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第五章 あそこで起った本当のこと 1

 さくらは深夜、古びたコンクリート造アパートの階段を駆け上がっていた。

 どうしても納得いかなかった。説明してもらわなければ、とても眠ることなんてできそうにない。

 家族が寝静まったのを待って、抜けだしてきたのだ。

 さくらはあのあと、熊野警部たちに事情を聞かれたあと、家までパトカーで送られた。めちゃくちゃ心配されたが、傷ひとつ追っていなかった姿を見て、家族もようやく安心したようだ。とりあえず、試験をサボってあそこにいたことはばれてない。

 正彦は、奈緒子が自分をだましていたことがショックだったらしく、そのことをさくらにつげたあとは、ずっと部屋に閉じこもったままだ。

 あす、学校に行くのが憂鬱だった。担任やクラスメイトたちから、根掘り葉掘り聞かれるのは目にみえる。

 だけど今問題とすべきは、そんなことじゃない。

 事件の真相だ。それだけはどうしても知りたい。いや、知らなくちゃいけない。

 さくらは、つばめの部屋の玄関ドアを叩く。行くことはあらかじめ、電話で伝えてあった。

「開いてるわ」

 つばめの声にドアを開け、中に入ると、相変わらず、つばめ以外は誰もいなかった。例の雪崩を起こしそうな本の山の隙間にスペースを見つけて、さくらは畳の上に体育館座りする。

「ねえ、つばめ、あんた事件の真相をちゃんと把握してるんでしょう?」

 さくらは単刀直入に聞いた。

「うん、もちろん、わかってるわ」

 つばめは回転椅子に座ってさくらの方を向くと、おちゃらけずに真面目な顔で答えた。今のつばめは、強がってもムキになってもいない。ハイテンションでもなければ、人を寄せつけない雰囲気を漂わせているわけでもない。そもそも真相にたどり着いたというのに、得意がってすらいなかった。ただ、どこかさびしそうだった。

「教えて!」

 さくらはつばめを見据え、強く迫った。

「あんたはどう思うの? さくら。あんただって考えたんでしょう?」

「そりゃ考えたよ、それこそ必死に。だけどわかんないのよ。で、でも……涼子があんなことをするなんて信じられない。なにかとんでもない偶然のせいで、奇跡のようなとんでもないことが起こったはずよ。そうでなきゃ、あんなこと……」

 我ながら説得力のない台詞だが、それほど涼子の取った行動は不可解だし、涼子と奈緒子が入れ替わっていたことに関してはまったくのお手上げだ。ゴジラがシンジだったことも理解不能。ましてや涼子が木更津を殺したとはどうしても思えない。やっぱりあれは事故なんだと思う。

「はぁあ」

 つばめはさくらの顔を見つめて、ため息をついた。

「さくらはみんなをいい人のままにしておきたいのね。涼子ちゃんも奈緒子ちゃんも自分に悪意を持ってるはずない。仕方なかったんだって思いたいんでしょう?」

 ぎくりとした。図星だった。自分でも気づいていなかったが、つばめに指摘されまさにその通りだと思った。

 涼子や奈緒子ちゃんが自分に悪意を持って裏切ったとは思いたくなかった。そんなことには耐えられそうになかった。だけど……そうなの?

「どんな偶然が積み重なったって、あんなこと起きるはずがないじゃない。現実はもっとシビアなの。世の中いい人ばかりじゃないのよ。さくら、あんたほんとにこの事件の真相を聞く覚悟があるの? 聞かなかった方がよかったと思うかもよ」

 つばめが真剣な目で見つめた。つばめがはじめてみせる表情だ。

「それでも聞きたいの」

 たしかに聞くのが怖い気はした。それでもこのままずっと知らないでいるのは、耐え切れそうにない。

 さくらの本気が伝わったのか、つばめはすこしの間のあと、ぽつりと語りはじめた。

「この事件、たしかに偶然に左右された要素もあったけど、もともとはきわめて計画的な事件なのよ」

「りょ、涼子が計画的に木更津さんを殺したっていうの? あたしたちを利用して」

「そうじゃないわ。涼子ちゃんも被害者なのよ」

「え?」

 わからなかった。つばめがなにをいおうとしているのか、まるでわからなかった。

「まだわからないの? この事件を計画した黒幕、そして木更津を殺した実行犯は奈緒子ちゃんだわ」

「えええええ?」

 さくらは完全に意表を突かれた。そんなこと一度たりとも考えなかったからだ。

「だ、だって、事件を計画したのが誰かっていうのはともかく、奈緒子ちゃんが木更津殺しの犯人のわけないじゃない。銀行の中にいなかったのよ」

 そうだ。そんな馬鹿げたことがあるわけがない。

「木更津殺しの方はとりあえず置いておいて、まずこの事件の背景を説明してあげるわ。そもそもこの事件はいったいどういう性質のものなのか、わかる?」

 事件の背景? いったいつばめはなにがいいたいんだ?

「いい? 事件は、涼子ちゃんが誰かの鞄を取り違えて、その中に三千万が入っていたことからはじまったでしょ。そしてその金がシンジと共に消えて、男が押し入ってきて奈緒子ちゃんを誘拐し、一週間以内に返却しろと要求する? これがすべて偶然だっていうの? そんなわけないじゃない。誰かが計画的に演出したに決まってるわ」

「どういうこと?」

「考えられる可能性はふたつしかないわ。ひとつは涼子ちゃんが嘘をついてさくらをだました。ふたつ、涼子ちゃん自身も誰かにはめられた。はっきりした証拠はないけど、……結果を考えば答えは明確だわ。涼子ちゃんと強盗犯のふたり、シンジと後藤田とかいうやつは撃たれた上に捕まった。奈緒子ちゃんだけが大金を手に入れて自由の身。つまり奈緒子ちゃんこそが黒幕で、涼子ちゃんやシンジは使い捨ての駒にされたのよ」

 目から鱗が落ちたようだった。私情を捨て、客観的に見ればそう考えるのが普通だ。

「で、でも、あの奈緒子ちゃんがなんでそんなことを?」

「理由はわからないけど、奈緒子ちゃんは涼子ちゃんを憎んでいるとしか思えないわ。そのへんの理由は、あたしよりさくらのほうがわかるんじゃないの?」

 奈緒子ちゃんが涼子を憎む理由? そんなものわかるはずがなかった。少なくともさくらの目には、ふたりは仲の良い姉妹にしか見えなかった。

「つまり……どういうことなの?」

「だって奈緒子ちゃんの目的はお金のためっていうより、涼子ちゃんを困らせるために見えるわ」

 いわれてみれば、そんな気もする。

 理由はわからないけど、たしかに憎しみが感じられる。

「だから警察が包囲してる中、銀行に突っ込ませたっていうの?」

「そう。強盗計画を潰して、さらに木更津殺しの濡れ衣を着せる。涼子ちゃんを破滅に追いやるつもりだったんじゃないかな。まあ、ただの想像だけど」

 でも良く考えたらおかしい。涼子は脅されて強盗に協力したにしろ、コングは? コングこそが奈緒子ちゃんと組んだ黒幕じゃないのか?

「だけどどうしてコングもいっしょに突っ込んだの? コングは奈緒子ちゃんの相棒じゃないの?」

「コングもシンジ同様、ただの使い捨ての駒だわ」

「じゃあ、ぜんぶ奈緒子ちゃんひとりの計画なの?」

「奈緒子ちゃんの相棒はべつにいるわ。コングたちは奈緒子ちゃんの相棒に返せない借金があるか、弱みを握られた捨て駒に過ぎないのよ。ニュースで闇金に借金があったっていっていたから、そいつはその闇金と関係があったんだと思うわ。とにかく命令に逆らうことのできないコングは涼子ちゃんといっしょに、捨て打ちされたわけね」

「そ、そうなの?」

「シンジは最初からスパイとして送り込まれたんだと思うわ。強盗計画の細かい内容を奈緒子ちゃんに教えたのは、たぶんシンジね。涼子ちゃんは、あたしたちにはいってなかったけど、おそらくシンジと連絡を取ってたんだわ。そして金を返してほしくて、強盗まで計画してることまで話したんじゃないのかな」

 涼子が彼氏と思い込んでいた男はスパイだった? ちなみにコングは捨て駒?

「じゃ、じゃあ、奈緒子ちゃんといっしょにこの計画の絵を描いたのは?」

「もちろん木更津だわ」

「え。……ええええええ? 木更津って、あの殺された?」

 あまりに意外だった。そんなこと考えもしなかった。

「なんでそんなに驚くのよ? あいつが悪党だってことは銀行員の証言でわかってたでしょ?」

「じゃあ、涼子のマンションに行って、奈緒子ちゃんを誘拐したっていった男は」

「もちろん木更津よ」

「だけど木更津の目的はなに? たんに奈緒子ちゃんに協力しただけ?」

「木更津の目的は単純に金よ。たぶん木更津は必要に迫られて、どうにかして銀行の金庫から三千万盗み取ったのよ。それをなんとしても、見つかる前にごまかしたかったんだわ。そこに奈緒子ちゃんが狂言誘拐を持ちかけてきた。涼子ちゃんに親の遺産から三千万出させて、こっそり補填させようと思ったんでしょうね。ところがその結果とんでもないことになってきたわけ。よりによって涼子ちゃんは自分のいる銀行から三千万を奪う気らしい。その情報を事前に手に入れた木更津はべつのことを企んだのよ。つまり……」

「つまり?」

「あたしたちが強盗して三千万を奪うと、煙幕が掛かっている間に、さくらにいったん渡した金を取り戻して金庫に戻す。そうすればその三千万は強盗が盗んだことになるでしょ。あたしたちは金を横取りされても煙とともに逃げるしかない。逃げれる時間は限られているんだから」

「じゃ、じゃあ、コングたちを突っ込ませたのは……?」

「あたしたちから金を横取りする隙を作るのに、そうした方がいいって思ったんでしょうね」

 いわれてみると、涼子たちが突入しなければ、おそらくあたしたちは、さっさと逃走していただろう。もし、木更津があの煙幕のパニックの間に、あたしたちから金を奪い返そうとすれば、なにかで足止めする必要がある。それが二組目の強盗の突入だったのか?

 さくらはそう納得するしかなかった。

 なんの証拠もない、つばめの想像に過ぎないのだけど、説得力があった。

「そうとでも考えないと、木更津があたしたちの計画をわざわざ邪魔するはずがないわ。それにテレビでいってたでしょ? 銀行では奪われたのとはべつに、三千万が紛失してたって。それがなによりの証拠だわ」

 そうだ。たしかにそんなことをいっていた。関係ないと思って忘れていた。

「じゃあ、涼子の鞄と取り違えた三千万は?」

「きっと上の方だけ本物だったんじゃないの? もちろん、涼子ちゃんが外出中に持ち出したのは奈緒子ちゃんよ」

 そ、そうだったのか?

「ここまではいい? ここまでが事件の背景だわ。これがわかっていないと、あのときいったいなにが起こったのかまるで理解できないわ」

 そうだ。まだあのときいったいなにが起こったのかの説明を聞いていない。かんじんの密室殺人はどうして起こったんだ?

「ではあのときいったいなにが起こったのか?」

 そういうと、つばめのめがねがきらーんと光った。

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