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ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
12/64

愛の行き着く先はエクササイズ

12


「うるさいですねえ…」


彼女は憂鬱な顔になった。


席から立ち上がり、無言でドアへ向かった。


部屋の外には誰かがいるらしかった。彼女は扉を少し開けて、その誰かと少し喋った。それから調査役の方を振り向き、言った。


「では、食事療法については、よろしく。お大事に」


にっこりと微笑んだ。


またも唐突な言い方だった。調査役はぽかんとして言った。


「終わりですか」


「はい」


「じゃあ、これで開放されるんですね」


「開放だなんて。拘束されましたか」


「いいえ。いろいろしゃべって、少し、変な感じでして」


彼女はまた微笑んで言った。


「お時間はまだ、よろしいかしら」


「え?」


「最後のアドバイスがあるんです。もう一人、ここにやってきます」


「どなたですか」


「ぜひ、あなたに、お会いしたいという人。ここで、少しお待ち願えませんか」


そう話す彼女の顔を、調査役はぼんやりと見つめていた。


そして、やはりこの女性に見覚えがあるのだ、と考えた。


思い出の中に、きっとこの女性は住んでいる。そう思った。


彼女は見つめられていると感じたのか、少し肩をすくめて言った。


「どうされましたか。何か、私の顔についてますか」


彼女の顔…やはり、美しかった。


立ち上がった彼女をあらためて眺め、やはり抜群にセクシーだと思った。


大きくて美しい、おっぱい、迫力あるお尻、すんありのびた足…頭がぼうっとした。


むしゃぶりつきたくなった。


調査役は激しく興奮していた。


 そして、自分を虜にする彼女の魅力から逃れるようにして言った。


「わたしに会いたい人。どなたですか」


「会えばすぐにわかります」


「会えばすぐに…。さっきも、あなたに会う前に、あの先生から言われました」


「誰だか、楽しみですか」


「別に」


 また、あの女医と同じことを言ってるな、と調査役は思った。


「次の人で、終わりなんですか」


「はい。…実は、体操療法の先生です。エクササイズ・・・です。・・・じゃあ、いいんですね」


「体操…エクササイズ?まあ何でもいいですけど」


調査役がそう言うと、では、申し訳ありませんが、ここで10分ほどお待ち下さい、と言い残して、彼女は部屋を出て、扉の向こうの誰かと歩いていってしまった。


 調査役は、また、一人部屋にとり残された。椅子に座ると、またたばこが吸いたくなった。


 胸ポケットから、たばこを取り出した。


ここは、変な病院だったんだな、と調査役は思った。


 しかし・・・いつもの健康診断のときとは、感じがまるで違う。


 たばこに火をつけかけて、思いとどまった。


 さっき、ここでたばこを吸って、気まずい思いをしたのをすっかり忘れていた。


 そして健康診断のときに利用した喫煙室のことを思い出し、10分もあれば行ってこれると思い、部屋を出た。


  実は部屋の外も気になっていたのだ。


 さっきから、変なもの音や、悲鳴みたいな声、追いかけっこするような笑い声だのが聞こえている。この病院に、精神科があったという話は聞いたことがない。


  調査役は廊下を歩き、左右をきょろきょろ見た。


 診察室や、医療器具の置き場らしい部屋のドアが並んでいた。


 別に異常がある風ではなかった。


 数メートル先の廊下の曲がり角に喫煙室があった。


 半透明なプラスチックの大きな窓に「喫煙室」と書かれている。


 喫煙室の中には2人のパジャマ姿の男がいた。


 ひそひそ何か話しこんでいた。入院患者らしい。


 4畳ほどの広さに、灰皿が置かれ、4つの椅子がまわりを取り囲みんでいた。


 調査役は、その一つに腰掛けて、たばこに火をつけた。2人の男の会話は、いやでも耳に入った。


「ひどい母親がいるね」


  喫煙室の男の一人、ひそひそ声で喋った。


「うん」もう一人が難しい顔をして、たばこの煙を吐き出した。


「子供とうんこを勘違いしてるみたいな気がするなあ」


「本当だね。トイレの中にねえ」


「嬰児っていうより、胎児だろ、まだ」


「みたいだね」


「新宿高層ビルの一流ホテルも、トイレをそんな風に利用されたんじゃあ、たまんないでしょうねえ」


話は断片的で、よくは分からないが、若い母親が自分の赤ん坊を新宿高層ビルのホテルのトイレに捨てた、という内容らしかった。


「それがさ、ここに…。この病院で処理されてるみたいなんだ」


「へえ…」


「ちょっと不気味なところあるよ、この病院…」


「どっか別の病院に、入院しなおした方がいいかも…」



・・・つづく

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