炎の妖精 “シュウ”
「ヘップシッ!」
思わず身を震わせる。
冬が明けたとはいえまだ冷える。
山登りで掻いた汗が冷えて冷たくなってきた。
「お兄さん大丈夫? 冷えてきちゃったのかな?」
「ん゛ん゛、そうみたいだな」
これを言い訳に帰る事が出来るのでは? と頭に過ぎったが、そうは問屋がおろさない。
「だったら丁度良かった。暖まるには彼が一番! シュウ! カモン!」
天に向かって呼びかけるモルフェ。
同じように天を仰げばそこに何かが居た。
「もっと! 熱くなれよぉ――!!」
「アウトだよぉ――!!」
いやいや、ご本人まだ現役ですから!
あれか、さっきのベリーと同じパターンか!
ネットでの神格化のせいか!
キチッとテニスウェアまで着込みやがってよぉ!
皆が散々ネタにするから、情報存在が生まれちゃったじゃないか!
「ってあれ? 何でご本人が居るのに生まれているんだ?」
冷静に考えたらおかしくね?
故人ならともかく、今を生きる人間が情報存在として生まれるというのは難しい。
“彼はまだ生きている”という常識がブレーキとなるからだ。
歴史を鑑みても“死”という区切りを迎えてから神格化される者が多い。
それは、現世という頸木から解き放たれ、残された人々に思想を委ねるからか。
想像するだけならタダだ。
どんなに果てしない想像をしようと本人は居ないから遠慮する事が無い。
そんな想像が積み重なると、ベリーのように実在の人物が情報存在と化す事はある。
故に、今を生きる人物が情報存在に成る事は無いのだが。
「お、寒さが……」
しかし、彼が現れてから何だかポカポカしてきた。
うん、冗談抜きで周囲の気温が上がっているわ。
この存在を公表したら、確実にネットで祭りが始まるわ。
「お醤油ベースのお吸い物にあんこ」
いきなり何を言っているんだ?
「非常識の中に常識あり」
ごめんなさい、何が言いたいのか分かりません。
「つまり、シュウが言いたいのは、まだ生きている人間でも、沢山の人間の思いが集まれば情報存在として生まれる事もあるって事」
「そう……なのか?」
見れば満足そうに頷いている。
モルフェの意訳は合っていたようだ。
という事は、アホみたいな数の人間がネタにしているという事になる。
いや、自分もその一人ではあるけどさ。
「それで、どう? 暖まった?」
「お、おう。大分楽になってきたよ」
まだ、少し肌寒いが、未だに盛り上がっているシュウのおかげで時間の問題だ。
「ふぅ、それは良かった。あ、そうだ。これお土産、美味しく食べてくれ!」
「わぁー、立派なシジミ! 私達の分はあるんだよね?」
「勿論さ」
普通に喋れるんかーい。
というか、そのダンボールどこから取り出したの?
てか、どうやって持ってきたの?
何とか背嚢に入れられるサイズだけれど、妖精サイズの貴方にとっては体より大きいよね?
「一所懸命生きていれば、不思議なことに疲れないものさ」
あ、はい。
「体も温まってきたところで、次! トリを飾る、最後の家族行ってみよう!」
ああ、やっと終るんですね。
次も多分、名前持ちなんだろう。
正直、名付きの情報存在が五体も居る時点で、この場所は完全禁踏区域指定モノなんだよなぁ。
彼女達の平穏を乱さずに報告するにはどうするか。
頭が痛くなってきた。
「…………」
気付けばモルフェがその赤い眼差しで覗き込んでいた。
心配ないと言おうとする前に、彼女はくしゃりと笑う。
「私、お兄さんの事好きだな」
「へ?」
その意味を聞き返そうとする前に、彼女はベリー達の所へ飛んでいってしまった。