マリアさんとコロッケ①
短編をまとめて書いていくのは初ですが、マリアさんシリーズは一回一回オチつけて書いた方がしやすそうなのでそうしました。
読みにくければすいません。みなさんに少しでも楽しんでいただけましたら本望です。
大学が始まって藤良信の主なシフトは17:00以降の夕方勤務となった。同じ時間が空いている事が多いのと初対面の時に相性がいいと判断されたのとでマリアさんこと針間理亜さん、ヒデさんこと三村英彦さんと入ることが多くなっている。そして今もお二人のもとレジ接客を練習中だ。
そして今日も今日とて妙なお客様がご来店された。
「兄ちゃん、コロッケ3つ揚げてぇや」
それは20時頃と混んでいる最中に来店された50代後半の厳つい男性客だった。
コロッケは揚げ物コーナーの中でその安さに対して満足できるボリュームから財布の味方として人気商品の一つである。
揚げ物コーナーを見ると一つ残っている。
「わかりました、お客様!あと二個コロッケ揚げますね!」
まだ慣れていないが、一生懸命笑顔で話す。
しかし、
「兄ちゃん!話聞いてなかったんか!?俺は3つ揚げろ言うたねん!揚げたてがうまいやろが!!」
厳つい顔でさらに怒りを露わにした。キツめの関西弁が勢いを増して見せる。
「しっかしお客様、まだコロッケが並んでおりますので…」
「なんやと!客に刃向かうんか!?」
「そんなことは…」
しどろもどろになりながら対応していると、グッと肩に力がかかった。男性客からではない。後ろから藤の接客をサポートしていたマリアが肩に手を乗せてきたのだ。
「お客様、申し訳ありません。何分新人な者で…。代わりに私が対応させていただきます。コロッケを3つですね、お時間少々かかりますので横にずれてお待ちいただけますか?」
新人男性店員から美人なベテラン女性店員に、また丁寧に接客されて気をよくしたのか男性客は素直に列から離れていった。
すごい。物怖じしないで自分のペースに持ち込んだ…。
「藤くん、コロッケを3つ揚げて。その間に他のお客様を接客するから」
「は、はい!」
指示を受けてコロッケを揚げる。揚げ物コーナーにまだ一つ残っているが、クレーマーにならないように行動するのも大事なんだなと藤は痛感した。
…が、それは的外れで事態は思わぬ結末だった。
コロッケ3つが揚がり、一度揚げ物コーナーに避難させてからマリアは先ほどの男性客を呼び寄せた。
「コロッケ3つのお客様ですね、ソースはご利用されますか?」
「あぁ、頼むわ。多めに入れといてぇや」
「かしこまりました」
マリアは丁寧に頭を下げながら、揚げ物コーナーからコロッケを3つ取り出した。
そしてソースとお手ふきとともに袋に入れてお客様に差し出し、
「大変お待たせいたしました。こちらコロッケ3つとソースを数個、あとお手ふきもお入れしております。ご利用くださいませ」
最後に笑顔で商品を手渡す。
それを受けて男性客は、
「おー!姉ちゃんやるやないか!新人の兄ちゃんも見習いや!」
と上機嫌に店を出ていった。
藤としては少し悔しい気もするのだが、対してマリアはいつものように涼やかに微笑んでいた。
「マリアさん、ありがとうございました」
仕事終わりに事務所で男性客のことを謝罪したのだが、
「は?」
覚えていないのか、マリアは小首を傾げた。
「あのコロッケの人ですよ!僕のせいでご迷惑を」
「あぁ…」
その瞬間、マリアは突然顔を隠した。そして肩を小刻みに震わしている。
やはり怖かったのか…。
「マリアさん…」
藤がその震える肩に手を伸ばすと、
「ク…ゥアハ、ク…アハ、ハ」
声が漏れてきた。
思わずギョッとして置こうとした手を跳ね上げる。
何かと思うとマリアはゆっくりと顔を上げた。そして表情は、なんと笑っていた。
「なっえ…どし、て?」
戸惑う藤に対して笑い声を抑えながらマリアは説明した。
「私コロッケを3つ取ったでしょ?」
「え、えぇ」
確かに揚げ物コーナーからコロッケを3つ取っていた。
「でもね、1つだけすり替えてたの!たった1つ、残ってた余り物のコロッケと!二つは揚げたてだけど1つは古いの!であの人は思うのよ!『揚げたては美味しい!』って!滑稽だと思わない!それが揚げたてじゃないとは気づかずに!袋をしっかり持っていたあたりすぐに食べないわ!帰ってから食べる。だから少し時間がかかるのは必須。そして少し温度差があったって気づかないの!ざまぁみろでしょ!」
そのまま、マリアさんは高らかに笑い続けた。その姿は白雪姫に毒リンゴを与えることに成功した女王のようだ。
じゃあいつから考えていた?
コロッケを客に渡す時か?
コロッケを一度揚げ物コーナーに避難させた時か?
いや、これが始まるためにはコロッケを3つ揚げている姿を見せる必要がある。揚げないことにはすり替えも何もできない。それに言うことを聞いたと相手に思わせることでその油断を突いて騙している。
ということは、
『藤くん、コロッケを3つ揚げて』
あの言葉の、最初従順に従っているように見えたあの時点で全てを計算して行動していたのか!?
あまりの衝撃で口をパクパクさせていると、
「…ドンマイ」
肩にポンと手が乗った。ヒデだ。顔が引きつっているあたり、本人もひいているのだろう。
『接客のアドバイスは慇懃無礼にです♡』
そうだった!初めて会ったあの言葉が頭の中を駆け巡り、藤は思わず膝をついた。
「もう笑い抑えながら接客するの大変だったんだから!舌噛みながらしてたのよ!もー!」
マリアはその後も一人高笑いをし続けた。
そしてその日の夜、『コンビニから女性の笑い声が聞こえる』という怪談が局地的にSNSに広がったとかなんとか。
マリアさんシリーズは日常のちょっとした出来事を過大に考えたらどうなるだろうというおふざけの元できています。つかこんな人いたら怖いわ笑。
皆さんはマリアさんのことどう思われますか?
好んでいただけたかな?これからもご覧いただけましたら幸いです。