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泉の妖精 “貞ちゃん”

「あ、来た! こっちこっち!」

 突然、モルフェが飛び上がって呼びかける。

 その視線の先を追いかければ、泉の方向。

「ん? どこにいるん――っ!?」

 見つけた。

 いや、見つけてしまった、というのが正しいか。

 それは確かにそこに居た。

 泉の湖上、水面に足を着けて直立する人影が。

 モルフェ達と身長はあまり変わらないが、比較的長身華奢な体に色白な肌。

 白のワンピースに身を包んだ姿であるが、顔は俯いているためか黒の長髪に隠れて見えない。

 ただ、俺は彼女を知っている。

 それは、

「貞子じゃねーか!? あれって妖精の分類に入るものなのか!?」

 一時期、社会現象まで発展したホラー存在だった。

 世間に与えた影響を考えるのならば、情報存在と化してもおかしくは無い。

 が、妖精として顕現するのはおかしくないですかね。

「あれ? 貞ちゃんの事知っているの?」

「いや、知っているっていうか、ある種の有名人だし……」

 たぶん、ある世代の人間にとっては印象深い存在なのではないだろうか。

「有名人!? 貞ちゃん有名人だったの!? 凄い凄い!」

「とりあえず、危害を加える気は無いのか? ――って居ない!?」

 はしゃぐモルフェから貞子に視線を向けると、泉は静かな水面が揺らめくのみ。

 慌てて周囲を見渡すが、影も形も無い。

「一体どこに――ヒッ!」

 ふと、視線を下に向ければ目の前に居た。

 いつの間に移動したのか、胡坐をかいた足の上に立っている。

 確かな重みがあるというのに全く気付かなかった。

 というか、その手に持っているのは何ですかね。

 何故、西洋剣なんてものを持っているんですか?

 呪いじゃなくて物理的に殺しに来てますねコレは。

「あれ? それ貞ちゃんの宝剣だよね。あげるの?」

 モルフェの問いに頷く貞子。

 鞘に収まる西洋剣を横にして渡してくる。

 拒否するのは恐ろしいので素直に受け取る事にする。

「えっ、あ、ああ、ありがとう」

 いや、サイズ差でペーパーナイフに使うにしても厳しいけどね。

 銃刀法違反の心配は要らないだろう。

「うわー、良いなお兄さん。貞ちゃんが宝剣をあげるのって相当気に入られたって証拠だよ。私も欲しいなー」

 ゴメンね、とでも言うかのように貞子は両手を合わせる。

 付き合いの長いモルフェであっても貰えないという事は、何かしらの条件があるようだ。

 ……呪殺する相手へのマーキングとかじゃないよな。

 悪意は感じられないのでそんな事は無いと思うが。

「しっかし、どうするかな。ポケットに入れたらポッキリ折れそうだな」

「だったら、私に任せて!」

 そう宣言すると、モルフェは花々の中に飛び込む。

 少し待って現れた彼女の手には編みこまれた紐の様なものが。

 色からして、草か何かを編んだのだろうか。

「これを剣帯にして――っとできた! 留め具が着いているから逆さにしても抜ける事は無いよ」

 鞘に紐を通したか思えば、ペンダントが出来上がった。

 首に通せば、アクセサリーと変わらないだろう。

 そのままモルフェが首に掛けてくれたが、付け心地は悪くない。

「一応、魔法がかかっているからね。身に着けていれば怪我や病気とはオサラバだよ!」

「へぇ、そいつは良いな」

 心なしか元気になったのはそのおかげか。

 効果については、確かに有るのだろうが、ミニサイズだしそこまで大それたものではないだろう。

「うん! よく似合っているよお兄さん!」

「そ、そうか?」

 イケてるメンズがよく身に着けているデザインのようで、自分が着けると浮いているようにしか思えない。

『……!』

 貞子達もサムズアップしているので、妖精視点では悪くないようだ。

 ……しっかし、貞子に剣を渡す逸話なんてあったか? それも西洋剣を……。

 情報存在は良くも悪くも、その構成情報に在り方を左右される。

 神話、伝承に一文、一言も存在しない事は、再現された情報存在もまた出来ない。

 この貞子は日本生まれの情報でありながら、西洋の剣を持っている。

 あまつさえ、人に譲渡し、守護するという点は呪殺する謂れ元からしてありえない。

 ……別の情報が混ざっている? でも構成情報が相反した状態で顕現する事は不可能の筈。

 他に思い浮かぶ可能性としては、そもそもがまったく別の存在であるということか。

 そうだとすれば、幾つかの存在が思い当たるが。

 ……いや、仮にそうだとして、極東のこの日本に現れるのは無理だろ。文化も国土も違い過ぎる。

 教授に話しても鼻で笑い飛ばされるだろう。

 それどころか、単位が危ぶまれるかもしれん。

 今考えても答えは見つかりそうもない。

 とりあえず、横に置いておこう。

「でもなー。正直、貰ってばっかりで返すものが……あ、クッキーあった」

 糖分補給目的で用意していたものだ。

 手の平サイズの彼女達にとっては抱えるサイズだが、現状で返せるものはこれぐらいしかない。

「わぁー! お菓子だ! 焼き菓子だ! 本当に貰ってもいいの!?」

「ああ、お礼になるかは分からないけれどな」

『Foo――!』

 お返しとして不安だったが、彼女達の喜びようからして杞憂のようだ。

 というか、ちょっと引く。

 地面に置いたクッキーの箱に主に女性陣が飛びつく。

 ギリィも飛びついている辺り、中身は女人格なのか、ただの甘党か。

「甘味! 久々の甘味だぁ!」

 あっという間に開封され、中身が食い尽くされていく。

 気が付けば箱の中身は空になっていた。

「……そんなに嬉しいものなのか?」

「果物が有るには有るけれど、こういった加工されたものは自然に無いでしょ? 砂糖をふんだんに使ったお菓子なんて、こんな山奥じゃ夢のまた夢だったんだよ。だから食べられるのは嬉しいの、特に女の子はお砂糖で出来ているんだから余計にね」

「ウインクして可愛さアピールするのは良いが、口元にクッキーの粉が付いているぞ」

「えっ嘘っ!?」

 指摘すれば顔を赤くして口をハンカチで拭く。

「うぅ、折角のアピールチャンスがぁ……」

 何のアピールなのだろうか。

 嫌な予感がするので触れないでおく。

「さて、そろそろ体も休めたし、お暇させて貰うとするよ」

 足に力を入れれば先ほどと違って素直に動く。

 立ち上がれば、足先まで血が巡る感覚によろけそうになる。

 クッキーの空箱を拾うだけでも、一苦労だ。

「っと、色々貰っちゃったな。今度お礼に何か菓子を持ってくるよ」

 場所は分かったし、次からは直接来れるだろう。

 ただ、報告すれば禁踏区域は確実なので、来れてあと一回か。

 そんな提案にモルフェは首を横に振る。

「ううん。お菓子は欲しいけれど、ここまで来るのは大変でしょ? それにさっきのクッキーでお礼は十分だから」

 お菓子は欲しいのか、クッキーの空箱に視線が釘付けになっているが、彼女の意思は固そうだ。

 どうしたものかと考えていると、彼女から提案が出された。

「あ! それじゃあお願いが有るんだけれど良いかな? あのね――」

 その提案を断る理由は無かった。

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