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第三章 名探偵が多すぎる、怪しいやつも多すぎる 3

 熊野は少し焦りだした。

 電話を入れて要求を聞こうとすれば、今それどころじゃないと逆切れする。

 それどころじゃないってどういう意味だ? ありえんだろ?

 包囲された強盗なら、どうやって逃げるかしか頭にないはずだ。この俺が個人的な恨みを忘れて、要求を聞いてやろうとしてやったというのに。

 強盗団のリーダーがなにを考えているのかまるでわからない。

 それほど強盗事件を担当しているわけでもないが、さまざまパターンがある殺人犯とちがって、追いこまれた強盗の考えなんてそうそうあるはずがないのに。

 こんな経験ははじめてだ。

「やつらどうするつもりっすかねぇ?」

 星は気楽にいう。

 この野郎、俺の立場も知らないで、なんて気楽なんだ。俺は失敗すれば離島勤務だ。しかもひとり人質が殺されたのはおそらく間違いない。つまり、俺の将来はすでに真っ暗だ。それなのにこの男は。

「いやあ、課長が『誰もいないから、とりあえずおまえ行け。上が行くまでおまえが指揮をとれ』っていったときには、ほんとどうしようかと思いましたよ」

 そのまま、おまえがずうう~っと指揮をとってりゃ良かったんだ。

 熊野は心の中で毒づく。

「しかも現場に着くと、『当面、誰もいけないからおまえが責任者だ』なんて連絡してくるから、すかさず『熊野警部を呼びましょう。どうせ暇をもてあましてますよ。なんなら私が電話して呼びます。五分できますよ』って提案したんすけどね。ほんとに五分でくるんだものな、あははははは。警部、せっかくの休みなのに暇すぎますよ」

 殺す。いつかこいつ殺す。

 こいつのせいで香ちゃんには振られ、休暇は台なしになり、左遷が決まりだ。

「だから警部、遠慮しないで指揮とってください。警部の命令ならなんだってやりますよ、俺は」

 じゃあ死んでくれ。

 そういいたいのをやっとの思いで飲み込んだ。だが、じっさいのところどうする? 相変わらず犯人は狙撃する隙を見せないし、突入する場所もない。

「警部さ~ん」

 そんなことを考えていると、黄色い声を上げて若い女が近づいて来た。それも馬鹿でかいテレビカメラをかついだカメラマンを従えてだ。

「あのぅ、あたしワイドショーレポーターの早川亜紀子です。警部さんがこの事件の最高責任者なんですよね?」

 早川は可愛らしい童顔に好奇心いっぱいの笑顔を浮かべ、マイクを突きつける。

「そ、そうだが」

「きゃああああ。警部、照れてます。それにこの服装、なんか可愛いぃ」

 お、おめえこそ、可愛いじゃねえか。熊野はその言葉を飲み込んだ。

「あのポルシェ、警部のだってほんとうですかぁ?」

 どこから聞きつけたのか、そんなことまで聞き出す。

「ま、まあな」

「かっこいいいぃぃ。ぜひ今度乗せてくださいねっ」

「い、いいぜ」

「なにいってんすか、警部。今それどころじゃないでしょう?」

 ポチのやろうが口を挟んできやがった。

「おい、警部は今忙しいんだ。邪魔すんじゃねえ。マスコミはまだ立ち入り禁止だ。しっしっ」

「ひっど~い。なにこの人?」

 この若造は学生時代から女にキャーキャーいわれていたせいで、女に対する口の利き方を知らない。

「ふんだ。あんたみたいなちゃらちゃらした若造より、こっちの警部の方がたくましくて可愛いんだから」

 そういって、早川は熊の腕に手を回した。

 積極的じゃねえか! 熊野は舞い上がる。

「警部、なにでれでれしてんですか? そんなことだから、女子高生に手を出したあげくに恐喝されるんすよ」

 テレビカメラに向かってなんてこといいだすんだ、この馬鹿は?

 反射的に鉄拳をポチの頭に叩き下ろす。もちろん手加減なんかしねえ。

 ポチは頭をかかえてうずくまっているが、知ったことか。

「つまらねえ、ジョークをいってんじゃねえぞ。本気にするだろうが、知らない人が聞いたらよ」

 まったくこの男は、島流しだけじゃ物足りなくて、俺をクビにしたいのか?

 この発言で、早川がちょっと引いたように気がする。

「と、ところでさっきの銃声は? 誰か犠牲になったんですか?」

 いきなり真面目な顔になり、事務的な質問をしてきた。しかももっとも突かれたくない急所を的確に突いてくる。

「まだくわしいことは、なにもわかりません」

 そういうしかなかった。人質が死んだなどといえば野次馬たちだけでなく、課長が騒ぎだす。

「解決のめどは?」

 これまた厳しい質問だ。

「一時間だな」

「えっ?」

「一時間以内にすべて解決してみせる。この熊野に不可能はない」

 なぜこんなことをいったのか自分でもよくわからない。もしかするとポチの失言から名誉を回復したかったのかもしれない。あるいは無意識の内に自分を追いこんで最高の力を発揮させようとしたのか? とにかく、なんの当てもないまま、発作的にそう口走ってしまった。

「みなさん、聞きましたか? 熊野警部は、宣言しました。一時間以内に事件を解決してみせると。さすが警視庁切っての名警部、熊野警部です」

 早川はカメラに向かって、今の発言をほめたたえた。

「ありがとうございます。いいコメントいただいて」

 早川は最後にとびっきりの笑顔でそういうと、「スクープ、スクープ」と叫び、走り去っていった。

「警部ぅ」

 ポチが呆れたようにいう。なにか当てでもあるんですかといいたいのだろう。

「あのぅ」

 後ろから声を掛けてきた女がいた。さらさらの長い黒髪をし、黒いワンピースに白いジャケットを羽織った美女。彼女も早川同様、立ち入り禁止措置を突破して入ってきたらしい。

 熊野はこの女が一見大人びて見えるが、おそらく十五、六歳、最大でも十八を超えることはないだろうと見当をつけた。そういうことはほとんど外したことがない。ロリータアンテナがついている。

「ほんとうに一時間で解決してくれるんですか?」

「君は?」

「飛原といいます。今あの中に友達がいるんです」

「なんだって?」

 たしかに彼女は顔に心配そうな表情を浮かべている。

「それで、なにかわかることでもあるのか?」

「いえ、スマホも通じませんし……。たぶん犯人に取られたんだと思います」

 たしかにひとり一台携帯電話を持つ時代だ。中の情報を漏らさないためにも、犯人は携帯を取り上げるだろう。

「あ、あの、さっき誰かが撃たれたんですか? ひょっとしてあたしの友達が……」

「友達って女子高生か?」

「はい、ふたりいます」

「はっきりはわからないが、女子高生が撃たれたという情報は入っていない。撃たれたとしたらべつの人間だ」

 そう、撃たれたとすれば木更津とかいう銀行員だ。女子高生じゃない。そしてその後、新たな銃声はおきていない。

 熊野も女子高生が殺されるなどといった事態はなんとしても避けたい。

「そうですか、ありがとうございます」

 飛原と名乗った女は頭を下げると、すこし離れてからスマホを掛けた。熊野は何気ないふりをして聞き耳を立てる。

「あ、正彦? 涼子だ。警察に確認したら、今のところ、さくらとつばめは無事らしいよ。そっちはなにか新しい情報入ったか? ……なにもない? わかった。なにかわかったらまた電話する」

 彼女はせいいっぱい強がっているのか、男のような口振りで誰かにそう伝えると、電話を切った。

 きりっとした顔つきが、途端に憂いを秘める。それを見て、熊野は思った。

 可憐だ。

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