第四章 スーパーお嬢様女子大生対スーパーおたく女子高生 6
『あっ、たった今、狙撃隊がガラス越しに犯人を狙撃しました』
マンガ喫茶「サボール」の個室で、正彦は実況中継をおこなっているテレビに必死でかじりついていた。
『そして警官隊が突入。一時間で解決すると宣言した熊野警部、ほんとうに一時間で決めました』
レポーターの早川が興奮を隠すことなく語っている。
そんなことはどうでもいいよ。
それより姉ちゃんたちは無事なのか?
涼子からとりあえずさくらたちは無事らしいという連絡を受けて以来、銃声はなかったらしいが、気になってしょうがない。それにしばらく前から涼子のスマホに掛けてもずっと話し中で繋がらないのだ。まったく状況がわからない。
『熊野警部、突入は成功したんですか?』
早川はポロシャツ姿のごつい警部にマイクを突きつける。
『突入による人質に被害はない。今、中から連絡が入った。犯人は銃弾を受けたが命に別状はなさそうだ。逮捕してこのまま警察病院に運ぶ』
そうコメントしたあと、若い刑事を引き連れて、みずからも現場に突入していった。
『人質は無事のようです。そして警部自ら中に入っていきました。突撃レポーターの早川亜紀子としては、このまま指を咥えて見ているわけにはいきません。あたしも突っ込みませていただきます』
そういうと、銀行に向かって走り出し、カメラがそのあとを追った。
とにかく姉ちゃんもつばめさんも無事だ。
正彦は肩の力が抜けた。しかもご丁寧にこのレポーターは中の様子を実況中継してくれるらしい。
カメラは銀行の中に潜り込んだ。常識では考えられない行動だ。
中には人質たちが後ろ手に縛られたまま、唖然としている。みな無事のようで、さくらとつばめも元気そうに見える。床に倒れているのは皮ジャン姿でゴムのマスクを被った三人の強盗たちだけだった。
三人とも血を流しながらもうごめいている。生きているらしい。
『よし、こいつらを乗せてやれ』
警部の命令で三人の強盗は担架に乗せられた。
『おっと、病院に連れてく前に、そのマスクを剥いでやれ』
カメラは制止しようとする警官の合間を縫って、犯人映像をとらえる。
まずキングコングのマスクが剥がされた。凶悪そうな厳つい顔が現われる。
つづいてゴジラのマスク。金髪の二枚目ふうの男だった。
そしてガメラのマスク。
「ええええ?」
正彦は知らないうちに叫んでいた。
嘘だ。そんな馬鹿なことがあるもんか。あり得ない。
そう思うのも無理はない。マスクの強盗たちが入ったあとも、正彦は涼子とスマホで話をしていたのだから。
涼子がマスクの強盗の一味のわけがないのだ。
なんで? なんでだ?
正彦は必死で答えを探そうとしたが、まるでわからなかった。
涼子は銀行内で自分と話していたのか?
そんな馬鹿げたことは考えられなかった。そんなことをすれば自分の正体がすぐにばれるからだ。
じゃあ、自分が話していたのはいったい誰だ?
論理的に考えて、それは涼子ではあり得なかった。
しかしどう考えても、涼子だったとしか思えない。
あの声。しゃべり方。そうかんたんにまねできるものではない。
正彦は完全にパニックになっていた。
とにかく現場にいってみよう。ここにいたってしょうがない。
その前に、もう一度だけ涼子のスマホに電話してみようと思った。また話し中かもしれないが、ひょっとしたら繋がるかもしれない。
リダイヤルボタンを押す。
『はい』
意外にも相手は出た。それも涼子の声で。
「誰だおまえは?」
電話は切れる。
正彦は喫茶「サボール」を飛び出した。そしてすぐ裏にある四つ葉銀行に向かった。
いるはずだ。彼女がそこに。
銀行前の通りはほとんどお祭り状態だった。出店こそ出ていないものの、人があふれ、テレビ局のカメラが銀行前にひしめき合っている。
「なんなんだ、こりゃ?」
どうやら取材班と、テレビを見た野次馬が集まっているらしい。
くそ、どこだ?
正彦は彼女を探した。たぶんまだどこかにいるはずだ。
「たこ焼やでぇ。食わな損やでぇ。おいしいおいしいたこ焼やでぇ」
隣のたこ焼屋は、これぞ商売のチャンスとばかりに売りまくっている。じっさい、かなりの数の野次馬が「うまい、うまい」といいながら、頬張っている。その野次馬の中にはまぎれ込んでいない。
探せ。あきらめるな。
そしてあきらめかけたとき、ばったりと顔を合わせた。
長い髪、大人びた顔、そして黒いワンピースに白いジャケットを羽織った姿。つい数時間前に見た涼子と同じ格好だ。
「なんで?」
正彦はいわずにいられない。
「なんでなんだよ?」
「ごめんね、しょうがなかったのよ」
「みんな君のことを心配して……、だからこんなことをやったんだ」
「知ってる」
「説明してくれよ」
「もうわかってるんじゃないの?」
「わからないよ。だから聞いてるんだ」
そう、わからない。まるでわからない。いったいなぜこんなことになったんだ?
彼女はここにいてはいけない。いるはずがない。
それにこの服装をしていてはいけない。
涼子のスマホを持っていてはいけない。
「さよなら」
彼女はそういうと、ひるがえって駆け出した。
「待てよ」
「ごめん」
一度だけ振り向くと、そういった。そしてふたたび駆け出した。
正彦は追おうとした。しかし人込みの壁に阻まれ、押され、跳ね飛ばされ、地べたに這いつくばる。
ごめん? なんで謝るんだよ?
もう小さくなった後ろ姿に、正彦はもう一度だけ叫んだ。
「待てよ、奈緒子ちゃん」




