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第三章 名探偵が多すぎる、怪しいやつも多すぎる 5

『うるせい。こっちは今それどころじゃねえんだ!』

 受話器をたたきつける音が耳に響く。

「くそ」

 あの野郎、自分の立場をまるでわかっていない。

 こちらは銀行を完全に包囲している。やつに残された道は人質を盾にして、脱出用の車かヘリコプターでも要求するしかないはずだ。そしてそんなことがいまだかつて成功した試しはない。

「ポチ、あの野郎はなんであんなに強気なんだ?」

 熊野はいらだちを星にぶつけた。

「さあ、俺にそんなむずかしいことを聞かないでくださいよ、警部」

 こんなやつに聞いたのが間違いだった。熊野はすぐに後悔する。

「しかし変だ?」

 熊野は今さらながら、強盗の行動に不信感を持つ。

 あいつらはなぜ、先発隊が騒ぎを起こし、警察が包囲したころを見計らって第二隊が突っ込んだんだ? しかも警察が見ている中、地下鉄の出口から出てきて?

 しかもその直後に煙幕が店内に充満する。

「あの煙幕はなんだったんだ? 常識で考えたら変だろ?」

「さあ? だから、俺なんかにはわかんないっすよ」

 ポチに聞いたわけじゃない。考えが口に出ただけだ。

 そもそも犯人は、どうやって脱出するつもりだったんだ? 逃走用の車も用意していない。

 もし俺だったら……。

「もし俺が犯人だったら、あの煙に紛れて地下鉄に飛び乗る」

「な、なんすか、警部。なにか思いついたんすか?」

 熊野がいきなりでかい声で叫んだので、星は仰天したらしい。

「そうだ。俺なら脱出のためにあの煙を利用する。おそらく犯人たちもそう考えたはずだ。それなのにどうして別働隊が突っ込む? 逆だろうが」

 そのとき、熊野の頭に電光のようにひとつの考えが浮かんだ。

 まさか? まさかそんなことが起こるはずがない。

 とうぜんそう思った。しかしそのあり得そうにないことが謎を解明してくれるただひとつの答えのような気がした。

「銀行強盗は二組いる!」

「な、なにをいってるんすか、警部。そんなことあるわけないじゃないすか」

「いや、それしか考えられん。いいか? 最初の通報では、犯人は少年ということだった。拳銃だって使ってない。犯人はあらかじめ煙幕の発生する装置を仕込んでおいて、その煙に紛れて地下鉄に飛び乗るつもりだったんだ。そうとしか思えん。それじゃあ、なぜ、煙幕が発生する直前に、べつの三人組が突っ込んで来たか? そいつらは知らなかったんだ。最初の強盗とあとから来た強盗はまったく無関係なんだよ。お互いのことをなにも知らない。偶然バッティングしたんだ。旅行会社のミスでホテルがダブルブッキングしたようにな」

「そんな馬鹿な?」

 たしかに馬鹿げた考えだ。しかし熊野はそれが真実だと直感した。そうなると木更津を殺したのは最初の強盗犯という可能性も出てくる。

「ほ、ほんとですか、それ?」

 そう聞いてきたのは、涼子とかいう大人びた美少女だ。

「あ、ああ、君の友達はよほど運が悪かったらしい」

 彼女は真っ青になった。よほど友達のことが心配らしい。

「警部、今の話ほんとですか?」

 もうひとり、聞いてきた女がいた。レポーターの早川だ。顔全体から好奇心を溢れさせ、食いついてくる。

「なんだおまえか、今のはオフレコだ。あっちいけ、しっし」

 ポチはこのレポーターと相性が悪いらしい。取りつく島もなく追い払おうとする。

「ふんだ。でも聞いちゃったもんね。今の警部の話は筋が通ってるわ。警部ったらまるで名探偵みたい」

 嬉しいこといってくれるぜこの女。もっといってくれ。

「スクープ、スクープ」

 しかし早川は熊野の思いをよそに、そう叫びながら走り去った。

「あちゃあ、まずいっすよ、警部。放送させないように俺が……」

「かまわん。やらせろ。放送したければすればいいさ」

「え? いいんすか?」

「陽動作戦よ。犯人だってたぶん中でテレビのニュースを見てるだろう? 動揺させて隙を作るんだ」

 そうだ、たんなる思いつきだが悪くない。ひょっとして二組目の強盗は、最初の強盗のことを知らないのかもしれんのだ。教えてやれば必ず動揺する。そのときこそが突入のチャンスだ。

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