隣室の殺意はきらめいて
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「待ったら、教えるか」
「教えます、教えます…・」
男は連呼した。両手をあげて、懇願している様が目にうかんだ。
「みじめな奴」
かすれ声の軽蔑するような声がした。
「ぶざまな奴。おまえは、地下鉄の、あの男の仲間だろう。この、腐った子宮みたいな店の、同じ穴のムジナだろう…・。おまえなんか、いつだって、ブチ殺していいんだ」
まって、まって、という男の半泣きの声がした。
銃声がした。
しかし、弾ははずれたようだった。
男が倒れる音の代わりに、男の泣く声がした。音にもならない音がして、アンモニアの異臭が漂ってきた。廊下の男が失禁したらしかった。
しばし沈黙。
やがて、かすれた声がした。
「誰なんだ。ばらそうとした奴は」
「い、し、も、と」
泣きながら、その男は言った。
石本?調査役の知る、石本と言う名は一人しかいない。
かすれ声が言った。
「石本課長補佐か。大蔵省の」
なんで、この、かすれ声の男がその名を知ってるのか。調査役は当然ながら、疑問に思った。
「奴も、同じ穴のムジナかよ。腹がたつなあ…」
足音がした。かすれ声の男が、立ちあがり、歩き始めたらしい。
「俺は許せない。爆撃だの陰謀だの、過去にあったことを、過去と同じようにしか言えない奴らのことを。俺たちは、毎日、新しい子宮から、生まれなおさなくっちゃいけないってのによ、なあ、そうだろう」
答えはなかった。代わりに低い、男の泣き声がした。
そして、銃声が轟いた。
今度は、声も出なかった。即死だったのだろう。
狭い廊下を、そのかすれ声の男は歩いて行った。そして、やや遠くから、また、そのかすれ声がした。
「野村証券にも、一発、見舞ってやる。はずれたら、そのまま、見逃してやる」
知っていたのだ。
調査役が6番の部屋にいたことを。
やっぱり…と調査役は思った。
そこに調査役が身構える間もなく、ピストルが撃たれた。調査役の部屋の扉に穴があき、硝煙のにおいがたちこめた。
…・そこに突っ伏して、調査役は死人のようにして動かずにいた。
・・・・・・・・・
何分かすぎて、調査役は、起き上がった。無事だったようだ。もう物音もしない。
かすれ声の男もいなくなったらしい。
…では、妻は?
妻はそこにまだいるのだろうか。
調査役は、思い切って扉を開けた。
男が二人倒れていた。
そして、隣の隣の部屋の扉を開けた。
そして調査役は、発狂したように、胸が張り裂けそうな悲鳴をあげた。
・・・・つづく




