第一章 女子高生にもできる銀行強盗計画 6
「眠~い」
つばめがあくびをかみ殺した。
早朝六時、学校の演劇部室。ついに演習をやることになった。もちろん、全員集合だ。
まず全員で大道具を片づけてスペースを作ると、つばめが偉そうにいってきた。
「さくら、あんた特訓してきたの?」
「もちろん。あたしだってやるときはちゃんとやるんだから」
「じゃあ、準備して。最初は煙幕なしでやるわ。涼子ちゃんは受付の役。正彦くんは時計係ね」
さくらは制服の上からトレーナーに袖を通し、ジーンズを履く。
涼子は机をカウンターに見立てて、その向こうに坐った。
「じゃあ、はじめて」
その合図でさくらは受付嬢に扮した涼子に近づいた。そしてスポーツバッグを床に置き、紙袋を涼子の前に置くと、持っていたスケッチブックを開く。
『このバッグには爆弾が入ってます。リモコンで遠隔操作されます。この紙袋に三千万入れてください。そうしないと爆発します』
結局そういう文面になった。つばめがワープロで打った文を貼りつけてある。
涼子は新聞紙で作った札束を紙袋に入れる。
「そこでリモコン作動。正彦くんタイム計って」
つばめの号令が飛ぶ。ここからがさくらの特訓の成果の見せ所だった。札束の入った紙袋をつばめに渡すと、オーバーオールの肩を緩め、そのまま垂直に飛び上がった。ゆるゆるのジーンズはそれですっぽりと脱げ去り、空中でトレーナーを脱ぎ飛ばす。帽子と眼鏡も吹き飛んで、着地するころにはすっかり普段のさくらの姿だ。
「五秒」
やった。すごい。まるで戦隊もののヒロインの変身なみの短さだ。
さくらは自画自賛した。
「まあまあってとこね」
つばめはそういいながら、まだ脱いだ服をバッグにしまい終わっていない。
「だああああ、遅い、つばめ」
「だって、さくらがあっちこちに脱ぎ散らかすからよ」
「あたし悪くないもん。つばめがとろいだけだもん」
「だあああ、喧嘩やめ」
正彦が間に入り込んで来た。
「そうね。それじゃあこうしましょう。さくらは帽子と眼鏡をあたしに渡すこと。それで二、三秒タイムが遅くなってもいいわ。そしてあたしが服をしまってる間、さくらは札束の入った紙袋をあたしが用意した学生鞄の中に入れる。いい?」
つばめは少し下唇を突き出させながら妥協案をいう。
「わ、わかったよ」
さくらとしてはつばめがそういうなら我慢するしかなかった。
そしてその提案に従うと、すべての作業がジャスト十秒で終わった。
「よし、成功だわ。じゃあ、煙幕つきでやるわよ」
こうなるとつばめもさくらも乗ってくる。
「正彦くん、用意して」
問題は煙幕で視界がさえぎられた中で、同じことができるかだ。
「さくら、はじめて」
スケッチブックを見せて、金を受け取るまでは同じだ。なんの問題もなく進む。
そして札束の入った紙袋を受け取ると、つばめによってリモコンの装置が入れられる。二秒ほど遅れて、正彦の仕込んだ装置から煙が吹き出した。
赤、黒、白とミックスされた煙がたちまち部屋中に充満する。多少けむいが咳き込むほどでもない。
すげえ、なんにも知らなければ間違いなくパニックになる。
そう思いながらもさくらは変装を解いた。そして学生鞄に紙袋ごと、札束を入れる。
「OK」
完璧だった。
窓を開け、煙を追い出すと、しまい忘れた衣類もない。札束はさくらの持っている学生鞄に、変装道具はつばめの持っているスポーツバッグにすべて収まっている。
「涼子ちゃん、あたしたちの作業が見えた?」
「いや、煙でなにもわからなかった」
「つまり完璧よ、か・ん・ぺ・き。んふっ」
つばめがはしゃぎまわる。というか、踊っているように見える。見間違いであってほしい。
「ああ、計画通り! あたしってやっぱり天才よね」
もう成功したかのような騒ぎだ。
「ね、さくらだったやればできるのよ。やれば」
浮かれまくっている。はっきりいってむかつく。
この女いったい何様のつもりだぁ。
そうは思っても、さくらもなんかいけそうな気がしてきた。この変人の立てた計画に一抹の不安を抱いていたが、いざやってみると失敗する要因がとりあえず思い浮かばない。昔から天才とは変人というのが世界の常識なのだ。
「いいんじゃない?」
「うん」
涼子と正彦も同じ考えのようだ。
「いけるわ。これ以外にすることといえば、煙に紛れて地下鉄に乗るだけだもの。あとは決行するだけよ。三日後にね」
つばめは小鼻をふくらませつつ、ふんぞり返った。
みんなテンションが上がっている。こんなに盛り上がったのはいつ以来だろう?
こうして偶然出来上がった悪の犯罪チーム、女子高生三人プラスワン。
銀行強盗の決行は三日後、期末試験の日だ。