第一章 女子高生にもできる銀行強盗計画 3
「まず、銀行強盗をやるときの第一関門。それは監視カメラよ」
つばめはいい切った。たしかに逃げ切れたとしても、カメラに顔が映ってしまえばしょうがない。
「だから映画とかの犯人は強盗するときに、覆面をしたり、サングラスをしたりして顔を隠すでしょ?」
そのへんのことはさくらも納得した。
「じゃあ、あたしたちも覆面をするべきか? あたしはそうは思わない。そんなことをすれば目立つじゃない。それこそ入っていきなり銃を突きつける必要があるわ。じゃないといきなり通報されるだろうしね。サングラスだって同じ、行員にいきなり不信がられるでしょ」
そりゃそうだ。
「でも素顔をさらすわけにもいかない。じゃあ、どうしたらいい?」
どうすんだよ?
「監視カメラっていうのは低い位置にはないの。必ず上の方から見下ろす格好でついてるでしょ? だったらつばの長い帽子を被るだけで顔が隠れるわ」
「なにいってんのよ。女子高生がそんな野球帽みたいの被ってたら目立つじゃない? それにカメラには映らなくても受付の人にはばっちり顔を見られるんだよ。そんな危険なことを涼子にやらせるつもり?」
「だから男の子に変装するの。顔は見られても眼鏡でも掛けておけばずいぶん印象が違って見えるわ。ほら」
つばめはそういうと、いきなり自分の眼鏡を外し、さくらの顔に掛けた。
「ほら、涼子ちゃん。ずいぶん感じが変わって見えるでしょう?」
「たしかに、ふたりともずいぶん変わる」
涼子が同意すると、つばめは手鏡を渡した。見慣れたはずの自分の顔が、まるで高校受験に燃える中学生男子だ。
「ほらほら、似合う似合う」
反対にきゃっきゃとはしゃぐ眼鏡を外したつばめは、さくらの目から見ても可愛かった。しかもさらに意外な事実として、眼鏡にはほとんど度が入っていなかった。
これってダテ眼鏡?
これくらいなら普段眼鏡をしなくてもなんの問題もないだろう。つばめは普段わざとこんなダサい眼鏡を掛けていることになる。
同時にさくらは恐ろしいことに気がついた。
なんでつばめは涼子じゃなくてあたしにこれを掛けさせたんだ?
まさか……まさか? その答えは考えたくない。
「今は制服着てるから女っぽいけど、男の子の格好すれば完璧だね」
「ちょっと待てえぇ」
思わず叫んでいた。
「ひょっとしてあたしがやるの? それって主犯じゃない?」
「いい、さくら?」
つばめはわがままな生徒を説教する教師のようにいう。
「涼子ちゃんは眼鏡をしたって大人の女の魅力が滲み出てしまうの。それにあの胸が邪魔でしょう? その点、さくらなら中学生男子で通る顔をしてるし、なにより貧乳。男の子に化けるにはもってこいじゃない。あたしがこの作戦、ぴぴっと浮かんだのはさくらをキャスティングしたからよ。電話して来たのがさくらじゃなかったらきっと考えつかなかったわ」
貧乳? それはおまえのことだぁ。それに中学生男子で通る顔ってどういうことだ?
「じゃ~ん、じつは衣装もちゃんと用意してあるんだ」
そういってつばめが押し入れから取り出したのは、ブルーのオーバーオールのジーンズ、それに柄物のトレーナー。そして野球帽も忘れていない。
「試着、試着ぅ」
つばめがはしゃぎながら煽る。
「いやだ」
「だめ、これは重要なことなの。省略はできないの」
これを着たが最後、さらに抜け出せなくなる気はしたが、あまり激しく拒絶すると、涼子を見捨てているような気がしてしぶしぶ従うことにした。
「あ、制服は脱がないで、そのまま上に着てくれる?」
スカートは短いし、ジーンズもだぼだぼだったから上からでも履けた。
「うきゃあ、可愛い。思った通り美少年だぁ」
つばめは飛び上がって大喜びだ。
そうだった、こいつは筋金入りの美少年マニア。ひょっとしてこれはこいつの趣味なのでは? そもそもなんでこんな衣装が短時間で用意できたんだろう。ひょっとして押し入れの中には他にも趣味のコスプレアイテムが隠されてるんじゃないだろうな?
さくらはそう疑わずにいられなかったが、つばめはさんざんはしゃぎまくったあと真顔になった。
「どう、涼子ちゃん。さくらに見えないでしょう? 男の子に見えるでしょう?」
「まあね。だけどさぁ、中学生に見えちゃまずいんじゃないか? こんな格好で、銃も持ってなきゃ、いくら脅したって誰も金なんか渡さないよ。警備員にとっつかまるのが落ちだ」
そうだ、いいぞ涼子。もっといえ。
「だいじょうぶ、そのへんはちゃんと考えてるって。これを見て」
つばめが取り出したのはスケッチブックだ。そしてそれを開く。
「これを受付に見せるのよ」
そこにはこう書かれていた。
『僕の体には犯人によってリモコン爆弾が仕掛けられています。お願いです、この鞄に三千万円入れてください。そうしないとスイッチが入れられてしまいます』
「そう、さくらは犯人じゃなくて、犯人に爆弾仕掛けられていいなりになる中学生を演じればいいの。どう、リアリティない?」
「なるほど。案外いけるかもな」
涼子は簡単に納得した。
「だけどそのあとどうやって逃げんのよ? そんなんじゃあたし、ぜったい納得しないからね」
「まだなにも説明してないって。せっかちねえ、さくらは」
つばめは小悪魔のような笑みを浮かべる。
「たとえばそのあと、あらかじめ仕込んであった煙幕が銀行の中を充満したらどうなると思う?」
「そうか、爆弾が頭にあった行員はパニックになる。その騒ぎと煙幕に紛れて脱出するわけか?」
そう叫んだのは涼子だ。
「それだけだと五十点ね。たぶんお金を用意している間に、間違いなく警察に連絡がいってると思うわ。さくらの服装もね。だから銀行を出るときには変装を解いている必要があるの」
「変装を解く?」
つばめはさくらのオーバーオールの肩を外し、一気にずり下げた。
「そのままトレーナーを脱ぐ」
命令につられて、わけもわからずトレーナーを脱いだ。そのとき、ついでに帽子と眼鏡も外れる。
「ほら、あっという間にさくらに戻った。練習すれば十秒でできるって」
「おおおお」
思わず涼子と声がそろった。
「で、でもさ、服は脱ぎ散らかしていくわけ? 変装してたのがばれるよ。それにお金を入れた鞄はそのまま持ってくわけでしょう? そこから足がつかないの?」
「んもう、心配性なんだから、さくらは。そんなに心配なら、脱いだ服は持ち帰ればいいし、お金だって学生鞄に詰め替えればいいわ」
「そんなことに時間掛けてられないよ。逃げられなくなっちゃう」
「だいじょうぶだったら。なんならお金の詰め換えと、脱いだ服の処分はあたしがやるわ」
「え?」
つばめは意外なことをいった。
「あんたもいっしょに来る気なの?」
「あたりまえじゃない。こんな面白い話、あたしが絵だけ描いて、外から見てるとでも思ったの?」
「つまりいっしょに強盗やりたいんだ?」
「やあね、とうぜんでしょ」
いったいなんでそんな質問をする? とでもいいたげだ。まるで前から計画していたことが、涼子のことをきっかけにやっと実行できると喜んでいるように見える。
まてよ? と、さくらは思う。
きっとこの計画は遊び半分に前から作ってあったんだ。そして計画を実行するチャンスと駒がそろった。だから嬉しくて仕方ないんだ。
「そんなにやりたいんなら、あんたがあたしの役をやればいいじゃない?」
「それはだめ」
「なんで?」
「だって、せっかくさくらが美少年に変装するのを見れるのに。あたしの楽しみを奪うつもり?」
だあああああああ! この女は犯罪と美少年のことしか考えていないのか? そしてあたしに美少年の扮装をさせて、強盗やらせて、困ってるところを間近で見たいのか?
倒錯の世界だ。羞恥プレイだ。こいつはサディストだ。
「まあ、冗談は置いといて。さくらの役には演技力が必要なのよ。あたしじゃだめ。さくらは演劇部でしょう? さくらしかできないわ」
冗談? ほんとに冗談なのか? 演技力だなんて、あたしの舞台を一度も見たことないくせに。たしかに演技力には自信はあるけど、大舞台になるとポカやるってことを知らないな? それが原因で部長から役がもらえなかったんだぞ。
さくらは大声で叫びながら、この場を逃げ出したかった。
「だけどさ、警察が外で張ってる中、逃げ出すんだろ? いくら姿を変えたって、事情聴取されるかもしれないぜ」
涼子の意見はもっともだ。もっといってくれ。さくらは心の中で応援した。
「その前に地下鉄の駅に飛び込むの」
「どうやって?」
そうだ、どうやって駅まで逃げるんだ? 無理だ、そんなこと。
警官が包囲してる中、たとえ犯人として認識してるのはちがう格好とはいえ、必死で逃げ出したら怪しすぎる。
さくらは意地でもつばめの計画を否定したかった。銀行強盗の主犯になるのもごめんだし、そもそもつばめの意のままに操られたくないという気持ちがあった。
「そうよ、涼子のいう通りよ。無理よ、無理なんだよ」
「馬鹿ねえ、さくら。涼子ちゃんがわからないのは仕方ないけど、どうしてあんたまでわからないわけ?」
「は?」
「だから、地下鉄の入口がすぐ近くにある銀行を襲えばいいことでしょう?」
「どういうことよ?」
「いい? 警察が包囲するにしても、銀行の窓や入り口に張りつくようには包囲できないのよ。犯人が銃を持ってたら狙い撃ちになるし、いたずらに犯人を刺激して人質に危険が及ぶかもしれないもんね。つまり、包囲網はある程度距離を置かざるを得ないの。銀行を出たすぐそこが地下鉄の入り口だったら包囲できないわよ」
「そんな都合のいい銀行が……」
あってたまるかといおうとして、やっと気がついた。
「四つ葉銀行、友愛一番高校前支店」
つまり学校にいく時降りる駅の前にある銀行だ。地下鉄の出口から外に出ると、その真横に銀行の出入り口がある。歩いてほんの数歩しかない。ここなら銀行から出た次の瞬間には、地下鉄入り口に飛び込める。
「正解!」
つばめは目を輝かせ、いきおい良く断言した。