金の必要な場所の中までは、あの外国人たちは追ってこないだろう。慌てて金を払って、キーを受け取った。


調査役のカプセルは、4階だった。


ロッカーで着替えるのはやめにして、階段を駆け登り、自分のカプセルを捜して走った。


432番。調査役のカプセルがあった。2段式になったカプセル棚の二階だった。


場所を確認したあと、そのフロアの端まで走った。


椅子が3脚あり、灰皿が近くにあった。その喫煙席に腰掛け、調査役は休憩した。はあはあと息をしながら、たばこを吸おうとした。


「うるせえなあ」


カプセルのいずれかから、声がした。


調査役の駆け足の音に対する非難らしかったが、一言あっただけで、それきり声はしなかった。


一服つけて、休むと、いびきが聞こえた。かなり大きないびきだった。


さっきの非難の声は、あるいは、このいびきに対するものであったかも知れない。


調査役は、ひとまず安心した。ここまでは、奴等も追ってはこないだろう。


しかし、ロッカーのある2階に戻るのは、もう少し後にしようと思った。しばらく煙草を吸い続けた。


・・・・・つづく

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