それは、大山デブ子の・・・か?
22
ああ。と、諦め顔で調査役は彼女を送り出した。
部屋の狭い出口を出るとき、彼女の白い太股がむき出しに見えた。
おもわず,ゾクっとした。金を出す以上、おおいに楽しまなければ、と調査役は頭を切り替えた。
…そして、大方の予想通り、世の中はそう甘くなかった。
調査役は期待して、彼女の帰りを待った。そして、ジュースを頼むのに電話を使ったのに、自分が行うであろうサービスのために、なぜ、部屋の外に頼みに行かねばならないのか、という疑問が頭をもたげた。
何かサービス道具が必要なのだろうか。
そう思ったとき、部屋に横揺れがしたように思った。
地震かな、と調査役は思ったが、そうではなかった。
みしり、みしり、と揺れは規則正しく起こり、近づいた。
それは、足音だった。その足音は、調査役の部屋の前でとまった。
調査役は、一瞬にして、何が起こったかを了解した。そして、自分の了解が、間違いであることを切望した。
扉が開いた。何者かが、この狭い部屋に入ろうとしていた。
「!!」
調査役は、声も出なかった。
大女だった。山姥みたいな大女。一体、何者だ。
…それは、確かに女性だった。
しかし、体のすべての部位が、ものすごく肥満していた。
髪には油気がなく、ばさばさして、両目がいやに離れていて、鼻は低いというより、えぐれている感じさえした。年齢は、30くらいだったか…
「おまたせしました」
大女は行った。舌ったらずで、しかも歯の間から空気が抜けるような声。ひょっとしたら、じっさい、知恵おくれの人なのではないかと思った。
…・しかし、おまたせしました、とは何事か。こんな人を、まった覚えは、ない。
「…どなた?」やっとの思いで、調査役は言った。
「ゆきです」
この大女の印象には凄まじいものがあって、名前もよく覚えている。「ゆき」というのである。名字もあった。「横浜」というのだ。
「横浜ゆき」である。すごい!
「ゆき」は、本当にすごく大きく、その狭い部屋に入れるかどうか極めて疑問だった。
「横浜ゆき」よりも「大山でぶこ」というのが当たっている感じがした。
しかし、彼女は必死で体をねじこむようにして、部屋に入ろうとした。
まるで、「ぶた女、閉所くぐりぬけの、大魔術」でも見ているような感じだった。
部屋が崩壊するかのように、ゆさゆさと揺れた。調査役は慌てて言った。
「む、無理して入らなくていいですよ、一体、何の用事があるんですか?!」
「さーびす」
「さーびす…。部屋を間違えてませんか。ここは6番ですよ」
「6番です、あたし…」
「ええ!まちがいじゃないか。番号がだぶってるんじゃないの」
「6番です、あたし」
そう言いながら、ついに、彼女は部屋の中に入ってしまった。部屋の中は大女の迫力によって圧倒された。
「…ということは、いまここにいた、あの女の子が、サービスするんじゃなくて、あんたが、サービス係ということ…?」
やはり調査役の了解は正しかったのだ。調査役は落胆した。
調査役の感情も反応も無視して、「ゆき」は、髪に手をいれて、ばりばりかき持ってきた小物入れから、「サービス」のための道具を取り出した。
それから、調査役を睨むようにして見てから、距離を縮め、迫ってきた。調査役は恐怖した。
「ま、まってくれ。話がちがう。それは」
「…・」彼女は無表情で、その小さな目に反応の光はなかった。
さらに調査役に近づこうとする。
調査役は、悲鳴に近い言い方で、さらに叫んだ。「話が違う、それは。それなら、僕は帰る」
帰る、という言葉を聞いて、彼女は驚いた。
「帰る?どうして?」
「どうしてって、約束が違うもの」
「そんな…」彼女は悲しそうな声を出した。「だめだ」
「だめだと言ったって、あの子が、サービスしてくれると思ってたんだよ。あんたが来るなんて、思ってなかったんだ」
「そういう、システムなのよ」
「そんな説明、なかった。だから、悪いけど、ね、帰るから」
「だめだ」また悲しそうに言う。容姿には大変な迫力があるが、気は弱い女性みたいだった。
「帰るから、出るから。そこ、どいてくれよ」
「だめだよ」彼女は泣きそうな声になった。「ねえ、どうして。あたしじゃ、だめなの?」
「…・・」調査役は答えず、「ゆき」の横をすりぬけて、ドアに突進し、引き手をつかんだ。
さっきの客引きのように、「ゆき」が調査役の手をつかみ、怪力でねじふせられるのではないかと懸念したが、意外にも彼女は何もしなかった。
「どうして、どうして。帰らないでよ」彼女は泣き声になった。そうして、どうして、と繰り返した。
調査役は彼女に同情を感じそうになる自分を押さえて、ドアから這い出ようとした。こうとなったら、行動は素早くしなければならない。
背後で、彼女の泣き声が聞こえた。
「あたし、ぶたれる。あたし、ぶたれるよ」
非常に悲しい声であったが、あえて耳をふさぎ、暗い廊下に出て、足早に歩いた。
どちらが出口だったのか、一瞬迷ったが、狭い店内である。ほどなく、さきほどの窓口を見つけた。
そして、その前を駆け抜けようとした。
すると、床に近いところで、風がうなる音がした。
棒のようなものが、暗闇で振りまわされたのだった。それが調査役の膝の下あたりを打った。
激痛が走り、そこに倒れた。
・・・・つづく




