表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご病気の調査役  作者: 新庄知慧
10/64

エンブリ、ボンブ? コンビニとかに売ってます。

10



「テレビなんかは、本当のこと言って、よくないんです」


「と言うと?」


「断片的に、局所的に知識を流しますから。体にいいと思って、逆に悪いことしたりしちゃいますよ」


栄養士は、ふふっ、と少し笑い、ゆっくり顔をあげて、調査役に諭すように言う。


調査役を見つめる瞳が少し潤んでいる。


それから栄養士は、低めのセクシーな声で、いくつか実例を話した。


赤ぶどう酒がコレステロール低下に効果ありといっても、適量を超えては何にもならないこととか、卵黄に体内脂肪を低下させる物質が含まれ


るというのは学説も一致しておらず、むやみと食べてはいけないこととか・・・・


しかし調査役は、話の内容よりも、話し手のセクシーな声、きれいな顔、呼吸し、ときどき揺れる巨大で形のよいバストに圧倒された。


 彼女の話の内容ではなく、その顔や体の魅力によって、話にひきこまれた。


彼女はノートから、「理想的な食事のあり方」という、日々の食事で何をどのくらい食べれば良いかということがビジュアルな図やイラストで説明


されたシートを出して、それにペンで修正を加え、調査役専用の食事表みたいなものを作成した。


「これ、実行してみて…」そう言って、彼女はそのシートを調査役に手渡した。


調査役は、シートを両手で持ち、見入った。


にんじん、牛乳、かぼちゃ、お茶、りんご…・


 調査役は書かれた食べ物の名を口のなかで唱えた。


 耳慣れない食品名もあった。最近市場に出始めたフルーツとか野菜の名前だろうか。


「ヘルシーですね。


…・この、エンブリとか、ボンブとか、これは、食べ物ですか」


「食べ物です」


「すみません、知らないんですが。どんな食べ物ですか」


「コンビニとかで売ってますよ。


冷凍もので。最近は野菜も、にんじんやブロッコリーやアスパラも詰め合わせで冷凍で売ってますから、手軽に料理できます。


奥さんにご紹介してさしあげて、作ってもらってね」


「ううん・・」


質問の答えになっていないようだ。


よく見ると、まだ他にも知らない食品名がある。


なんだか変な献立表だ。


調査役は、またそのシートに見入り、黙り込んだ。


すると急に調査役の手の上に、白魚のような手が重なってきた。


調査役は、どきっとした。


「ごめんなさい…」


しっとりしてハスキーな、しかし心から調査役を気遣うような声だった。


テーブルは幅が狭く、彼女が調査役に手を差しのべれば、すぐに届く距離だったのだ。


「え?な、なんですか・・・・あ・・・」


調査役は、彼女の手の感触にどぎまぎしながら、きいた。


「奥さんのことなんか言っちゃって…」


彼女の目は同情にあふれていた。眉も目も、悲しそうに垂れ下がった。少しわざとらしい感じさえした。


「…・」女は、唐突に言った。


「・・・いま、おひとりでしたよね?」


2人の会話は、しばらく途切れた。


・・・・やはり自分は、本当はこの女にも見覚えがあるのだろうか?調査役は自問した。


自分のこれまでの生涯に、これほど美しい女が登場したことがあっただろうか。


調査役は、忙しく、自分の思い出という思い出をひっくりかえそうとした。


しかし、頭はうまく回転しない。ニコチン欠乏のためだろうか。


いや、結局、これも、ご病気のせいか。思い出もまた、病気にかかっているのだろうか。


「黙ってしまいましたね」


しばらくして、しんみりした口調で彼女は言った。


「じゃあ、やっぱり、奥さん、どこか行ってしまいましたね」


「なぜ、そんなことを知っているんです」調査役は心底、不思議だった。


「あてずっぽうを言っただけです」


「本当に?」


「奥様に逃げられた…。そうなんじゃないかと。私、そんな気がしまして。先生から、あなたのことを聞いたときに、そう思ったんです」


「…・・」


「先生も感づいてたんです、きっと。だからあなたに私が会いたがると思ったんです」


彼女は、また下を向いて、ノートのページをめくった。


「妻に逃げられた男に興味がおあり?!」


調査役は、憤然として言った。


「え?まあ…。でも、本当なんですの?」


「何が」


「やっぱり、あなた、奥さんに逃げられた方?」


「だとしたら、どうだって言うんですか」


いらいらしてきた。


調査役は、また、たばこが吸いたくなった。


「だとしたら…」彼女は言った。「あなたの奥さんは、素敵な愛人と逃避行にでました」


「何?」


「本当に素敵な恋人です。愛は崇高です。家庭や社会の掟を超えていくものです。恋愛至上主義を、奥さんは貫いたんです…」


彼女は、遠くを見る目つきで、自分の言葉の余韻に、自分で耳を耳を傾けていた。


調査役は、首をかしげた。


「やっぱり、あなたと、どこかで会いましたか?それとも、あなたは、私の妻の友人?なんで、そんなに妻のことを知ってるんですか?」


「いいえ、もちろん、あてずっぽうを言っただけです・・・」


彼女は、美しい目で調査役を射るように見つめた。



・・・・つづく



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ