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第一章 女子高生にもできる銀行強盗計画 5

 次の日の昼休み、例の四つ葉銀行友愛一番高校前支店の前に四人は集まった。

 さくらとつばめは午前中の授業はしっかり出たが、涼子と正彦はおそらく四時間目からサボったはずだ。

 つばめは学ラン姿の正彦を見るなり、目を潤ませながらキャーキャー騒ぐ。

「美少年、美少年、さくらにそっくりな美少年」

 そう歌いながら踊り出す始末だ。いかに学校で猫を被っていたか、さくらは思い知らされる。変なやつだとは思っていたが、ここまで変だとは想像もつかなかった。

 それに正彦のことだって、髪形や背格好は自分に似ているが、つばめや涼子のいうほど顔は似ていないと思う。

「姉ちゃん、だいじょうぶ、この人?」

 正彦がこっそり耳打ちするのも、とうぜんといえばとうぜんだ。

「これでも、頭だけはいいから」

 さくらとしてはそう答えるしかない。こんな変なやつの立てた計画に乗れるかといわれると、返す言葉がないからしょうがない。

 そもそも美少年にこだわるつばめの気が知れない。さくらの好みはハードボイルドな男。『タフでなければ生きられない。優しくなければ生きる資格がない』を心情にしているような男だ。年下よりも年上がいい。中年だって構わない。見てくれだけがいい優男に振られた過去がトラウマになっているのかもしれない。

「じゃあ、中に入りましょう。ちゃんと見ておくのよ」

 つばめはそういうと、みんなを引き連れて中に入った。地下鉄の出入り口のすぐ側に銀行の入口があるのはすでにいった通りだ。

 そんなに大きな店舗ではない。中に入るとすぐATMコーナーがあり、右の方に待合スペースや受付カウンターがある。カウンターの奥には職員用の机があり、トイレは待合いスペースの一番奥にある。道路ぞいの壁は全面はめ殺しのガラス窓で、ブラインドが掛かっている。そしてそのガラスぞいに待ち合い用のソファが並べられてあった。

 入口のすぐ左脇に小さな窓があり、隣のたこ焼屋の壁が見える。窓の外には侵入防止のための格子があるが、ずさんにも一本折れたまま、放置されていた。もっとも人間が通り抜けられるほどの隙間はないが。

 入ってなにもしないと怪しまれるので、涼子が口座を作り、さくらたちがそのつき添いという設定だ。

 つばめはみっつあるソファのひとつに坐り、フンフンと鼻歌を歌いながら、おもむろにスケッチブックを取り出した。そして店の見取り図を描き出す。誰もそんなものを覗かないとはいえ、あまりにも大胆不敵。

 もっともさくらはつばめのやることに、もういちいち驚かない。人間の常識の外で生きている女だということが、きのうよくわかったからだ。

 さくらが気にしなければならない観察点は、警備員の位置と監視カメラの位置。

 警備員は初老のおじさんがひとり、入口付近にいるだけ。

 監視カメラは三台。入口付近でATMコーナーを睨むのがひとつ。職員のいるスペースの奥に二台。左右から受付カウンターや待ち合いスペースに向けられている。たぶん死角はほとんどない。

 ただつばめがいった通り、どのカメラも上の方から見下ろす感じに設置されているため、帽子を深く被れば顔は特定できないはず。せいぜい口元が見えるくらいだろう。

 あと、さくらが調べなければいけないのは、職員の配置。そしてどんな人かだ。とくに受けつけがどんな人なのかは気になっていた。

 受付カウンターにはふたり。いずれも青い制服を着た若い女性だ。

 ひとりはおっとりした良家の令嬢タイプ。さらさらのロングヘアをしている優しそうな美女で胸に掛かった名札には『三宅』と書かれている。

 もうひとりは、ちょっと冷たい感じの落ち着いた優等生タイプで、見るからに頭が良さそうだ。肩まで掛かった黒髪が似合うその女性は『大島』さんというらしい。

 当日どっちへ行けばいいだろう? さくらにとっては重要な問題だった。

 そんなことを考えているうちに、涼子が呼ばれた。三宅のところだ。

「どういったご用件でしょうか?」

 三宅は子供のように無邪気な笑顔で涼子に話しかける。

「口座を作りたいんだけど」

「はい、それでは身分を証明するものをお願いします」

 涼子は口座を作るだけなのに緊張している。それに対して三宅の対応はあくまでもソフト、というかちょっと舌足らずな感じすらする。

 当日狙うのはこの人かな? さくらはそう思った。

 隣の大島さんは理知的でしかも気が強そうだ。ひょっとしたら変装越しに素顔を見抜くかもしれない。だけど三宅さんにはその心配はなさそうだ。はっきりいってとろそうだし、そもそも人を疑うことを知らない感じに見える。

 ついでにカウンターの奥も観察してみる。

 まずは白髪頭の支店長らしき年配の男、名札には『斎藤』と書いてある。そして二枚目で女のように華奢な若い男『木更津』、お局様らしき三十くらいの神経質そうな女性『小笠原』。以上だ。

 涼子の手続きは終わったようだ。つばめのスケッチブックを覗くと、見取り図は完成していた。カメラの位置、職員の配置、どうやって計ったのか、大まかな寸法すら書き込んである。

「じゃあ、出ようか」

 スケッチブックをぱたんと閉めて、つばめはいった。

 銀行を一歩出ると、すぐ隣ではたこ焼屋の前で、やはり昼休みに抜け出して来たらしい近くのOLが立ち食いをしている

「さああ、そこの譲ちゃんたち、食べてきぃや。旨いでぇ。本場大阪の味やで。食べな損やでぇ。女性に大人気のスーパーデリシャスたこ焼やでぇ」

 顔見知りのたこ焼屋の茶パツ兄ちゃんが手招きする。

「食べる?」

 さくらの一言に全員が肯いた。


   *


 四人は近くの公園の芝生に円になって坐りながら、はふはふとたこ焼を頬張っている。端から見ると強盗の作戦会議ではなく、ピクニックだ。

「うめえ、これ」

 正彦が叫んだ。そう、あそこのたこ焼は外側かりっ、中はジューシーで熱々、じつにおいしい。さくらのお気に入りだ。

「はふはふ、食べながらでいいからちょっと聞いて」

 自分もたこ焼を頬張りながらいったのはつばめだ。さっきのスケッチブックをみんなの前で広げる。

「これがあたしの描いた見取り図。警備員はひとりでカメラは三台。こことここね、はふはふ」

 つばめの図面はかなり正確っぽい。

「あたしの見る限り、作戦変更の必要はなさそうだわ。はふはふ、なにか気づいたことある?」

「煙幕のことなんだけどさあ」

 意見を述べたのは正彦だ。

「はふはふ、あれくらい広いと、一個所だけじゃなくて、あらかじめ三個所くらいに設置しとかないと無理だと思うよ」

「それで?」

「だから姉ちゃんが銀行に入る前に、あらかじめ俺が仕掛けておく必要があるってことさ。はふはふ、あとはリモコンで同時に反応するようにしとけば問題ない」

「う~ん、さすがね、正彦くん。美少年のくせに頭の切れる悪の科学者って感じぃ。はふはふ」

「はあ?」

 聞き流せ正彦。こいつはまあ……病気なんだから。

「ところで、煙幕はどういう仕掛けで発生させるの?」

 つばめが正彦に聞いた。

「花火の煙幕を使うんだよ、カラースモークとか。それなら体にもそんなに悪くないだろ。あとは発火装置だけど、石油ストーブに火をつける電熱線みたいのを使えばいいさ。それならリモコンで操作できるよ。あとは火が点きやすいように導火線にガソリンでもしみこませておいた方がいいかも。花火と電熱線以外は俺の持ってるものを転用できるから、金だってほとんどかからないよ。大きさだって手帳くらいの大きさに収まるさ」

「さっすがぁ」

 つばめが目を輝かせる。

「あたしは当日たこ焼屋の前でたこ焼食いながら外を見張ってればいいのか?」

「そうね。涼子ちゃんの仕事はそれでいいわ」

 なんておいしい仕事なんだ。さくらは自分の仕事と比較してぼやいた。

「だけどそれだけじゃあ、警察の動きが完全にはわからないな」

 涼子がそういうと、正彦が口を挟む。

「じゃあ、警察無線盗聴する?」

「無理よ、正彦君、昔と違って今はデジタルだから。無線機があっても盗聴できないわ、はふはふ」

「どうってことないよ、はふはふ。いい? デジタル警察無線は四値PSKという位相変調を利用してるんだ。これを使えば情報量が大きくなるし、周波数の利用効率が上がる。おまけにスリーパターンの暗号コードを使ってるから、解読がめんどくさい。だけど受信機の他にパソコンと解読プログラム、それに自作のPSK回路を使えば受信できる、はふはふ」

 つばめの一言が正彦のメカフェチスイッチを押してしまったらしい。まったく理解不能なことを喋り出した。

「回路の見取り図や解読プログラムはインターネットで闇に流れてる。じつは全部持ってて何回も警察無線聞いたことあるよ。趣味なんだ、はふはふ」

「すごい、さすが悪の美少年科学者だわ。うっとり~っ」

 そういいながら、本当にうっとりしている。

「ところで正彦あんた、煙幕発生装置みっつも簡単に作れるの? 時間がないんだよ」

 さくらの質問に正彦は自信満々だ。

「どうってことないさ、花火買ってきて、リモコンでニクロム線に電気を送れるようにするだけだよ。二日もあれば楽勝」

 きのうの反応とはえらい違いだ。たしか三日じゃ無理とかいってなかったか? 

 さんざん渋っていたくせに、いざ犯罪に加担するとなると、生き生きしてきた。つばめの同類としか思えない。それとも奈緒子ちゃんに気に入られようと張り切っているのか?

 さくらは内心呆れた。

 だけどなあ、悪の科学者じゃ捕らわれの美少女に愛されないぞ。どっちかっていうと、悪の科学者の役は美少女を拷問する方だろうが。

「ところでさくらは早変わりの練習やった?」

 つばめが聞いてくる。制服の上に着たオーバーオールジーンズをすばやく脱ぎ去る特訓のことだ。

「やったよ。でもけっこう時間食うんだよね。十五秒ってとこかな」

「遅い。最低でも十秒切らないと。怠けてて、当日困るのはあんたなんだからね」

 くううう~。おまえは運動部のキャプテンか? この仕切りたがり屋がぁぁぁ!

「まあ、とにかく一度通しで練習する必要があるわ。どこでやろうか?」

 外でやるには目立ちすぎるし、室内でやるにはせますぎる。

 しかしつばめはこの難問をこともなげに解決(?)した。

「場所はあたしたちの学校。早朝練習すれば問題ないでしょ? 演劇部の部室がいいんじゃない? 適当に広いし。決まりね」

 たしかに朝は誰もいないし、それなりに広い部室もある。

 だけど、勝手に決めるなぁぁぁ!

「日にちは三日後、朝六時から。それまで正彦君は装置を作って、作動するか確認しておいて。さくらは早変わりの特訓をやっとくこと。じゃ、解散」

 つばめはそういうと、すっくと立ち上がり歩き出した。

「どこいくの。学校戻るの?」

「まさか、たこ焼もっと食べるの」

 振り返りもせずにそういった。

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