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妖精の■■ “モ■■■・ル・フェ■”

「あ゛ぁー、やっと終ったぁー!」

 フローリングの床に寝転がる。

 ここが自宅だからこそ許される、はしたない行為だが気が緩んで座ってられない。

 卒論という肩の荷が下りたのは大きい。

 精神的にも大幅に余裕が出来た。

「あと、これを提出すれば一段落だな」

 それさえ終れば長い自由時間がやって来る。

 バイトをするにも就職活動をするにも、何にでもできる時間が。

「そういえば、あいつ等は元気にしているかな……」

 少し前に山の中で出会った妖精たちの事だ。

 少なくとも能天気に過ごしてそうな気がする。

 机に置いていた、とある束を手に取る。

「能天気そうな顔してるよなぁ」

 眺めるそれは、彼女達の写真。

 彼女が提案した事だ。

 個別に撮ったものも有れば、自身も一緒に撮ったものもある。

「あの山は結局、禁踏区域になっちゃったしな」

 名を持つ情報存在は、何かしらこの世の物理法則を捻じ曲げる力を持つ。

 そんな存在が複数集まっているというのは、下手な不発弾より性質が悪い。

 少なくとも友好的であり、危害を加えなければ問題は無い事は何度も念入りに伝えた。

 手柄に逸った馬鹿でも居ない限り、彼女達が暴走する事は無い……と信じたい。

「あいつ等に渡しに行けなくなっちまったな」

 彼女達は思い出作りという事で、渡しに来なくても良いとは言っていた。

 だが、こうも良い画が撮れていると、彼女達に見せたくもある。

 恥ずかしがり屋のギリィすら、積極的に写りに来ていたのだから。

 まぁ、写真の端で迷彩しているのでうっかり見落としそうになるが。

「本当、良い顔しているよな」

 ペラペラ捲っていくうちに最後の写真までたどり着いてしまう。

 それは、集合写真。

 タイマー設定にしたカメラであの場に居た全員を撮ったもの。

 胡坐をかいた自身の肩や膝に妖精たちが乗った写真だ。

 何枚か連写したそれには、モルフェはさも当然であるかのように、頭の上に陣取っていた。

「これは頭が痒かったな――うん?」

 思わず、目を瞬かせる。

 うん、写真には何の変化も無い。

 卒論作りで目が疲れたかも知れない。

「気のせいか」

 それ以外に考えられない。

 だって、

俺と同じ大きさ(・・・・・・・)のモルフェとか幻視にも程があらあな」

 人間大のモルフェが首に手を回すようにしな垂れかかる光景なんてあるわけがない。

 しかも、妖艶な雰囲気のおまけ付きだ。

 それは天真爛漫な彼女とは真反対のベクトルだ。

「何なんだろう、女に飢えているのかな俺……」

 確かに彼女居ない暦=年齢ではあるが、あのモルフェで幻覚を見る程とは。

 自分でも知らないうちに欲求が高まっているのかもしれない。

「彼女かー。休みの期間に男を磨くか?」

 本腰を入れる時間は十分にある。

 花の学生時代も終ろうとしているのだ。

 最後に一花咲かせるべきなのか。

 うむ、悩む。

「ま、それもこれも卒論を提出しなきゃ始まらない訳で――っと電話だ」

 激しく自己主張する携帯電話を手にすれば、同じゼミ生からの通知だった。

「ほぉーぃ、俺俺、どしたん?」

『おい! 大丈夫か!? 異変とか起きてないか!?』

 開口一番から穏やかじゃない。

「へ? 異変も何も、こっちは卒論を終らせてたところぞ?」

『無事なんだな!? それじゃ今から急いで大学に来い! 防衛機構的にお前の家より安全だろうからな! 良いか? 今すぐにだ! 情報存在用護身具を忘れずに持っておけ!』

「うぇいうぇいうぇい。ちょっと状況が読めないんだけど?」

 混乱しながらも、外出の準備をする。

 冗談にしては声色が本気で慌てている。

「ちょっ……あーもう、スピーカーにするわ。あと落ち着け、耳が痛い」

『あー、スマン。気が動転してたわ』

 ハンズフリー通話に切り替えて机に置く。

 服を着替えるには片手が塞がっていると邪魔だからだ。

 ゼミの同級生の声が室内に響く。

『お前がこの前行った山、今大騒ぎになってんぞ』

「は? あの山が?」

 山と言われて思い浮かぶのは、あの妖精たちが暮らしていた山だ。

 確か、今は国の研究チームが立ち入っている筈だ。

「研究チームが妖精達に何かやらかしたのか?」

 自身に関連しそうな山の騒ぎといえば、妖精たちの事ぐらいしかない。

 あの温和な連中が率先して問題を起こすとは思えなかった。

 だが、同級生の返答は予想外のものだった。

『違う。居ないんだとさ、どこにもな。お前が提出したポイントには何も無い更地が広がるだけで“楽園”は存在しなかっただとよ』

「いやいやいや、それってどういう事!?」

『それはこっちが聞きたいぐらいだ。教授も今資料をひっくり返して大わらわだよ』

 あの出会いは幻という事なのか?

 それにしては、彼女達と触れ合った感覚は未だに記憶に残っている。

 それだけじゃない、シジミはまだ残っているし、ペンダントも今身に着けている。

 ゼミ生の同級生にもシジミはご馳走したし、ペンダントについても似合ってないとからかわれた。

 幻にするには物的証拠が残りすぎている。

『詳しく聞いた所によると、更地にはメッセージが一つ彫り残されていたんだと。確か――』

「“引越ししまーす”、ってね」

 思わず体の動きを止めてしまう。

 その声はよく知っていた。

 だが、今、ここに存在する筈の無い声だ。

 振り返って確認すれば、机に5つの小さな人影が乗っていた。

「うん、やっぱり綺麗に撮れてるねー」

 机に置いた写真は小さな手によって散らばっている。

「良いねぇ、ベリーの肉体美をしっかり残せているよ。シュウの躍動感もバッチリだね」

 家主の心境を他所に写真の品評は続く。

「あ、貞ちゃんこれ見て、ギリィの可愛さが溢れているね。 え、何ギリィ? 恥ずかしい? もう、ギリィも女の子なんだから、今この瞬間の輝きを残したほうが良いって」

 その声はしっかりと携帯電話に届いている。

『……おい、今の声ってお前のじゃないよな。まさか――』

 その声は途切れる。

 何故ならモルフェがその足で携帯電話を踏んだから。

 踏んだ場所がたまたま(・・・・)通話終了のボタンだったに過ぎない。

「あ、ごめんなさい。写真に夢中で踏んじゃった。お喋りしていたのに邪魔しちゃったね……」

 申し訳無さそうにするモルフェ。

 悪くは無いと慰めそうになるが、その前に確認しなくては。

「ど、どうしてここに?」

「え? さっきも言ったとおりだよ。引越ししたの」

 目の前まで飛んできて、目線の高さを合わせてくる。

 そんなモルフェが指差す方向に視線を向ければ変貌した庭が在った。

 雑草が広がるばかりの庭には、四季折々の花が咲き乱れ、清涼な泉が湧いていた。

「あのまま、山の中に居ても良かったんだけれど。ちょっとね、憎いアンチキショウ達が数揃えてやってくるようになっちゃったの」

 確かにオオスズメバチが集団でやって来るのは悪夢でしかない。

 避難という点についてはおかしい所は無いと思う。

「だけど、どこに移動するか問題になってね。本当だったら人が沢山居るところって危ないから選ばないんだけれど……お兄さんの事を思い出したの」

 恥ずかしいのか赤面するモルフェ。

「それでね、どうしてもお兄さんに会いたくて……来ちゃった」

 指を突き合わせ、モジモジしながら答える彼女。

 可愛らしい姿の筈なのに、背筋が凍るこの感覚は何なのか。

「その……迷惑だった?」

 ウルウルと涙の上目遣いで見上げる姿は、一部の物好き(ロリコン)のハートを穿ち貫くだろう。

 少し前の俺だったら確実に墜ちていただろう。

「いや、俺で良かったのかなってさ……」

 迂遠な物言いで真意を探ってみるが、効果があるようには思えない。

「お兄さんだからこそだよ。お兄さん居るから私達はここに来たの」

 その言葉は真っ直ぐだ。

「私が言った事、覚えているかな?」

 それが何を指しているのか直ぐに分かった。

「一目惚れですが、私、お兄さんの事が好きになりました。こんな私ですけれどお付き合いして下さい」

「――っ!?」

 一瞬、モルフェの姿が手の平サイズじゃなく、自身と同じ人間大の姿に見えた。

 それは先ほど写真で見た幻視とまったく同じ姿。

「駄目……ですか?」

 その真剣な赤い眼差しは彼女が本気である事を痛いほど伝えている。

「それは……」

 この問いへの返答は責任重大だ。

 否定すれば、彼女は何をするか分からない。

 ただ、別の場所に移るのならともかく、自棄になって暴れた場合、最悪住宅地のど真ん中にクレーターが出来かねない。

 かといって、了承するのは不味い。

 種族が違うどころか思考の根幹も違う。

 所謂、妖精の国に攫われて終わりを迎える事無く、永遠に愛され続けられるかもしれない。

 良くも悪くも、ぶっ飛んだ伝承があるのが妖精だ。

 だから、答えは。

「と、友達からっていうのは駄目か? ほら、お互いの事はよく知らないしさ」

 ヘタレって笑っても構わんよ。

 小人サイズとはいえ、こんな美少女に好かれる事は嬉しいんだい。

 というか、どこかに行かれるよりも、何かあったら即座に対応できるよう、監視できる位置に居てくれた方が精神衛生上安心だ。

 そんな、下心満載の返答にモルフェは。

「……っ! はい! 友達から恋人……いや、夫婦になれるよう私、努力するから!」

 満面の笑みを浮かべて飛び込んできた。

 俺の胸に顔を擦り付けながら喜ぶ。

 胸の中に感じる温もりを感じながら、俺はある言葉を思い出していた。

 “妖精に捕まってはならない”。

 これは、捕まったと言えるのか否か。

 心配した同級生と教授達が家に突撃してくるまで、問答は頭の中をぐるぐる回っていた。


          ●


 呆ける彼の胸の中、それは居た。

「これからはずっと一緒ですから。……ずっと、ね」

 それは緋色の瞳を輝かせながら喜悦に顔を歪ませていた。

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