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第二章 アクシデントが多すぎる、銀行強盗も多すぎる 8

 銀行内はざわついていた。とうぜんだ。殺人事件があったのだから。

「おまえ、こいつらを見張ってろ」

 コングはガメラに人質たちの見張りを任せ、自分はゴジラと共にトイレに行く。ガメラは例によって一言もしゃべらないどころか、殺人事件があったにもかかわらず、一切の感情表現を捨てたサイボーグかなにかのように機械的に銃を向けた。不気味すぎる。たとえ強盗といえど、女なら少しは愛嬌があってもいいと思うよ。

 それにしても、トイレではいったいなにがあったんだぁ?

 さくらは叫びたかった。もしほんとうに殺されているなら、この中に殺人者がいることになる。しかもどうやらそれはこの覆面強盗の中にはいないらしい。

 つまり、この縛られている人質の中にいるということだ。そんな馬鹿なことがあってたまるか。

「おい、医者。来てくれ」

 コングがトイレから出てくると、高木医師を呼んだ。さすがのコングも、わずかに声が震えている。

「見たい見たい、あたしも見たい」

 いきなりとんでもないことをいい出したのはつばめだ。後ろ手に縛られながらも立ち上がり、ぴょんぴょん跳びはねながら激しく主張する。

「なに? 死体だぞ。そんなもの見てどうする気だ?」

 コングすら呆れている。

「だって、あたしたちだって状況を知る権利があるわ。なにが起こったか知らないで、人質でいるなんて我慢できない」

「たしかにそうね、わたくしもその意見に賛成ですわ」

 つばめのとんでもない意見に賛同したのは、意外にもお嬢様女子大生の美由紀だ。怖いもの知らずなのかもしれない。やはり縛られたまま、すっくと立ち上がり、胸を張りつつ足を広げ仁王立ちする。

「かあ~っ、好きこのんで女子供が見るもんじゃねえぞ」

「それは差別ですわ。そんな考えが歪んだ男性社会を増長させていくのです」

 お嬢様フェミニストはきっぱりという。

「ふん、勝手にしろ。しかしいっておくが犯人は俺たちじゃねえぞ。おまえたちの中にいるってこった。他にも見てえやつはいるのか? 止めはしねえ」

 他の大半の人たちはぶんぶん首を横に振った。

「よし、さくら、行くわよ」

 つばめはとうぜんのようにいう。

「あたしはべつに……」

 そんなものは見たくなかった。どんな死に方をしてるのかは知らないが、血まみれだったり、首が切り落とされたりしてたらどうするんだ? あるいはこの世のものとは思えないほど苦しそうな断末魔の顔と目が合ったらどうする?

「いいから行くわよ。ほら立って」

 たしかにちょっとだけ見たいという好奇心もある。つばめはといえばうるうるした目をぎらつかせ、好奇心いっぱいなのがまるわかりだ。この事件はつばめの名探偵モードのスイッチを入れてしまったに違いない。

「ちょ、ちょっとだけよ」

 聞きようによってはいやらしい返答をしてしまう。

「ほら、勝くん、わたくしたちも行きましょう」

「あ、ああ」

 美由紀もボーイフレンドを促している。こっちはいかにも興奮して小鼻を広げてるお嬢様が彼氏を振り回しているって感じだ。きっとこの彼氏も、そんなものほんとは見たくもないのだろう。

 けっきょく、高木医師の他はつばめ、さくら、大学生カップル、それに大工の大田黒となぜか受付の大島が現場のトイレを見ることになった。

『犯人。てめえ、誰か殺したんじゃねえだろうな? 人質をひとりでも殺してみろ。地獄の底まで追っかけて皆殺しにしてやるぞ。覚悟しやがれ』

 外から警察がマイクで怒鳴っている。

「ちっ」

 コングが苛立たしげに舌打ちする。

「犯人は俺たちじゃねえっていっても信じるわけねえわな。冗談じゃねえ。強盗と強盗殺人じゃ罪がぜんぜん違うぞ。下手すりゃ死刑だ」

 そんなコングの苛立ちを無視し、さくらたちは手を後ろで縛られたままトイレの前に集まって行く。

 やだ、……どんな死に方してるんだろう? か、覚悟して見なくっちゃ。

 さくらは思いつくままに無惨な現場を頭に描いた。最悪の場合を想定してから見なくては叫び出すかもしれないと思ったからだ。

 ここでトイレのことを説明しておくと、入口はドアがひとつで、ドアを開けると真ん前に洗面台がある。その両脇にトイレの個室がある。とはいえ、個室の壁は天井まである壁で、上の方が開いている間仕切壁ではない。つまりトイレの個室は完全な閉鎖空間で、上をよじ登って出入りすることはできない。

 さくらたちがドアから顔を突っ込むと、そのトイレの個室のうちの片方、さくらたちから見て右側の個室のドアが開いていた。ドアは内開きだ。そしてさらに中を覗き込むと死体が。

 な、なんだこりゃあああ?

 その死体はさくらの想像を絶していた。いろんな死に方を想定して覚悟を決めていたが、そのうちのどれともかけ離れていた。

 紺のスーツを着た男は、洋式便器の前に両膝をつき、便器の中に顔を突っ込んでいる。両手はだらんと便器の横に垂れていて、しかも男のズボンとパンツは膝までずり下げられている。つまりケツまるだしだ。

 ぎゃ、ぎゃああああ。花も恥じらう乙女に変なものを見せるなぁ!

 変なもの、お尻の穴はもちろん、しわしわの袋も、像さんの鼻のようなもの丸見えだ。しかもでかい。

 思わず手で顔を覆いたかったが、後ろ手に縛られているのでそれすらもできなかった。

 一挙に緊張感がなくなった。怖いもの見たさで見たものは、生首でも血まみれの死体でもなく、これ以上ないくらい間抜けな死体だった。

 誰も口を開かない。なんとコメントしていいのかわからないのだろう。

「とりあえず診てみましょう」

 そういって中に入ったのはひとりだけ拘束を解かれた高木医師だ。彼はしばらく体を確認してからいう。

「たしかに死んでますね。死因はたぶん溺死でしょう」

 いわれてみると、その便器は旧式なのか水位が高い。顔が完全に水に浸かっている。

「つまり、事故か? 小便しようとしたとき、転ぶかなんかして頭を便器に突っ込んで、水を飲んだ?」

 コングがいう。少し安心したようだ。まあ、そんな間抜けな死に方をする人はめったにいないだろうが。

「そうか、そうだよ。だって中から鍵が掛かっていた。俺が拳銃で鍵を撃って開けたんだから」

 ゴジラもその意見に賛成のようだ。

 たしかにこの個室には換気扇はあっても、窓はない。出入り口がこのドアしかない以上、そういうことになる。

 さくらも少し安心した。それなら、少なくとも人質の中に殺人犯はいないことになる。

「いいや、残念ですが、それは考えられませんね」

 高木がいうと、つばめは目を輝かせていう。

「なんで?」

「だって、この人、両肩が外されてますよ。喉のところにも痣がある。つまり誰かが首に打撃を加え声を出せなくしてから肩を外し、抵抗できなくなったところで顔を便器の水につけて溺れさせたんじゃないですかね。となると、拷問殺人ってことですが……」

 両肩を外したという発言で、みんなの視線が美由紀に向かう。

「冗談じゃありません。わたくしはそんなことしていませんわ。勝くんが証人です。トイレには行ってませんわ」

 美由紀は弁解した。

「あ……ああ」

 勝も同意する。

「けっ、わかるもんか。そんなに武道の達人がたくさんいてたまるか。その男だって自分の女のためならいくらだって偽証するだろうしな」

 コングが苛立たしそうにいう。

「まって、これは密室殺人だわ」

 そういったのはつばめだ。その顔は非常に嬉しそうだ。

「他殺なのはおそらく間違いないんでしょう? そして窓もなく、ドアには鍵。まぎれもなく密室殺人よ」

 小説の中ではしょっちゅう起こるが、現実にはけっして起きない密室殺人が目の前で起こった。

 おそらくつばめは興奮の極致にちがいない。なにせミステリーオタクなのだから。

「そんな馬鹿な?」

 コングはそういったあと絶句する。誰も口を開かない。

 まてよ?

 さくらは思う。つまりはこういうことなのか?

 今、この銀行内には二組の銀行強盗のみならず、残虐な密室殺人犯がいる?

 喉を潰し、肩を外して、下半身丸出しにして、トイレの便器で溺れさすとは悪魔のような殺人鬼だ。あたしならぜったいにそんな死に方したくない。

 不意に電話が鳴った。三宅が受けたようだ。

「男子社員の木更津さんが殺されちゃいましたぁ!」

 三宅が電話で訴えている。

「おめえ、余計なことはいうな」

 コングが叫び、三宅に近づいていく。

「あわわわ、ごめんなさい。で、でも……警視庁の熊野警部って方が犯人さんと話をしたいそうです」

「貸せ」

 三宅は電話で犯人に変わるむねを伝えると受話器を渡した。

「やかましい。こっちは今それどころじゃねえんだ。馬鹿野郎!」

 コングはそういうと、受話器を叩きつけた。

「けっ、こうなったら俺が犯人を見つけてやろうじゃねえか。俺たちが殺してないっていったって警察が信じるわけないからな。強盗殺人で死刑になんかなってたまるか」

 コングはさくらたちを窓際に戻すと、拳銃を突きつけ叫ぶ。

「あいつを殺した犯人は誰だ? 今すぐ名乗り出ろ。俺に罪を着せようだなんて思ってるとただじゃおかねえぞ」

 誰ひとり、「私が犯人です」という間抜けな人物はいなかった。

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