プロローグ
「ゲームクリア!」
自分の目の前のパソコンから高らかとした声が響く。
昇りかけの朝日が差し込む薄暗い部屋。
その部屋を変に照らすパソコンは明るいBGMを響かせる。
その音楽を後ろにして席を立つ。
反射的に開いたスマホの画面は
3月10日 07:48
と示した。
高校の卒業式。
その言葉は憂鬱だけを俺に与える。
理由は誰もいないこの部屋と俺の出席数を見れば明らかだ。
俺の通う神城高校は少し特殊だ。
それは、必ず出席しなければいけない日が2種類あることからなのだが。
1つめの出席必須の日はテスト。それは高校を卒業するに値する生徒かを判断するためだ。
そのため、一定の点数をとらなければもちろん卒業は不可である。
そしてもう1つは今日行われる卒業式だ。神城高校の卒業式は文字通り卒業証書を貰い受けるための式。そのためこの日をでなければ、すなわち卒業証書を受け取らなければ来年も神城高校で過ごさなくてはならない。
だから行く。
と言っても特にやりたいこともないし大学に進学したとしても今と変わらない日常を送るので無理に行かなくてもいいのだが・・・
そんなことを考えていると身体は妙にきれいな制服を身に纏い洗面台の鏡の前に立っていた。
蛇口をひねるとヒンヤリとした水が流れた。
その冷たい水を顔に浴びせる。
徹夜明けのぼやけた視界は鮮明になり気もはっきりした。
不意に目があった鏡の向こうの人物は少し背が高いくらいの高校生にしか見えない。しかしその格好とは違い顔はやつれ、くまができていて年相応よりも老いてみせる。
自分の制服姿を見るのは久方ぶりだった。
時計に目をやるとあまり時間は残っていなかった。
玄関に行きこれも妙にきれいな靴をトントンと整える。
ふと3年前のことを思い出した。
あの日の旅立ちは今とは全く違った。
明るい部屋に晴れた気持ちで高らかとした声をだして
「行ってきます!」
と言った。
こちらも明るい声が返ってきた。今とは逆に早朝の割にはそれなりに賑やかに複数の声が響いていた。
制服も妙にではなく真新しく顔も背格好と同じように年相応であった。
しかし今は違う。
暗い部屋に曇った気持ちで沈んだ声をだして
「行ってきます…」
と言う。返事はなく人影も声もなにも聞こえない。耳をすませて聞こえるのは機械の音だけ。
制服は妙に新しく顔は背格好よりも年老いて見える。
そんな自分に対して笑みが出た。
それは自身への嘲笑と苦笑の笑み。
ドアノブに手をかけると不意に何かが落ちた。
反射的に振り返りそれを拾う。
それは自身の生徒手帳だった。
写真の自分は緊張と興奮がにじみ出ている。
その下に丁寧な字で
『八継丞』
と書いてあった。
字を書いた自分は今の自分、否、この環境を一欠片も想像できないだろう。
逆に今の俺から、もしくは俺を知る人物がいれば、昔の環境を想像することはできない。
手帳を拾う時に自身の部屋が目に入った。
なにか違和感があった。
変に違うような感覚。
しかし時間があるわけではないので気にせず扉を開けた。
だがもうこの時すでに、俺には時間の縛りなんてなかった。俺はもう現世に縛られてなかったのだ。
なぜなら
扉を開けると目を疑った。
そこにあるはずの景色がカスほども無く、全く別の景色が展開してたからだ。
一面のエメラルドのように輝く陽に照らされた草原。
その奥に見える怪しげに風で靡く林。
天を我が物と言うかのように自由に舞うドラゴン。
ドラゴン?
自身の思考に自分で驚いた。
目を疑い脳を疑い世界を疑う。
だが全ては目の前の現実だった。
視界は鮮明とし見間違いではなく、太陽が中心に昇っているその空にドラゴンとしか表現できない生物が空を舞っていた。
「ハハ…」
口に出た笑みの理由はわからない。
わからない。わからないがそれが失望やそれに近いマイナス感情ではないのは確かだった。
そしてさっきまでの鬱な気持ちも全て吹っ飛んでいた。しかし決して俺の鬱になった理由が甘いといわけではない。
ただ、この環境が俺をそうさせたのだ。
徐々に現実離れしたその世界に頭が追いついてきた時、俺の顔は多分数年ぶりの満面の笑みを浮かべていただろう。
なぜなら俺の胸の奥がこんなにも高鳴りその音が自身の脳に直接きているのだから。
ウズウズと湧き上がってくるこの感情を俺は抑えられなかった。
これが始まりだ。
後に新たな複合技術を作る者の。
後に今の世界の脅威を滅ぼす者の。
後にこの世界を征服する者の・・・
大賢者の、勇者の、そして王の冒険の始まりなのだ。
今年受験生なので3日に一回更新できたらいい感じです
初めて書いてくので温かい目で見守ってください