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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
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私はモルモット

14



「あなたは、モルモットなんです」


力をこめて、彼女は言った。


「へ!?」


彼女は再び言った。


「あなたは、モルモットなんです。だから、私たち、すごく興味があって、ファイトが湧くんです」


モルモット…?調査役はその言葉を反芻した。どういうつもりなのだ。


しかし、目の前の彼女は、その「モルモット」という言葉を、悪い意味で使っているようには少しも見えなかっ

た。誉め言葉だと思っているのだろうか。


「さあ、第二運動は、これです」


調査役の反応にはかまわず、彼女は体を動かし始めた。今度は手ではなく、体自体がびゅんびゅん回り出した。


トルネード体操じゃないか。イラストとは、まるで違う。


これじゃ、中年男性は気絶する。心筋梗塞で死ぬかもしれない。


調査役は唖然として、その運動を見守った。


そして運動が終わった。


彼女は急激に体力を消耗したらしく、その竜巻運動のフィニッシュの瞬間、白目をむいてしまった。


調査役は感動の拍手を送った。


できるものならば、指笛を吹いて、ブラボー、と叫びだしたかった。


そして、そのまま、そこを退散したかった。


しかし、その期待は甘かった。彼女は調査役に言い放った。


「では、始めましょう。第一、第二、続けていきます」


「いっぺんに!ハードですよ、それは」


「大丈夫、ゆっくりいきますから。がんばるのよ、モルモットさん!」


彼女の言い方には、妙な迫力があり、調査役を威圧した。


調査役は革靴をダンスシューズのようなものに履き替えさせられ、彼女の横に立った。


二人の姿は前の大きな鏡に映っている。彼女は、鏡の横のスイッチを入れた。


「音楽をいれます。そのほうが、効果があります」


調査役の横に再び並びながら、彼女は言った。運動が、音楽にあわせて始まった…


はじめは、確かにゆっくりだった。


しかし、彼女の動きも、音楽も、次第にスピードを増した。


ああ、やっぱり、ハードだ、とてもついていけない、と、調査役は思った。


途中でやめようかとも思った。


調査役の体は、その体操には全くおいついていかなかった。


しかし、音楽と彼女のリードで、なぜか体が、止まらなくなってしまった。


おかしい。赤い靴を履かされたバレリーナみたいだった。


「止めてくれ!」


調査役は叫んだ。


体が勝手に動くのだ。まるで奇妙だ。隣の彼女は、必死の形相で、目はほとんど虚ろながら、運動を続けていた。


そして第二運動に入った。ますます運動は激しい。気を失いそうになる。


絶頂にさしかかりそうになった感じ…


そこで調査役は、巨大な音を耳にした。鉄の扉が閉まるような、狂暴な激突音。


「これは、さっき聞いた音じゃないか!」


食事療法の部屋で聞いた音だった。そして、女性の悲鳴が細く長く続いた。


これもさっき聞いた…


横の彼女を見ると口をあんぐりと開けている。


彼女の悲鳴なのか、音楽なのか、わからなかった。


そして、また激突音。…これが健康体操とは、まるで奇妙な話だ。


・・・・・・・・・


音楽が止んだ。調査役の頭の中で、キーンという音が響いた。


無事、生きたまま、運動を終えた。調査役は、ほっとした。


「ほっとしましたよ…」


調査役は、横の彼女に声をかけた。


しかし、いつのまにか、彼女はいなかった。


 たった今までここにいたのに、煙のように消えた。


 気を失いそうになるまで体操させられていたので、彼女が部屋を出ていくのに気がつかなかったのだろうか。


すると。また、あの声がした。女の悲鳴らしき声。その声は、今回はこう聞こえた。


「助けてください」


「助けてください」


ここは本当に、病院なのだろうか。調査役は、帰ろうと思い、靴を履きかえ、部屋を出ようとした。すると、背後で声がした。


「待って」


振りかえると、部屋の一方の壁にある小さなドアから声がしていた。そして、また声が言った。


「助けてください」


調査役はドアに突進した。なぜか、いたたまれない気持ちだった。


 そして、ドアを開けた。


 調査役は息を呑んだ。


ドアの外には何もなかった。大きな青空だった。


工事中なのだろうか、病院の建物は、そこでぶっつり切れていて、一歩足を踏み出せば、そこには何もない。


 このフロアはたしか5階か6階だから、その高さから、まっさかさまに転落することになる。


調査役は、危うく踏みとどまったが、もう少しで転落死するところだった。


冷や汗をどっとかき、ドアの外の下を見た。病院の庭らしい芝生が広がっていた。


そこを、白衣の人物が、何か四角い黒い箱を引きずって歩いていた。


 何かから逃げるように。本当は走りたいのだが、四角い箱が重くて仕方ない、必死で早足で歩いている、そんな感じ…


 調査役は、その白衣の人物を見下ろした。人物はこちらを見上げた。人物は、あの女医だった。表情なく、こちらを見上げた。


調査役は今度こそ確信した。


 この女医にも見覚えがある!


 ひどく親しい人だ。この女医は私が生まれる前からの知り合いかもしれない…


そのとき、女医がけたたましい笑い声をあげた。


 口を大きく開けて笑っている。


 距離があるのに笑い声がよく聞こえた。


 その笑い声を残しながら、女医は四角い箱をひきずり、よろめきながらも芝生の上を逃亡していった。


・・・・・つづく



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