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第四章 スーパーお嬢様女子大生対スーパーおたく女子高生 3

「おめえは、いったい誰が犯人だっていうんだ?」

 コングはもう半分どうでも良くなってきたのか、投げやりな態度でいう。

「ふふん、信じてないわね。まあ無理もないわ。これだけでたらめな推理が飛び交ったんですもの。でも、今度はだいじょうぶ。任せなさい」

 つばめは相変わらず自信満々だ。さっきあれだけ恥をかいたのにと思ってしまうのは、さくらだけではないだろう。

「お馬鹿な推理でしたら、思いっきり笑って差し上げますわ」

 美由紀お嬢様は早くも敵意剥き出しだ。もっとも二度も死ぬほど笑われたわけだからしかたがない。さくらはプライドを傷つけられたお嬢様に少しだけ同情した。

「たしかにこの事件は難しいわ。事件は窓すらないトイレの中で起こった。犯人はドアから出たとしか思えないのに、古くて硬い鍵や監視カメラの映像がそれを否定している。つまり二重の密室なのよ。じゃあ、犯人は透明人間なのか? もちろん、そんなはずはないわ。あたしたちはなにかを見落としていたのよ」

「前置きはいいから早く本題に入れ」

 つばめのもったいぶったいい方に、コングは苛ついたようだ。

「密室殺人の可能性は、分類していけばそういくつもないわ。まず一見殺人に見えるけど、事故や自殺である場合。今回はこれは除外していいと思うわ。でしょ?」

「まあ、そうだな。自殺でわざわざあんな馬鹿げた死に方するわけがないし、どんな奇跡が起こっても事故であんな状態になるはずがない」

 コングも同意する。

「肩の関節は明らかに何者かが関節技かなにかで外したものでしょう。偶然どうにかなるようなものではありません」

 高木医師が補足する。

「それじゃあ第二に考えられるのは、犯人が現場に入らずに、どうにかして外から殺人をおこなった場合。これも無理があるわ。銃などの飛び道具を使ったわけじゃないしね。あの殺し方から考えて、犯人は中にいなければならなかった。でしょ?」

「あたりまえですわ、外からは手が通るような小さな穴さえないのですから。中に入らない限り、肩を外したり溺れさせたりはぜったいにできませんわ」

 お嬢様も肯く。

「第三に、犯人が人間でない場合。これは人間には通過不可能なルートでも、動物なら可能な場合があるってこと。例えば蛇なら小さな穴を通れるし、サルなら足場のない、高いところからでも侵入できる」

 そういえばそういう小説もあったな。ふる~いのが。

 さくらがそんなことを考えていると、素っ頓狂な声を出すものがいた。

「も、もしかして」

 三宅だった。顔にはとんでもないことを思いついてしまったという驚きがありありと浮かんでいる。

「な、なんだ。なんか思いついたのか、おめえ?」

 コングが叫んだ。

「犯人は蛇? 木更津さんに巻きついて、肩を外したあと、首に巻きついて便器に引き摺り込んだとか。そしてそのまま配水管を通って逃げたんじゃ?」

 そんなわけないだろ! 誰もがそう思ったはずだが、つっこまない。

 コングもこんなぼけ娘に期待して聞いたのが間違いだという顔でだまりこんだ。

「第四に……」

 つばめも無視して進める。

「なにか機械的な装置を使った場合。例えば時限装置やリモコンを使って発射される弾丸、落ちてくる鈍器、飛び出すナイフ。でも肩を外して顔を便器に突っ込む装置は考えつきそうにないわ」

「も、もしかして、ロボット?」

 大ぼけをかますのはもちろん三宅だ。いままでパニクったり、おどおどしたりのイメージが強かったが、状況に慣れ、素が出てきたのか、やたらと元気だ。

 だが誰もつっこまない。

「第五に、催眠術のようなものを使う。でもこれも無理。催眠術じゃ自殺はしないし、肩だって外せない。薬品を使って半狂乱にさせるとかも意味なし。もちろん超自然的なものは無視よ」

「ビ、ビデオの呪い? それとも自縛霊の住み着いた呪いの家に行ったとか?」

 つっこまない。

「第六になにか機械的な操作で、外に出たあと、外部から鍵を掛ける。これが最も可能性が高いけど、今のところ適当な答えが見つからないわ。それに監視カメラの問題もある」

「おう、あの鍵をあとから取り替えた様子もねえしな」

 大田黒がいかにも建築現場の人間らしい意見をいう。

「第七に、犯人が逃走したあと、まだ息があった被害者が死ぬ間際に自分で鍵を掛けた。例えば犯人が戻ってくるのを恐れたとかいう場合よ」

「それは無理でしょう。被害者は溺れ死んだんです。自分で鍵を掛ける余裕があれば死んでいません。そもそも両肩が外れているんですよ」

 高木医師が冷静に反論した。

「もう、出つくしたようですわ。けっきょく、わからないってことでしょう?」

 美由紀お嬢様が明らかに敵意を込めていった。

「慌てないで、これからが本題よ」

 つばめは少しも焦りを見せない。

「第八に、死体が発見されたと思われるときに、被害者はまだ死んでいなかった」

「な、なにぃ?」

 コングが思わず叫んだ。

「そりゃどういう意味だ?」

「だから、ゴジラさんが拳銃でドアを破ったとき、木更津さんは、じつはまだ生きていたってことよ」

「つまりおめえ、……俺が殺したっていいたいのか?」

 ゴジラが叫ぶ。

 たしかに第一発見者はゴジラひとり。そのとき、まわりには誰もいない。殺すチャンスはあった。だけど……。

「無理だ。こいつが鍵を開けたあと、俺が見に行くまでせいぜい十数秒しかなかったはずだ。そんな時間であんなことができるはずもねえ」

 コングが弁護する。

 じっさい、その通りだ。第一発見者が瞬時に被害者の喉を掻き切ったというふる~い小説があったけど、状況が違う。あんな複雑な殺しをするには時間がなさ過ぎる。

「あるいはドアを開けたとき、木更津さんは死んだふりをしていた」

「な、なんだって?」

 聞き返したのはコングだが、全員が耳を疑ったはずだ。

「だから木更津さんはお尻丸出しで、便器の水に顔を突っ込みながら死んだふりをしてたっていったのよ」

「おめえは馬鹿か? そんなことをする馬鹿がこの世にいるとでもいうのか? けつ丸出しで、便所の水に顔を突っ込んで息を止めてる? そんなやつ絶対にいない。いるわけがない。そもそもその推理が正しいとしたら、あいつはまだ生きてるっていうのか?」

「そんなことはあり得ません。彼はまちがいなく死んでいました」

 コングに引き続き、遺体を調べた高木医師も反論した。

「そう、今はたしかに死んでいるかもしれないわ。だけど、高木先生が検死したときはまだ、生きていたとすれば?」

「だから死んでたっていってるでしょう。そんなことまちがいませんよ」

 高木医師はむきになって否定した。

「そ、そうか? エリートぶった顔をして、あんたが犯人だったのか?」

 高木に向かっていきなり叫んだのは、ずっとおとなしく話を聞いていた自称芸能スカウトの渋谷だ。

「つまり、この医者は死体を調べてると思わせておいて、死んだふりをしていた木更津に、こっそり毒針を刺すかどうかして殺したんだ。そういいたいんだろう、あんた?」

 渋谷はつばめに同意を求める。

 医者がグルで真犯人が死んだふり。たしかにそんな小説もあった。ミステリーの古典的名作だ。だけど死んだふりをしていたのが被害者で、死んだふりをしている間に、医者が殺す? たしかにめずらしいパターンかもしれない。だけど……。

「ば、馬鹿馬鹿しい。いったい私がなぜ彼を殺さなくちゃいけないんですか? そもそも彼はなぜ死んだふりをしていたんです。それもあんな格好で」

 高木は半分笑いながら反論した。

 至極とうぜんの疑問だ。高木が木更津を殺した動機はともかく、木更津があんな格好で息ごらえをしながら死んだふりをする動機などあるはずがない。

「お~ほっほほほほほ」

 お嬢様は目に涙を浮かべながら、死ぬほど笑った。

「なるほど。その推理ならば、たしかに密室の謎も、犯人がカメラに映らなかった謎も解けますわ。でも人間の心理を無視していますわ。この方のいう通り、木更津さんがそんなことをするわけがありません。まさしくミステリーだけを読んで生きてきたミステリー馬鹿にしか思いつかない空論。まともな常識を持っていればそんな考えは絶対に出てきませんわ。そんな考えに乗るのは恥知らずの痴漢くらいですわ」

 お嬢様は先ほど笑い者にされた恨みとばかりに、しつこく笑い続ける。もちろん自分に対して痴漢を働いたと信じている渋谷に対しても容赦はない。

「あたしもそう思います。木更津さんはわがままで常にかっこうつけていないと気がすまないような人でしたから、死んだふりだけならともかく、自分の意思で便器に顔を突っ込んだり、下半身丸出しにするなんて考えられません」

 大島もこの推理に反対した。

「それにあとで警察が調べれば死因など簡単にわかりますわ。毒殺と溺死をまちがうなんてことはありえません。つまりそんなでたらめな推理が通用するのは今この場だけ。ああ、残念ですわ。警察の検死に立ち会えれば、いかにこの子が場違いなピエロかはっきりとわかるのに」

 お嬢様はさらにとどめを刺そうとする。

 つばめは死ぬほどの屈辱を味わっているかと思えば、けろっとしていた。というよりも、むしろ薄ら笑いさえ浮かべている。さっきとは違う。

「やあねえ、高木さんが犯人だって断定したのは渋谷さんよ。あたしはただそういう可能性を潰しておきたかっただけ。あたしがほんとうにいいたかったのは、次の第九の……最後の可能性よ」

「そ、そりゃ、ないだろ?」

 渋谷の面子丸つぶれ。恨みがましい目でつばめを見る。キャバクラのライバル大田黒は、それを見て豪快にあざ笑った。

「まあ、馬鹿にするならこれを聞いてからにしてほしいわ」

「失敗を認めないつもりですの?」

 コングもお嬢様も呆れ顔だ。

「それでその第九の可能性とやらはいったいどういうやつなんだ?」

 つばめは不敵に笑う。

「第九の可能性とは、密室などはじめからなかった」

「はあぁ?」

 なかったってあんた、あったじゃないか?

「つまりどういうことだ?」

 コングも納得がいかないらしい。

「ゴジラさんが銃で鍵を壊してドアを開けたから、みんなドアに鍵が掛かっていたと思い込んでるけど、じつは鍵なんか最初から掛かってなかった」

「なんだとぉぉぉ?」

「つまり、ゴジラは鍵なんか掛かってなかったのに、掛かっていたふりをしたのよ」

 銀行員全員グル説や、木更津死んだふり説に劣らない衝撃が走った。

「なんで?」

 複数の声が重なった。

「だから俺は犯人じゃないって。俺には殺す暇なんかなかっただろうが」

 ゴジラがせかせか体を動かしながら訴える。つばめはまっすぐにゴジラを見すえた。

「そう。じっさいに殺した犯人は別にいる。あなたがトイレに行ったときには、木更津さんはあのとおりに死んでいた。ただ、鍵は掛かっていなかった。だけどあなたは掛かっているふりをしたのよ」

「だからなんでだ?」

 コングが叫ぶ。

「もちろんゴジラが木更津殺しの犯人の片割れだってこと。そして密室にしたのは事故死を演出するため」

「事故死を演出ですって? じゃあ、どうしてあんな殺し方をしたというのです?」

 お嬢様が口をはさむ。

「予定では、実行犯はもっと事故死に見えるやり方で殺すはずだったのよ。例えば滑って転んで、そのまま便器に顔を突っ込んで死んだかのように見せるとかね。だけど木更津さんの思わぬ抵抗にあい、必死になったあげく、両肩を外してしまった。そんなことを知らなかったゴジラは当初の予定通り、銃で鍵を撃ち抜き密室に見せかける。その結果、こんな不可解な事件になってしまったんだわ」

「嘘だ。このガキ、俺を嵌めようとしている。でたらめだ」

 ゴジラが叫ぶ。

「おい、じゃあ、その実行犯ていうのは誰なんだ?」

 ゴジラの訴えを無視し、コングはつばめに詰め寄った。

 誰だ? さくらは自分なりに考える。今の推理が正しいなら、実行犯はカメラに映っていたはずだ。

 お嬢様の彼氏、川口勝。

 鍵に細工する時間はなかったが、殺すだけはできたかもしれない。そしてノックして返事があったというのは嘘だ。そう考えればすべて納得がいく。

 彼以外に考えられない。

 だが、つばめが指摘した犯人はそんな当たり前の人物ではなかった。それどころか最も意外な人物だった。誰も疑わず、トイレに一度たりとも近づかなかった人物。そもそも殺人が起きたときにはこの場にいなかったはずの人物。

「犯人はあなただわ、ガメラさん」

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