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第三章 名探偵が多すぎる、怪しいやつも多すぎる 2

「そもそも、あの木更津とかって男はどんなやつなんだ? 誰かそいつを殺す動機があるのか?」

 コングは、窓際に並んで地べたに座り込んでいる銀行員たちに向かっていった。

 さくらはちょっと意外に思った。どうやらコングはただの粗暴な男ではないらしい。動機を追及しだした。そしてそれには同じ銀行員に聞くのが手っ取り早い。

 ゴジラは体を揺すり、せかせかと歩き回りながらも、人質たちにちらちらと目を配った。一方、ガメラは例によって、人形のように一切の感情を表に出さず、沈黙を守ったまま、ひとり銃を構えてブラインドを少しめくり、窓から外を観察していた。

 そういうことはこのふたりに任せて、コングは探偵役に徹するつもりらしい。

「おい、おまえ、ずいぶんやつに敵意を持っていたみたいだな」

 コングがはじめにに問いかけたのは大島だった。彼女はついさっき、木更津はひとりだけ逃げ隠れしているに違いないと、敵意を持った発言をしていたために真っ先に疑われたらしい。

「いったいおまえとあいつの間になにがあったんだ? 殺したいほど怨んでたんじゃないのか?」

「あ、あの男は最低の男です」

 気丈な大島はコングの恫喝にもめげず、はっきりという。

「銀行員の癖に、やくざめいた男ともつき合いがあったみたいです。職務時間以外はなにやってるかわかりません。暴力ざたにも関わってるかも。一週間くらい前には顔に痣作ってましたし」

「ほう? それから?」

 コングが興味深そうにうながした。

「勤務時間だって、女子社員にちょっかいをいつも出そうとしてました。あたしたちにセクハラもしょっちゅうしてましたし。……支店長にいってもなにもしてくれませんでしたけど」

「な、なにをいうんだ大島くん? そんなことはないだろう」

 支店長がすっとんきょうな声を上げる。

「だってそうじゃないですか? あの男が痴漢まがいのことをしたと訴えても、我慢しろって……」

「馬鹿、知らない人が聞いたら本気にするじゃないか?」

 おそらく大島さんの方が正しいのだろうと、さくらは思った。それほど支店長は動揺している。

「ふん、つまり木更津とやらはどうしようもない不良社員で、女子社員にやりたい放題だったわけだな? そうなのか?」

 コングは次に三宅に目を向けた。

 大島と違い、この中でもっとも動揺しているのではないかと思えた三宅だが、まるで木更津になにかされてないと女の魅力で負けるかのように、目を潤ませながら激しく主張する。

「あ、あたしは大島さんに負けないくらいひどいことをされたんです。あの男、帰り道をつけて来て、事もあろうにあたしをレイプしようとしたんです。あたしあそこを思い切り蹴って、逃げて来たんです」

 おいおい作ってないか、それ? 

 さくらは疑いの眼差しで見た。

 まるで「あたしこそが一番魅力的なの、だから一番ひどい目にあったの」と主張したいだけなのではという気がする。

 それを聞いて燃えたのが、おそらく三十なかばを過ぎていて、大人の色気というよりおばさん臭さを身につけた小笠原だった。

「まあ、あなたたち大変だったのね。だけど酷いことをされったっていうならわたしだってまけていないのよ。わたしは結婚を申し込まれたのよ。それで断ったら今度は殺すって脅すの。わかる? わたしは殺すって脅されてたのよ」

「ぜってえ、作ってんだろ、おまえ?」

 コングが叫ぶ。

「し、失礼な。わたしに女の魅力がないとでもいうの?」

 ヒステリックに叫ぶが、受付のふたりはもとより、支店長すら呆れた顔で見ていた。

 みんなひどいことされた自慢をしているが、そのことが「わたしは犯人にふさわしい動機を持っている」といっていることに気づいていないらしい。

「つまりおまえたち女子社員には殺しの動機があるってことだ」

 舞い上がる女子行員たちと違い、コングは冷静だ。

「で、でも、あたしたちがそんな目に合ってるのに、なにもしてくれなかった支店長も変です。きっとなにか弱みを握られてたんだと思います」

 衝撃発言は大島だ。まるで日頃の鬱憤を晴らすかのように、支店長をきっとにらみつけると、普段はとてもいえないような心情を暴露する。

「お、大島くん、君はいったいなにをいいだすんだ?」

 支店長は大声で叱責するが、動揺が丸見えだ。なにしろ銀行での立場が悪くなるだけでなく、殺人の動機があると取られるからなおさらなんだろう。

「だって支店長、あいつをクビにするどころか、みょうに特別扱いしてるし、絶対変です。ふつうじゃありません」

「あ、……あたしもそう思いますぅ」

 三宅も大口開けて、大島を応援する。

「あなたたち馬鹿なことをいわないの。支店長に向かってなんて失礼な」

 小笠原がたしなめても、大島は怯まない。

「支店長、小笠原さんと不倫してるんでしょう? それをネタに強請られてたんじゃないんですか?」

「な、な、なにをいうの? この小娘がぁああ!」

「き、君はいつもそうやって人のプライベートを詮索してだなぁ」

 修羅場と化した。なかなか人間関係がこじれた職場らしい。さくらはこんな銀行にだけは就職しまいと思った。

「やかましい」

 コングが怒鳴り散らす。

「つまり、おまえたち銀行員には全員に動機があったってことだな?」

 一瞬静まり返った。

「つまり、木更津殺しの犯人は、おまえたち銀行員の中にいる」

 コングは彼らを指差し、啖呵を切った。けっこう探偵ごっこを楽しんでないか、こいつ? まるでミステリーの終盤の名探偵のようなふるまいだ。

「おうおうおうおう、そいつぁあ、どうかなぁ?」

 大声を張り上げ、ずいと一歩前に踏み出しつつ、まるでミステリーに出てくる間抜けな警部の間違った推理を正すかのように指摘をしたのは、作業着に地下足袋、日焼けした四角い顔に角刈り頭と見るからに大工な男。名前はええっと……たしか大田黒郷一郎だったっけ? さっきはあっさりとガメラに投げ飛ばされたくせに、やけにえらそうだ。

「俺は知ってるぜ、この中で他にも動機があるやつを」

 後ろ手に縛られながら、仁王立ちし不敵に笑う。

「だ、誰だそいつは?」

 コングすらその迫力に少しびびった。

「それは自称芸能プロの渋谷よ」

 じ、自称? さくらはこけそうになる。

「俺とこいつはなあ、キャバクラでよく顔を合わせるんだよ。同じ女をどっちが早く落とせるか競ったライバルだ。それだけじゃねえ、殺された木更津もそこの常連で、ライバルのひとりよ」

 大工は偉そうにいうが、いってることはちっとも威張れることじゃない。しかしそういうことなら、芸能スカウトの肩書きはますます怪しい。それで落ちる女がいるかもしれないからだ。

 いわれてみれば、あんなしょぼい男が芸能スカウトとは疑わしい。

「しかもこいつは数日前に木更津と女のことが原因でけんかになった。木更津に殴られやがったんだよ。その頬の痣がなによりの証拠だぁ」

 た、たしかによく見ると頬に痣が。

「ぐわっははははは。こいつはそのことを怨んで木更津を殺したに違いねえ。どうでえ、いいのがれできんのならしてみやがれ、こんちくしょうめ」

「違う、殴られたのは本当だが、殺してなんかいない」

 渋谷は必死に弁解する。偽者スカウトかもしれないと思うと、さくらはさっきのように弁護する気力がなくなった。

「おい、つまりおまえも木更津とは敵対関係にあったってことだな?」

 豪快に笑う大田黒にコングは詰め寄る。

「なにぃ? 馬鹿をいうな。俺はあんなやつ問題にしてなかったぜ。こんな渋谷みたいな野郎といっしょにするんじゃねえ」

「私だってそんなくだらないことで人を殺すもんか」

 渋谷はここぞとばかりにつっぱった。

「よく考えてみろ。そもそも私はこの自意識過剰女に両肩を外されたんだぞ。殺せるわけないじゃないか」

「お黙り、下郎が」

 美由紀がそれを受け、虫けらでも見下すように見ながら吐き捨てる。

「ふん、殺したあとに外されたんだろうが? そんなもんがアリバイになるとでも思ったんなら、おおまちがいだぞ、こんちくしょうめ」

 大田黒も、なにをいってるんだこの馬鹿、といった顔で罵倒する。

 だけど、じっさいのところどうなんだ?

 さくらは考える。

 木更津はいつ殺されたんだろう? 煙幕の前? 最中? あたしたちが銀行に入ったとき、木更津は自分の席に座っていたんだろうか? それともその時点でトイレにいたのか? 思い出せなかった。

「そもそも密室なんだろう? 私が殺したっていうならどうやって鍵を掛けたんだ? つまりやっぱり事故なんだよ」

 事故? そんなことがあり得るだろうか? 木更津は両肩を外されていた。片方だけならなにかにぶつけて外れたってこともあるかもしれないけど。

 少なくとも現場を見たさくらには、あれが事故や自殺とは思えない。拷問の末に殺されたように見える。

「密室、密室って、あんなの密室のうちに入らないわよ」

 いきなり投げやりな態度で口をはさんだのはつばめだった。密室と聞いて目を輝かせていたのが嘘のようだ。きっとあまりに簡単に解けてしまったのだろう。

「一瞬興奮したけど、鍵は横にスライドする差し込み型のレバーだもんね。細い糸をレバーのつまみに引っかけておいて、ドアを閉める。そうすれば外から糸を引っ張るだけでレバーは嵌まる。あとは糸を外せば密室の完成。ほんの数秒あればできちゃうわよ。だから内鍵が閉まってたからって、事故や自殺である必要はないわ」

 どうせならもっと複雑怪奇な密室を持ってこい、といわんばかりの態度だ。

「だから楽しみは犯人当てだけなの。だから続けて、罪のなすり合いを。それで必要な情報がそろうと思うわ」

「おめえ、ひょっとして探偵の真似事ができるのか?」

 コングが聞く。

「まかせといて。あなたたちが犯人でないなら心配する必要はないわ。あたしがきっちり解決してあげる。探偵の真似事じゃなくて、あたしは名探偵なの」

 つばめが調子こきはじめた。

「なんてったって、日本海外問わず、数千冊のミステリーを読破し、そのほとんどの真相を当てた経歴を持つんだから。あなたは必要なデータだけあたしに提供してくれればそれでいいの」

「お~ほっほっほっほ」

 つばめの思い上がりを打ち砕くかのようなけたたましい笑い声。美由紀スーパーお嬢様だ。きっと手さえ自由ならば、手を口に当て、天を見上げて笑ったに違いない。

「ミステリーを読み込んだから名探偵? 笑えますわ。こんなに笑ったのは久しぶり。わたくしはそんなくだらないもの読んだこともありませんけど、あなたよりも優秀な頭脳でこんな事件解決して差し上げますわ。ええ、ミステリーのようなものは一度たりとも読んだことなどありませんけど、そういう名探偵がいてもいいでしょう?」

 ほんとは大好きなんじゃないのか、ミステリー?

「あら、ほんとは隠れて読んでるんでしょ? あたしに負けないくらい。だって一見ゴージャスなその外見の下からあたしと同じ匂いがぷんぷんするわ」

 つばめもそのことを感じ取ったらしい。

「まああ、なんてことをいうの、この子は? わたくしが、あんな下品で下らなくて、人間が描けてなくて、パズルのように人が死ぬだけの小説を読むとでも? しかもあなたと同じ匂いですって? 馬鹿にするのもほどほどにしていただけません?」

 似てる。たしかに似てる。

 さくらは思った。外見や喋り方はまるで違うが、その本質は驚くほど似てるような気がする。つばめと美由紀はそっくりだ。それは直感に過ぎないが、絶対に外れていない気がする。

「わたくしがあなたのようなオタク少女と同類のわけないでしょう。何千冊もの本を読んでやっと推理の仕方を覚えた人といっしょにしないでいただきたいわ。わたくしはそんなものに頼らなくてもわかるんです。なぜなら天才ですから」

 この人、むきになればなるほどつばめに似てくるような気がする。

 とにかく似たものはぶつかり合う宿命だ。ふたりの火花の散らし合いに、みんなぽか~んとした顔で見ている。

「あのぅ、探偵さんの推理を覆して悪いんだけど」

 そういったのは大島だ。

「さっきの密室トリック、ちょっと無理があると思うわ」

「え、なんで?」

 つばめはまさかケチをつけられるとは思っていなかったようだ。

「あの鍵はすごく硬いのよ。バーが錆びた上に少し曲がっちゃって、手で引っ張ってもなかなか閉まらないくらいに。だから糸を引っかけたくらいじゃ閉まらないと思うわ。思い切り引っ張れば、きっと糸の方が切れちゃう。かといって、ピアノ線みたいなのを使えばドアに疵がつくと思うし」

 さっき見た限りではそんなピアノ線で擦ったような跡はなかった。

「そ、そうなの?」

 つばめは怒るかと思いきや、顔をぱあ~っと輝かせる。

「つまりそんな簡単なトリックじゃないってことね?」

「嬉しそうに笑ってるんじゃねえ。おまえほんとうに名探偵なのか?」

 コングが怒鳴る。しかしつばめはまったくひるまない。コングを無視し、お嬢様に宣言した。

「いい? 勝負よ。あたしとあんたのどっちが名探偵か? タイムリミットは救出されるまで。それまでにどちらが真相にたどり着けるか?」

「お~ほっほっほ。面白いわ。あなたのようなただのミステリーオタクがわたくしに勝てるかしら?」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい女の戦いがはじまった。互いに後ろ手に縛られた状態で立ち上がり、至近距離でにらみ合う。このふたりの自称天才女の意地の張り合いに、まわりの誰もが明らかに呆れていた。

「ふふ、ひらめきましたわ」

 おお、美由紀お嬢様、先制ポイントか?

「お~ほっほっほ、わかりましたわ、犯人も密室の謎も」

「嘘?」

 つばめは動揺を隠せない。

「犯人はあなたね、大島さん」

「はぁ?」

 大島は速攻で真実を暴かれ、驚愕した。といいたいところだが、じっさいは、この変なお嬢様はいったいなにをいいだすんだといわんばかりの顔で、間の抜けた声を上げた

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