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第二章 アクシデントが多すぎる、銀行強盗も多すぎる 5

 熊野はご機嫌だ。愛しいポルシェを完璧なまでに磨き上げたあとは、部屋に戻り、きょうの楽しいドライブの計画を立てることに余念がない。

 どこか、……どこかロマンティックなところへ香を連れていかねば。

 しかし熊野にはそんな場所が頭に浮かばない。無骨な刑事生活が長いと、まともにデートする機会が少ない。だからこそ美人局のような女子高生にたかられる。

 そもそもこの新聞やゴミが散乱し足の踏み場もない部屋で、そんなロマンティックな考えが浮かぶとは思えない。

 ちくしょう、どうすりゃいい。ポチにでも聞くか?

 ポチとは二十代前半の後輩刑事で、本名は星漂馬ほしひょうま。ようは星がポチになまったのだ。

 この男は熊野とは対照的で、仕事はたいしてできないが、お洒落でカッコよく非常にもてる。甘いマスクにさらさらのヘア。ブランドもののスーツを愛用している男で、熊野とは一見馬が合いそうにないがなぜか仲が良かった。まあ、憎めない性格をしているということもあるが、まわりには手柄を横取りしようとかする同僚が多い中、無欲なことと、裏表がまったくないことが気に入っているのかもしれない。

 しかしなあ、あいつはきょう仕事だし、まさか、電話でデートスポットを聞くのもまずいだろ?

 その程度の分別はあった。

 パソコンだのインターネットだのは苦手だが、仕事上まったく使えないわけでもない。しかしネットで調べるにしても、熊野の部屋にはパソコンがなかった。あんなものは仕事だけで充分なのだ。

 本屋でそういう情報の載った雑誌でも買うか?

 それもあまり気がのらなかった。そもそも本屋のどのへんを探せばいいのかもよくわからないし、面倒だ。プライベートな時間で、調べ物に労力を使うのは勘弁してほしいと真剣に思う。

 ま、出たとこ勝負だな。俺があんまりちまちま下調べしてからデートするのも変だろ?

 もっとも、あまり近いところじゃだめだろうな。

 おそらく香はポルシェに乗りたいだけなのだ。だから高速を走らなければ意味がない。飛ばしてこそポルシェの意味がある。

 それなら横浜にでも行くか? いっそ伊豆まで足を伸ばして温泉にでも……。

 いや、いくらなんでもそれはまずいか。そんな深い仲じゃない。

 熊野のデート計画は暴走し、妄想に近くなっていく。

 そんなことを考えているうちに昼近くになってきた。

 とりあえず着替えよう。

 いつまでもジャージを着ているわけにはいかない。いつ香が帰ってくるかわかったものじゃない。行く場所はそれから考えても遅くはない。

 そうは思ったものの、いったいなにを着るべきか? 

 熊野が星のような気の効いたデート用の服など持っているはずもない。いつものように擦り切れかかったダークグレイのスーツはまずいだろうと思う。ドライブとはいえデートには違いない。カジュアルかつ明るい雰囲気がいい。

 洋服ダンスなどない熊野は、コインランドリーで洗濯し、乾燥機から取り出したまま詰め込み、その後何ヶ月もビニール袋に突っ込んだまま放置してあった服を漁る。

 青いスリムのジーンズが出てきた。とりあえず若者らしくていいだろう。相手はまだ十代の女子大生なのだから。

 そして気の迷いで買った黄色いポロシャツを見つけた。試しに着てみる。

 たった一度の洗濯で縮んだのか、ぴちぴちだ。

 風呂場に行って、鏡で全身を見る。

「ちっ」

 思わず舌打ちする。しかし考え様によってはこの筋肉質な体を強調しているともいえる。ポロシャツ越しに浮き出る大胸筋。腹筋のくびれまで見えそうだ。そして露出する丸太のような腕。短い髪と髭だらけで熊のように厳つい顔にもマッチしている。

「ふんはっ」

 熊野は気合いを吐きながら空手の型を演じた。その動きに応じて、ポロシャツの中の筋肉が躍動するのがわかる。

「これぞ、野生の男のセクシーさだ」

 思わず独り言をいう。

 反り返ると臍が見えそうになるのはご愛敬だ。

「きゃああ、素敵。ポルシェがぴっかぴかぁ」

 外から甲高い声が聞こえる。香が帰って来たらしい。

「ねえねえ、熊野さんいるの? 早く行こう。ドライブ、ドライブぅ」

 玄関ドアを叩きながらおねだりする。

 なんて可愛いんだ。

 熊野は満面の笑みでドアを開け、胸を張った。

「きゃはははははは~っ」

 その姿を見るなり、香は腹を抱えて大笑いする。

「へ、変か、この格好?」

「え、そんなことないよ。でも胸張るとお臍が出るよぉ」

 そういってふたたび笑う。そのへんが香の琴線に触れたらしい。

「マッチョ、マッチョぉお」

 着替えようかとしたとき、香は腕を絡めてきた。

「だいじょうぶ。いいよ、すごくいい。熊野さん、あたしのためにオシャレしようとしてくれたんでしょう?」

 そういって、小悪魔のような笑みを浮かべた。

「行こう。どこでもいいよ。熊野さんの横に坐りたい。ポルシェぶっ飛ばして」

「ようし、そうするか」

 幸せだった。ここまで女の子にもてたのは何年ぶりだろう。あるいははじめてかもしれない。

 そのとき、スマホが鳴った。

 いやな予感がした。

「熊野だ」

『やった、捕まった。警部、星っす』

「なんだポチか、俺は今忙しい、あとにしてくれ」

『それがそうもいかないんすよ。銀行強盗です。人手が足りないんすよ。出て来て指揮取ってください。場所は四つ葉銀行友愛一番高校前支店っす。警部のアパートからなら近いでしょ?』

「馬鹿いうな。俺はきょうはひさびさの非番だぞ。誰かいるだろう?」

『それがきょうは事件が多発してみんな出払ってるんすよ。もうしわけないすけど課長の命令です。待ってますんで、五分で来てください』

 ポチはいうことだけいうと、非情にも電話を切った。

 なぜきょうなんだ? この世に神はいないのか?

「ねえどうしたの、熊野さん?」

 香が怪訝な顔で聞く。よほど顔にショックが出ているのだろう。

「いや、じつは香ちゃん、急に仕事が入った」

「ええええ、あたしをその気にさせといて、行っちゃうの?」

「ご、ごめん」

「熊野さんの嘘つきぃ」

 香はそのまま走り去った。

 なぜだ? 俺がいったいなにをしたっていうんだ?

 悪いのはポチか? 課長か? いや、違う。銀行強盗だ。

 殺してやる。

 熊野はそのままポルシェに乗り込むと、アクセルを全開で吹かした。

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