第二章 アクシデントが多すぎる、銀行強盗も多すぎる 6
「犯人に告ぐ、おまえたちは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて投降しなさい。くり返す……」
外から警察がハンドマイクで呼びかけた。
「なんだって? 俺たちは今来たばかりなのに、どうしてもう警察が来てるんだ? いくらなんでも早すぎるだろうが!」
キングコングのマスクを被った男がいらだたしげに吼える。
はい、それはあたしたちのせいです。さくらは心の中で答えた。
「ちくしょう。わけがわからんが、こうなったら篭城するしかないぜ」
コングが叫んだ。
「おまえたち全員そこに並べ。奥にいる銀行員もだ」
さくらたちは全員、窓際に並んで立たされた。警察の狙撃を警戒して、弾よけにする気だろう。
「ひいい、待ってくれぇ。肩が……」
ひとりだけ負傷したのか横たわったまま立ち上がれない人がいる。四十くらいで頭がかなり薄くなっているにもかかわらず、薄いブルーの派手なスーツを着ている。真面目なのか、遊び人なのかよくわからない感じだが、少なくともやくざやチンピラといった顔つきではない。どこか小ずるい感じのするしょぼくれた男だ。
「私は高木という外科医です。診てやってもいいでしょうか?」
そういって、一歩前に出たのは、痩身の体にぱりっと折り目のついたクリーム色のスーツを着こなし、銀縁眼鏡と七三分けの似合うヤングエリートといった雰囲気の男だった。たぶん三十歳くらいだろう。
「いいだろう、診てやれ。他のやつらはそこを動くな」
コングはそういって、拳銃をさくらたちに向ける。
「おうおう、動くんじゃねえぜ、おまえらよぉ」
ゴジラは体を揺すりながら、威厳のないちんぴら丸出しの声を張り上げ、やはり拳銃を向けた。もっともその先はふらふらと一定のところを向いていない。よく見ると体が震えていた。案外、さくらたち人質同様、かなり動揺しているのかもしれない。
一方、もうひとりのガメラはほとんど動かず、銃を向けながらも終始無言だ。顔を隠していることもあって感情が読み取れず、なにか人間というよりもロボットかサイボーグのように思えてしまう。
「両肩が外されてますね」
エリート医師は倒れている男を診るなり、いった。
「失礼」
高木医師はそういうなり、いきなり男の腕を掴んだ。
「ぎゃああああ」
男が叫ぶ。
「だいじょうぶ。今のではまりました。もうひとつも」
「ぐあああああ」
「はい、これでよし」
パンパンと手を叩きあわせ、顔色ひとつ変えずに高木医師はいった。
だけど、いったいどうして?
コングだけでなく、さくらも混乱している。なぜその男の肩が外れていたのかわからなかった。もちろん、さくらたちの仕業ではない。
「なにがあった? おまえは何者だ?」
コングは男に銃を突きつけ、聞く。さくらもぜひその答えを知りたかった。
「ひいい、私は渋谷広一。芸能プロのスカウトマンだ。誰がやったかなんて私が聞きたいよ。あの煙の中、いきなり誰かに腕を捕まれたかと思うと、激痛が走ったんだ。それっきり動かせなくなったんだよ」
どっひゃあああああ。芸能プロのスカウトマン? 見下してすみません、あたしをスカウトしてください。さくらはそういいそうになった。
「あら、やったのはわたくしよ」
そういいきり、窓際から一歩前に出たのは、二十歳くらいの若い女性だった。
グラマラスな肢体に薄いピンクのミニスカートとジャケットを身に纏い、栗色の長い髪はくりんくりんとカールしている。顔立ちは高貴にして華やかというのが一番似つかわしい。白人を思わせる白い肌とまっすぐに通った高い鼻がとくに印象的。耳に煌くダイヤのピアス。そしてバックにバラの花をしょってるように錯覚してしまう超お嬢様。そんな感じだ。彼女はさくらと違い、芸能界に憧れなどはないらしい。
さくらにはちょっとだけその女がかっこ良く見えた。
「その男がどさくさに紛れて、わたくしに痴漢行為を働こうとしたので制裁を加えたまでですわ」
どひゃああ? 見かけによらず、武道の心得でもあるのだろうか?
「あら、わたくし、べつに武道とかを習ってるわけではありませんわ。必死に抵抗したら結果的にそうなっただけです」
言い訳しているが、そんなことはないはずだ。きっと涼子と同じような技を使えるに違いない。
「冗談をいうな。私はそんなことをやってない。私は痴漢なんかじゃない。常識で考えろ。どうしてあんな状況で痴漢をしなくちゃならないんだ?」
たしかに渋谷のいうことはもっともだった。あの煙幕が彼の仕業ならわかるが、それはあり得ないのだから。
お、なんか知らんが煙だ。まわりからは見えない。ラッキー。痴漢しちゃえ。
いくらなんでも、そんなやつがいるとは思えない。
たぶんパニックになって逃げようとしたとき、偶然触ってしまったんだろう。
「あたしもそう思う。きっとその人は痴漢じゃないよ」
さくらは渋谷を擁護した。
「そうだろう? 客観的に見ればそうなんだ。あんたはなにか誤解している。あのパニック状態で誰かがあんたに触った。あんたは近くにいた俺が触ったと勘違いしてるんだ。それはあんた自信もパニックになっていたからだ。いや、自意識過剰なんだ。自分に近づくやつは全員痴漢だと思ってるんだ」
渋谷は必死の形相で自己弁護する。
スーパーお嬢様は渋谷に目もくれず、さくらをきっと睨んでいう。
「あら、あなたスカウトマンに取り入ったりして、ひょっとして芸能界に入りたいの?」
「ぎくっ」
「まあ、あなた程度の顔じゃあ、取り入らないと芸能界なんて夢ですものね。お~っほっほっほ」
ムカツクぅ! この女。
上品そうに口に手を当て笑い狂う女を見て、さくらの怒りのボルテージは上がる。一方、そんなさくらの思いを無視し、一歩前に出ると、渋谷に迫る男がいた。
「おまえ、美由紀に痴漢したのか?」
大学生くらいの若くてかっこいい男だ。黒いスラックスに黒シャツ姿で痩せている。お嬢様は美由紀というらしいが、この男は彼女の恋人のようだ。甘いマスクは暗い雰囲気を放ち、目だけがぎらついている。目に被るくらいの長い前髪も陰気な感じだ。イメージとしては黒豹を思わせる、まさにダークな雰囲気を持った美形。おそらくつばめの趣味に違いない。いや、それともつばめは年下専門なんだろうか?
「おい、色男の兄ちゃん、面倒を起こすな。おとなしく窓際に並んで立ってろ。そこのお嬢様、あんたもだ」
コングが拳銃を向け、彼を押しとどめた。人質は若いカップルや、芸能スカウトをふくめて改めて全員、窓辺に並ばされた。
「はっきりいってわけがわからんが、俺には関係のない話だ。どうでもいい。そんなことよりまず銀行に要求する。このバッグに入るだけ現金を詰めろ」
コングはそういって、三宅にバッグを渡した。
「ま、またですかぁ?」
「なにわけわからんこといってるんだ? 早くしろ」
なんてかわいそうな三宅さん。一日に二回も強盗に金を要求されるとは。
さくらは同情せずにいられない。
「いや、ちょっと待て。その前におまえのスマホを出せ」
コングは金庫に行こうとする三宅のスマホを奪った。
「それからおまえたちもだ。スマホくらい持ってるだろう? 全部出せ。下手に外部に連絡取られると困るからな」
コングは見かけによらず用心深いらしく、スマホ狩りをはじめた。とうぜん、みな持っているらしく、全員が差し出した。もちろんさくらもだ。スマホはゴジラが集め、受付カウンターの上に置く。
「おまえ、こいつらを縛れ」
コングはゴジラに命令する。
こうなった場合も想定していたのか、ゴジラはバッグからロープを取り出すと、不必要に顔を左右に振ったり、威嚇の言葉を吐きながら、片っ端から人質を後ろ手に縛りはじめた。その間、ガメラは対照的にびしっと背筋を伸ばし立ったまま、無言で銃を突きつけている。
「てめえ、この」
一瞬の隙をついて体格のよい角刈りの中年男がガメラに突進した。ぶわっと広がった作業ズボン《ニッカポッカ》に地下足袋、ついでに日に焼けた四角い顔に角刈り頭といかにも大工ふうの男で、どう見ても女のガメラより強そうだ。男は拳銃を持ったガメラの腕を掴む。
しかし次の瞬間、男はふわりと宙に舞うと、床にたたきつけられた。
ガメラが投げ飛ばしたのだ。息切れひとつしていない。さくらにはよくわからないが、たぶん合気道か古武術の技なんだろう。ガメラはその技を苦もなく使うらしい。
「ふざけた真似をするんじゃねえ」
叫んだのは、ガメラではなく、ゴジラだった。ガメラが床に倒れた男の頭に銃を突きつけているのをいいことに目一杯強がり、「こんちくしょうめ」と叫ぶ大工風の男を後ろ手に縛り上げる。他のものはそれで誰も抵抗する気がなくなったのか、あっさりゴジラに縛られた。
唯一金をバッグに詰めて持ってきた三宅だけが雑用係として縛られるのを免れた。彼女以外の全員はそのまま窓際のソファに坐らされる。さくら他あぶれた数名はそのまま床に直座りだ。
「まあ、こうなったら仕方がねえ。とりあえず、自己紹介をしてもらおうか」
コングがひとりひとり指名する。
わかりやすく一覧票にすると、さくらとつばめ以外の人質は以下の通りだ。
渋谷広一 (芸能プロ)
小山内美由紀(大学生)
川口勝 (大学生)
高木明 (医者)
大田黒郷一郎(大工)
さらにいえば銀行員は以下の通り。
斎藤光太郎 (支店長)
小笠原しのぶ(事務員)
大島潮美 (受付)
三宅広海 (受付)
「おまえんとこの関係者はこれだけか? 少なすぎねえか」
コングは斎藤支店長に銃を突きつけ、問い詰めた。
「えっ? そ、そういえば、木更津くんがいない」
おそらく五十を過ぎている白髪頭のさえない支店長はしどろもどろになって答えた。
「ほう? で、その木更津くんはどこにいるんだ?」
「さ、さあ?」
「きっとひとりだけどこかにこそこそと隠れているのよ。そういう卑怯な人だから」
キツイ一言は大島だ。よほど嫌われているらしい。
「おい、その木更津くんとやらはどんなやつだ?」
「若い男子行員です。いかにも軽薄そうなやつ」
大島が憎々しげにいう。
「おい、そいつを探せ。トイレかどっかだろう」
コングはゴジラに命令する。ゴジラは命じられると、肩をゆっさゆっさと揺すりながらトイレを見に行った。
「おい、鍵を開けろ。中にいることはわかってるんだ」
ゴジラの強がったわめき声がする。ほんとうにトイレに閉じこもっていたらしい。
銃声がした。業を煮やしたゴジラが銃で鍵をこじ開けたのだろう。
その数秒後、ゴジラは「どひゃああ!」という奇声と共にトイレからばたばたと飛び出した。
「なんだ? なにがあった?」
異様な様子にコングも動揺した。だがゴジラの発した言葉は、そこにいたさくらを死ぬほど驚かせた。
「死んでる。その木更津くんとやらが死んでる。殺されてる」
そ、そんな馬鹿な?