救う貴方
『これより、貴方は死にます』
机の中から次の教科書を取り出そうとしていた時、不意に綺麗に畳まれた1枚の見覚えの無い紙があり、それにはそんな不吉な事が書かれていた。
「何だこりゃ?誰のイタズラだよ?」
俺はその紙をグシャッと握り潰し机の上に放ると、何事も無かったように行動を再開した。
別に珍しくもない。俺は周りから敬遠される存在で、たまに暇なヤツがこうして下らない事をするのだ。慣れたものである。
滞りなく次の授業の準備を終えた俺は残りの暇な時間をスマホで費やそうとして、珍しく声をかけられた。
「ね、ねえ、その紙、なんて書いてあった?」
「あ?」
話しかけてきたのは俺の隣の席の、…男なんだか女なんだかよく分からん奴。制服はズボンを履いてるが、この学校は女子のパンツスタイルの制服もある為一概には分からなかった。つーかこんな奴居たっけ?我ながら周りの事どうでも良すぎだろ。
「別に、お前には関係なくね?」
俺はなるべく冷たく言い放つ。俺自身浮いている存在な為、俺と仲良く話していたらマズイだろうと親切心、それとマジで関係無いので目線も合わさずそう答えた。
「ひえぇ…、で、でも、関係なくないよ?」
なんとも気の抜ける悲鳴の後に続いた言葉に、俺は思わずチラッと目を向けた。そしてソイツの手には…
「…だって、私の机の中にも入ってる、みたいだし…」
綺麗に畳まれた1枚の紙が、握りしめられていた。
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「えー、誰がこんなイタズラをしたのか、この場じゃ申し出にくいと思うから、犯人は後で俺のところに来るように。以上、ホームルーム終わり。大人しく帰るんだぞー」
結局あの後クラス全員の机の中に紙が入っており、教室は一時騒然とした。
が、騒然としただけであってそこまでの騒ぎではない。クラスの委員長がこの事を担任に報告し、帰りのホームルームでゆるい感じに担任が注意をしただけで彼はもう言うことは無い、という風に教室を去っていった。それでいいのか教師。
去っていった先生へ、やはり異議が上がる。
「そんなんで犯人出てくるわけねーだろー先生」
「まあ今日は創立記念日とかで部活休みで暇だし、とりあえず皆の紙になんて書いてあるか見よーぜ」
クラスのムードメーカー的グループが楽しそうに動き出す。小さい事件だが、非日常を感じ取れてテンションが上がっているようだ。全員の紙が教室の中心に集められていく。
『スマホが壊れる』
「鍵が折れる』
『10円ハゲができる』
等々、しょうもなさそうだが割とカンベンしてくれよという風な内容が、クラス全員に配られていた。
「これは…予言かしら?」
委員長が並べられた紙を全て見てそう言う。
確かに、全て決定事項かのように文が締めくくられているのが、この紙の共通点だ。
「スマホ壊れんの?買ったばっかなんだけど」
「鍵ってどれよ?持ってんの全部?」
「10円ハゲになったら精神的に死ぬわ、私」
苦笑半分、心配半分といった感じにクラスがガヤガヤとうるさくなる。と、そこで誰かの声が上がった。
「うおっ!ヤベーのあんじゃん!」
そいつが手に持ったのは、唯一クシャクシャになった紙。それは…
「『これより、貴方は死にます』だってよ!ちょっ、誰誰?あ、お前の紙?ウケる!」
ウゼェ。ヤケにテンション高く俺を指さすお調子者のチビ。しかし周りの反応は薄かった。
「いや、死ぬとか一気に現実味が無くなったわ」
「突拍子もねぇな。もうちょい捻れよ」
「萎えたな。帰っていい?」
波が急速に引いていく。おふざけ程度の内容だったから悪ノリして楽しめていただけであって、そこまでぶっ飛んだ内容は求められていなかったのだ。
…だが、
「あれ?開かねぇ」
お約束にも程がある展開。しかし、現実では絶対に起こるはずのない現象が起こった。
「はぁ!?」
「いやいや、おふざけはもういいよ…って、あれ?マジで開かん!?」
「えー…どういうこと?」
それから何人も扉に手を掛けるが、やはり微動だにしない。
「…もしかして、もしかしたりする?」
誰かがそんな事を言う。どうにもそういう事らしい
。
「いやどういう事だよ」
「もしかして、紙が関係してたりする?」
一斉に視線が教室の中央へと集まる。
「もう1度見直してみよう。なにか手がかりがあるかもしれない」
クラスのリーダー的存在の発言に異論を唱える者はいなかった。
「…『眼鏡が欠ける』か。やっぱ突拍子もねぇことしか書いてねぇなぁ」
「俺なんか『全裸になる』だぜ?どういうこった」
「いや、これを見て」
委員長が指さした紙。それには、こう書かれていた。
『最後に、扉が開かれる』
「…つまり、ナソナゾみたいな感じか?」
ということは、紙に書かれた他のお題を達成していけば出れるのだろうか?とクラスのリーダー君がボヤく。
「いやいや、早計だぞ。ていうかそれならなんで確定した文章なんだ?ナゾナゾなら命令形だろうに」
紙にはそれが確定した未来かのように締め括られている。ナゾナゾをするにしては、確かにおかしい書き方だ。
「つーかよ、その紙さっきの時あった?全員の見たはずだよな?」
しかし繋げられた机の上には、確かに人数分の紙が鎮座している。もう1度数え直してもそれは変わらない。
「え?なにそれ怖い」
「あ、下に紙が1枚落ちてない?」
ふとそこで女子生徒が屈むと、1枚の紙をつまみ上げた。その紙は綺麗に畳まれた状態だ。
「まさかの未開?ますます怖ぇ…」
怖がる男子生徒を余所に、女子生徒はそれを躊躇いなく開き中身を検める。そしてその内容は…
「『カバンの底が抜ける』だって。誰かこの文に覚えのある人いない?」
やはり確定したような文が読み上げられる。女子生徒はこの文の持ち主がいないか呼び掛けるが、果たして。
「あ、あのぅ、私その文でしたぁ…」
俺の隣にいた性別不詳が名乗り出た。なんか怪しいなお前。
周りも声に出さないが懐疑的な雰囲気が場を支配する。性別不詳は「ひえぇ…私も訳が分からないんですぅ」と身を縮ませ無実を訴えるが、1度疑いが掛かったら注目を外すのは厳しい。
「お前、影薄いもんな。その薄さを利用してこんな手の込んだイタズラしたんじゃねぇだろうな?」
素行の悪い不良が胸ぐらを掴み、性別不詳を吊り上げる。彼はこの状況でとてもイライラが溜まっているようだ。ヤニ切れかもしれない。
「ひぇっ!?おたすけーっ」
何故か俺の方へ手を伸ばす性別不詳。おいバカやめろ、あー、不良が俺の方に睨みをきかせた。
「お前もグルか?おお?」
「いや、知らねーよ。おたすけー」
委員長、ヘルプ!俺の視線の想い通じて、皆に平等委員長が助け舟を漕いできてくれた。
「やめないか。今は犯人探しより、協力して脱出することのが優先だろう?」
「…ケ!ならさっさと解決してくれよ!」
性別不詳を投げ捨て、教室の後ろへと下がる不良。とりあえず難は逃れたようだ。
「ありがとう委員長。助かった」
「ありがとー」
「構わないわ。それより今はこの状況を…」
ドサドサッ
不意に、何か本が落ちた様な音が狭い教室に響いた。音の出どころを見れば、俺の席、の隣。つまりは、性別不詳の席。
「あー!なんてことだッ」
床には教科書やノート類、持ち込み禁止な漫画や雑誌が散乱した状況が出来上がっていた。性別不詳の悲痛な叫び声が上がる。
「どんだけ関係ねーモン持ってきてんだお前」
「確かに。って、問題そこじゃねぇ!?」
「そうよ、これ…」
机の横にぶら下がったカバンの底が破け散らばったのだ。まさしく、紙に書いてあった通りに。
「…え、これマジなやつ?」
「ぐ、偶然だろ?たまたま…」
ドサドサッガチャン
「あ、俺のカバンが」
なんという事だ。俺のカバンの底も寿命が来たようで、教科書や弁当箱が床に撒き散らされてしまった。
「……な、ぐ、偶然だよな?もしくはお前ら2人の悪ふざけだよな?」
席が隣なこともあり、俺も犯人扱いかよ。いや俺も驚いてんだけど、こんな偶然あるか?
ーーーーこの世に偶然はない。全てが必然である。それが証明されるような事が、次の瞬間起こった。
バサバサドチャゴンガンカチャチャドサドサ
教室内のぶら下がっている全てのカバンの底から、荷物が落ちて大合唱を奏でた。
「…」
流石にこの現象を前に、全員が言葉を失う。
「…まさか全てのカバンとは」
「いや確かにそれも意外だけどちげーだろ!?問題なのはこの紙だろ!」
「じゃ、じゃあこの紙は本当に…これから起こることが書いてあるのか…?」
「い、いやぁぁ!10円ハゲはいやァァ!!?」
現実的ではない現象に、教室内はパニックに陥る。
「落ち着け皆!騒いでも何の解決にもならないでしょう!」
しかしその中でも冷静さを失わなかった委員長が凛とした声を張り上げる。
「うっせぇ!じゃぁテメェがさっさと解決しろよ!」
「きゃっ!?」
だがそれは逆効果だった。短気な不良が委員長を突き飛ばす。
「うわ!?何をするんだ!」
「いってぇ!」
突き飛ばされた委員長は他のクラスメイトにぶつかり、何人か尻餅をつく。
「あ…ああ゛ァァ!?眼鏡がぁぁ!!?」
尻餅をついた1人の、悲痛な叫び声が上がる。見れば彼の装着していた眼鏡が床にダイブし、パリンコしていた。
「お、お前の紙って、確か『眼鏡が欠ける』じゃなかったか?」
眼鏡の持ち主の友人だろう奴が、震える声で確認する。眼鏡君(故)もハッとなった様子で急いで自分の紙を確かめ、そして恐怖に顔が引き攣る。
「や、やっぱりこの紙は…」
「や、ヤベエ。俺のなんて書いてあったっけ?」
「ハゲはイヤなのォォ!」
「皆落ち着け!おい、とりあえず1番内容がヤバイやつはなんだ?」
だがここでようやくリーダー君が本領を発揮し始める。そのカリスマ力と力強い声に再びパニックに陥りかけた雰囲気が爆散する。が、
「こ…これじゃね…?」
俺に突っかかってきた、お調子者のチビが手を上げる。そいつが掲げたのはもちろん、俺の紙。
「…やはりそれが1番危ない、か。」
またしんと静まり返る教室。明確に死ぬと書かれたその紙は、この場においてとても重い。
「で、でも死ぬのは持ち主だけだろ?眼鏡壊れたのアイツだけだし」
「カバンの件がある。紙はただ単に配られただけで、事象はランダムもしくは全員に降り掛かるのかもしれない」
「…」
3度目のパニックは、起こらなかった。最早そんな余裕などなく、いつ降りかかるか分からない紙の内容にただただ恐怖に身をすくめる。
「あぁもうウザってぇ!こんな紙にビビってんじゃねぇよ!!」
そこで不良が暴挙に出た。溜まったフラストレーションが抑えきれなくなったのか紙を1箇所に集めると、なんと燃やし始めたのだ。
「ちょちょぉ!?何やってんの!?」
「こんなん見てるから気が滅入るんだよ!いっその事分かんねぇほうがいいだろが!」
そんなことをしている内に紙は全て燃え、申し訳程度に紙があった事を証明する燃えカスだけが残った。
「…つーか火なんてどっから…」
「ライターだよ」
「ンなモン学校で必要ねぇだろ…」
恐らく煙草用だろう。今時でもまだ居るんだな、こういう奴って。
「…やっちまったもんは仕方ねぇが、しかしどうすっか?」
ため息をつきつつも気を取り直したリーダー君が改めてそう言う。怒る気も無いくらい呆れた様子だ。
「窓でもぶち破ればいいだろ?」
またしても不良が暴れる。言うが早いか、椅子を片手に窓へ振りかぶり…
「オラァ!」
窓にぶつかった椅子はしかし、突き破らず跳ね返された。
「うわぁ!!?」
「きゃあああ!」
そして人がいる場所へ跳ねた椅子は、恐るべき凶器と成り果てる。
生徒AがSNSに現状を呟こうと取り出したスマホに当たり、無残にもその命を散らされる。
砕けたスマホが男子生徒の腰に下げられた鍵の束にぶつかり、内何本かポッキリと折れた。
ぶつかり軌道を変えた椅子は女子生徒の頭目掛けて飛んでいき、前脚の先端が側頭部へ衝突しめり込んだ。
ガランガランッ、とひと暴れした椅子が床へ落ちる。
「いっっッ、たいィィィ!!?
「うおァァ!?鍵がぁ!!」
「俺のスマホ…、テメェッ、なんてことしやがんだ!ピタゴラスイッチじゃねぇんだぞゴラァ!」
今度は不良の襟が掴まれ、不良もまさかの出来事に「い…いや、悪ぃ」とバツが悪そうに顔を逸らす。
「待て!止まれ!ストップだ皆!」
荒れ始めようとした教室に、突如そんな声が上がった。怪訝そうに皆顔を向ける。
「んだよ1発くらいコイツ殴らせろ。それとも風紀委員様的には見過ごせねぇってか?」
向いた先には風紀委員な彼がいた。彼は焦ったように言葉を続ける。
「だから動いちゃダメなんだってば!動かなければ何も起きないんだよ!」
先程の事故は不良の暴挙が原因だ。言うならば、紙は関係ない、と言いたいのだろうか。しかし一理ある。
「…くっ!わーったよ」
不良を放し近くの椅子へドカッと座る。後にはすすり泣く女子生徒の声が静かに場を震わせるだけだ。よく見れば脚がぶつかったと思われる頭部には、円状に空白地帯が出来ていた。ぶつかった衝撃で抉れたのか…。
「そうだ。動かなければ、何も起きない…」
風紀委員が静かにドヤる。確かにこの密室空間、誰も動かなければ何も起きない。これこそ必然。
…だった。
1枚の紙が、ヒラヒラとどこからか降ってきて俺の目の前の机へ着地した。
全員、無言。だが、視線は中身を検めろとうるさい程ヒシヒシと感じる。
俺は観念して紙を開いた。そこには…
「はっ!?」
教卓で先生が教科書を淡々と読み、生徒は静かにその声に耳を傾けている。いやちげーな、大半は寝てるわ、これ。
…………寝てた?俺。
一気に気が抜けた。なんだ、夢か。夢オチか。
まぁあんな事実際起こるわけないしな。でもまぁ目が覚めてよかった。あのままいったら、多分死んでたしな、俺。
夢の中とはいえ死ぬのは勘弁だ。死ぬ前に起きれてよかった。
さて、気を取り直して授業でも真面目に聞くか、と改めようとして横槍が入った。
「ん?」
「はいこれ。なんか回ってきたー」
隣の席の性別不詳からチョンチョンと脇腹をつつかれ、紙が手渡されてきた。
「?、誰からだよ?」
「分かんないー、授業は真面目にねー」
そして我関せずと教科書へ視線を落とす。そう思うのなら渡すなよ。
まあいい。さて、渡されたこの紙、綺麗に畳まれているが、はて?俺に手紙を回してくるやつなんて居ただろうかと思いながら中を見る。考えるより用件を見れば、誰かからなのかはすぐに分かるだろう。
そうして俺は紙を開き、目を通す。
そこには、一言だけこう書かれていた。
ーーーー『助かった』
と。
小説書くのを熾す為に夢を著してみた。
8月10日AM5:00。
覚えてる限りの夢の内容4
フィクションによる水増し6
くらい。
何が助かって、何が助からなかったんですかね?