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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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隣室の殺意はきらめいて

26




「待ったら、教えるか」


「教えます、教えます…・」


男は連呼した。両手をあげて、懇願している様が目にうかんだ。


「みじめな奴」


かすれ声の軽蔑するような声がした。


「ぶざまな奴。おまえは、地下鉄の、あの男の仲間だろう。この、腐った子宮みたいな店の、同じ穴のムジナだろう…・。おまえなんか、いつだって、ブチ殺していいんだ」


まって、まって、という男の半泣きの声がした。


銃声がした。


しかし、弾ははずれたようだった。


男が倒れる音の代わりに、男の泣く声がした。音にもならない音がして、アンモニアの異臭が漂ってきた。廊下の男が失禁したらしかった。


しばし沈黙。


やがて、かすれた声がした。


「誰なんだ。ばらそうとした奴は」


「い、し、も、と」


泣きながら、その男は言った。


石本?調査役の知る、石本と言う名は一人しかいない。


かすれ声が言った。


「石本課長補佐か。大蔵省の」


なんで、この、かすれ声の男がその名を知ってるのか。調査役は当然ながら、疑問に思った。


「奴も、同じ穴のムジナかよ。腹がたつなあ…」


足音がした。かすれ声の男が、立ちあがり、歩き始めたらしい。


「俺は許せない。爆撃だの陰謀だの、過去にあったことを、過去と同じようにしか言えない奴らのことを。俺たちは、毎日、新しい子宮から、生まれなおさなくっちゃいけないってのによ、なあ、そうだろう」


答えはなかった。代わりに低い、男の泣き声がした。


そして、銃声が轟いた。


今度は、声も出なかった。即死だったのだろう。


狭い廊下を、そのかすれ声の男は歩いて行った。そして、やや遠くから、また、そのかすれ声がした。


「野村証券にも、一発、見舞ってやる。はずれたら、そのまま、見逃してやる」


知っていたのだ。


調査役が6番の部屋にいたことを。


やっぱり…と調査役は思った。


そこに調査役が身構える間もなく、ピストルが撃たれた。調査役の部屋の扉に穴があき、硝煙のにおいがたちこめた。


…・そこに突っ伏して、調査役は死人のようにして動かずにいた。



・・・・・・・・・



何分かすぎて、調査役は、起き上がった。無事だったようだ。もう物音もしない。


かすれ声の男もいなくなったらしい。


…では、妻は?


妻はそこにまだいるのだろうか。


調査役は、思い切って扉を開けた。


男が二人倒れていた。


そして、隣の隣の部屋の扉を開けた。


そして調査役は、発狂したように、胸が張り裂けそうな悲鳴をあげた。


・・・・つづく










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