第二章 アクシデントが多すぎる、銀行強盗も多すぎる 3
十二時十分。
大学生、川口勝は四つ葉銀行友愛一番高校前支店の中でソファに座っていた。
少し興奮している。なにしろ入学してたった三ヶ月で小山内美由紀といっしょに旅行に行くところまでこぎつけたのだから。ミスキャンパスとしての地位を不動にした、お金持ちのお嬢さまにして超美人である、あの美由紀と。
勝にとって、美由紀はたんに知的で、ゴージャスかつ高貴な美女というだけでなく、少し変わったところも魅力だった。お嬢様に似合わず格闘技が大好きで、子供のころから柔術などをやっている。そのかわりテニスや乗馬にはまったく興味がないらしい。読む小説や見る映画にしても、恋愛とかロマンスとかいったものではなく、スプラッタームービーとか本格ミステリーとかそんなものばかりだ。それを内心恥ずかしいと思っているのか、必死で隠そうとするところもみょうに可愛いと思う。
だから美由紀とはなんとしてもつき合いたかった。
勝は顔には自信があったし、喧嘩だってそこらの不良どもなど問題にしないほど強い。しかしその一方で明るさに欠けるところがあるし、面白い会話もできない。それどころか筋金入りの無口だ。おまけにいつも金に不自由しているし、なんとなく粗野な感じがするらしい。意外に女には人気がなかった。
だから思い切って告白し、美由紀が自分を受け入れたときは、嬉しいと同時に不思議だった。
美由紀は見るからにわがままに育ったお嬢様で、優しいだけの男や、ひょうきんな男、ご機嫌取りをするような男には飽きていたのかもしれない。あるいは強そうな男に惹かれる、女の本能に従ったのか?
いずれにしろ美由紀は自分を選んだ。そのことは勝に大きな自信を与えた。
そして夏休みにはいっしょに海外リゾートへの旅。それを決めたのも美由紀だった。おそらく南の島で野生的な男に抱かれたいのだろう。
勝はそういった意味ではお預けを食らっている。しかし勝とて、できるだけ刺激的な状況で美由紀を抱きたかった。だから海外の離島でふたりきりというのはおいしすぎる。しかも費用は美由紀持ち。そんなことを同じ学科のやつらに打ち明ければ、嫉妬で殺されそうだ。
きょうは美由紀が円をドルに換えるためにここに来ている。
「お待たせ」
美由紀がそういいながらカウンターから戻ってきた。ふわっとカールの掛かった長い髪をたなびかせ、女王を思わせる高貴な顔に笑顔を浮かべながら。
「行きましょうか?」
このあと、イタリアンレストランで昼食をとる予定だ。
「あ、悪い、ちょっとトイレに行ってくるよ」
「あらそう。どうぞごゆっくり。わたくしは雑誌でも読んでいますわ」
旅行のことを考えながら、美由紀の上品なスーツに包まれた魅力的な体を連想して、勝は緊張したのかもしれない。美由紀に断ったあと、トイレにたった。
トイレは入り口から見て、一番奥にあった。ドアを開けると、正面に洗面台。左右両方が個室になっていた。男子用の小便器はないらしい。
勝は向かって右側にある個室のドアを開けようとする。
開かなかった。
ドアをノックすると、中に誰かいるらしく、乱暴なノックが返ってきた。
勝は左側のもうひとつの個室に入り、用を足す。
落ち着け。きょうはべつになにも起こらない。なにかあるのは旅行のときだ。
そういい聞かせ、手を洗いながら鏡を見る。
陰のある色男が鏡の中で緊張している。勝はなにかおかしくなった。
いったいどうしたっていうんだ。緊張するのが早すぎるぜ。
きょうはただレストランで飯を食って、映画を見に行くだけだ。美由紀が見たがっていた『八つ墓館の殺人』とかいうミステリー映画を。
そう思いながら、腕時計を見た。十二時十五分になろうとしている。
勝が美由紀の元へ行くと、彼女は雑誌を元に戻した。