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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
24/64

危うし、野村証券!

24


以上のようなことを思い出しているうちに、タクシーは歌舞伎町に着いた。


金曜の夜と土曜の朝の中間の時間。午前12時すぎ。


世の中不景気だというのに、相変わらず歌舞伎町は異様に混雑している。


足早に区役所通りを進んだ。コマ劇場のところに着いた。


本当に、10年ぶりである。あの、セブンマイルでの不愉快な一件があって以来、この場所に寄りついたことはなかった。


調査役は、コマ劇場ななめ前の路地に入った。


あの、セブンマイルの看板を捜した。


看板は、あった。


10年前と同じ、階段の上の2階…


10年も過ぎたというのに、あんな店が、同じ名前でそこにあるというのは、驚きだった。


この町で、こういうことは珍しいだろう。しかし、看板の色は違っていた。紫やピンクを多用した、きたならしい感じの看板。


七里という感じがなぐり書きにされ、そこに交差して英語でセブンマイルズというネオンが水色に光っていた。


調査役は、看板をめざして階段を上った。


ここに、妻がいるというのか。どう対応したものか困ったが、この正面玄関しか知らないのだから仕方ない。


黄色や青の原色に塗られたドアのノブに手をかけた。


看板といい、ドアといい、10年前に比べて、けばけばしくなっていた。


ドアを開けた中は、はたして10年前と同じか…?


少し暗い照明に照らされた室内の、構造は10年前と同じだった。


建て替えでもしなければ、建物の構造が変わるわけはない。


ドアをあけてすぐ、まっすぐな廊下であった。


つきあたりには、しかし、机や椅子はなかった。ただの行き止まりの壁だった。


「ごめんください」


調査役は挨拶した。しかし、返事はない。


すぐ右に曲がって、受付はないかと捜した。受付ボックスがあった。しかし、その小さな窓は閉じられていた。


もう閉店なのだろうか。


その受付ボックスもについては、10年前と同じものなのかどうか定かでなかった。


店の室内に関する記憶はおぼろげなものだった。


受付の前を通った。そして、黒い幕の垂れ下がった入り口の前に立った。


ごめん下さい、こんばんは、と、また調査役は声を出した。しかし、返事がない。


誰もいないのであろうか。どうしようか迷った。しかし、調査役は意を決して。垂れ幕をかき分けて、中に入った。


曲がりくねった、狭い廊下が続く。10年ほど前の記憶と同様に、廊下の両サイドには、低く、小さな扉が並んでいた。


これらの部屋のいずれかの中で、あの可愛い女の子と「横浜ゆき」に出会ったのだ。


本当に、誰もいないのだろうか。今日はもう、閉店なのか。しかし、看板の光はついていたし、鍵もかかっていなかった。不用心


なことだ。


廊下はやがて行き止まりであった。


調査役は両側を見て、事務室らしい扉などはないか、と捜した。しかし、それらしいものはない。薄暗い廊下で、調査役は立ち


往生した。


調査役はしゃがみこみ、四つんばいになって歩き、部屋の中に人の気配を探った。


しかし、どの部屋にも、人がいるようには思えなかった。ある部屋の扉に書かれた数字が目にとまった。「6番」。


ここだ。10数年前の不快な体験があった場所。それはここのはずだ。


何かに憑かれたように、調査役は思わず扉の引き手を引いた。


そして、中をのぞいた。真っ暗だった。誰もいないし、何もないようだ。


四つんばいになったまま、その中に入ってみた。あたりを探り、電気のスイッチを捜した。


スイッチは、なかなか見つからなかった。部屋の壁のあちこちを探った。


そのとき、廊下の向こうの方で物音がした。


調査役はぎくりとした。思わず、部屋の扉を閉めた。


また物音。


何かをひっくりかえすような音だった。騒々しい音。それから、ブシュッというような、妙な音がした。


濡れ雑巾の下で、爆竹が爆発したような音だった。


人の話し声がした。その声は、何かさかんに怒鳴っている。また、爆竹みたいな鈍い爆発音がした。


布を引き裂く音がした。続いて足音。そして怒鳴り声。


「畜生、どこへ隠れやがった」


そう聞こえた。


そして、また濡れた爆発音…


「ここへ逃げ込んだのかな。しかし、ここはもう閉店だろう」少し低く、野太い声がした。


「ああ。中は真っ暗だ」落ち着いた感じの細い声が答えた。


「でも、外の電気はついてたじゃないか」


「あいつがつけたんだろう」


「なぜだろう」


「店の名前だけは、はっきり見せて、おびきよせる必要があったのさ」


「ふうん。それでこの中で、おびきよせられたか。じゃあ、やっぱり、ここにいるな。しかし、まだ早すぎないか」


「さあ。もう、いいんじゃないか」


「畜生。よし、じゃあ、この部屋、片っ端から、ぶっぱなしてやるか」


そう言った途端、また、あの濡れたような爆発音がした。そして、3メートルくらい先の部屋の扉が撃ち抜かれたように振動した。


間違いない。消音装置か何かをつけた銃で部屋を撃っているのだ。誰かを捜しているらしい。


部屋の外には、二人連れの男がいて、誰かを捜してピストルを撃っている。


外の男の一人が叫んだ。


「おい、野村證券!どこにいるんだ、出てこい!」


・・・つづく




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