マリアさんとご対面
ギャグネタっていいですよね。というわけでコンビニを舞台にしたネタ系のお話を書いて見ました。
読んでいただけたなら幸いです。
なめらかな所作に目を奪われた。
「よろしくお願いします。日笠大学に通ってます。針間理亜です。何かあったら聞いてくださいね」
これから頑張ろう、そう思えた。
が、
「私からの接客のアドバイスはお客様には○○○○にです♡」
前言撤回!何か波乱の予感がする!
☆☆☆☆☆
第一志望である西の有名私立大学『日笠大学』の合格通知を受け、藤良信は春から親元を離れて一人暮らしだ。実家は頑張れば通学圏内ではあるが、奨学金とバイトの給料をやりくりして親に迷惑をかけないようにすると必死で説得してなんとか許可を得たのだ。
そして三月末日、目をつけていた日笠市のアパートに引っ越してついに夢の一人暮らしを始めることとなった。貧乏学生の割には7畳のフローリング、ベランダ有り、収納有り、まぁユニットバスと一階層は譲歩したが、リーズナブルな好物件で我ながらなかなかに満足している。さらに入学式前にはバイト先を決めておきたいと思って応募していた隔週シフト制・初心者&学生大歓迎というコンビニ「ファミリアストア」からも先日採用を受けた。大学生活はまだ始まっていないが、うまくいきすぎて不安になってしまいそうなほどである。
そんなことをしみじみ考えていると携帯のアラームが鳴り響いた。今日はアルバイトの研修三日目だ。遅刻厳禁早く向かわなければ!藤は慌ててアパートを飛び出した。
ファミリアストア 日笠市南貴四丁目店は住宅街から少し離れてはいるが、繁華街や大型電気店、ホテルのそばにあるため様々な客が来店する。店員の6割が高校生や大学生のため、人の入れ替わりが激しく毎年春や秋頃になると店員を一斉募集しているらしい。先日から働き出した藤のバイト先だ。
「というわけで今日から藤くんにはレジに慣れていってもらうつもりやから」
たまに関西弁のイントネーションが出る20代後半の横島勤副店長と流れを確認する。
「まぁ初バイトって言ってたけど接客は緊張せんでいいからね。サポートならやるし」
「はい、頑張ります!」
副店長はニコリと笑って、
「じゃあまずはレジの練習の前に先輩方にご挨拶としよか」
と事務所の扉を開けた。
見るとレジには店員が二人、作業をしながら雑談をしていたのか袋詰めのスプーンやタバコの箱がカウンターに並んでいた。
「ごめんなさい!今引き出し片付けてて!」
レジにいたうちの女性店員が声をあげた。長い髪をまとめた大人びた女性だ。
「えーよえーよ!作業中ごめんね、マリアちゃん。この子がこの前入った新人の藤くん、春から君らと同じ笠大に入るらしからよろしく」
副店長に紹介され、前に出る。近くから見ても綺麗な人だ。
やがて女性店員はぺこりと頭を下げて、
「あ、よろしくお願いします。日笠大学に通ってます。針間理亜です。ここでは『マリア』ってあだ名で呼ばれてます。何かあったら聞いてくださいね」
と胸に手を当てて微笑んだ。マリアというあだ名は聖母のようだからだろうか、その所作に思わず目を奪われた。
藤も慌てて自己紹介をする。
「初めまして!春から日笠大学の一回生になります、藤良信です!その、アルバイト初めてなので未熟なところもあると思いますがよろしくお願いします!」
「堅いなー、新人!これからよろしく!」
突如、マリアと一緒に入っていた男性店員が肩にのしかかった。
「俺は笠大三回の三村英彦。ヒデって呼んでくれ!何かあったら俺も話聞くから」
「よろしくお願いします、えと…ヒデさん」
「あー、初々しさがいいな!今度歓迎会しよう!」
さっきよりも強く肩に力が入る。一般男性よりも小柄な藤は圧力でさらに縮んでしまいそうだ。
「ヒデくん、藤くんが潰れちゃいますよ」
クスリと笑いながら、マリアが藤を指差した。しかし指された本人はそれに反応する余裕も無くふらふらだ。
「悪い悪い!体育会系だったから何かと力入れやすくって!」
ヒデは藤を解放すると両手を合わせて頭を下げた。
「ヒデはたまに暴走しなければいいのになぁ」
副店長が笑いかける。副店長は年が近く話しやすいからか、親しみが持てる大人だ。店員からもそうなのかヒデは恥ずかしそうに頭を掻き、マリアはまたクスリと笑った。朗らかな空気に思わず藤からも笑みが漏れた。いい環境のように思える。本当に入れて運がよかった。
「あ、せっかくだし!レジの先輩の姿を見学してから練習しよう。お客様そろそろレジ並んで来そうだし。」
と副店長がお菓子コーナーにいた女性を小さく手で示した。お菓子や飲み物を手に抱えている。
「えー、お手本とか嫌ですよー」
「副店長の前とか失敗できないじゃないすか!」
「普段からそのくらいの責任とプレッシャーを持ってお客様に対応しなさい」
店員二名の不満を副店長は一蹴した。パワーバランスもしっかりあるらしい。二人は何も言わずにレジに向き直った。
それからはすぐに人が並びだした。副店長の予想どおりだ。そして先ほど示していた女性も列に並んでいる。担当はマリアだ。するとその女性客、来るやいなや手いっぱいに持っていた商品をカウンターの上にばさっと広げて自分は何もなかったかのように財布を取り出した。
えげつい。もっと店員に取りやすいようにとか、まとめやすいようにカウンターに置けばいいのに。
しかしマリアは涼しい顔で商品をレジに打ち込んでいた。商品名までしっかりと声に出している。
「お客様、Pカードはお持ちですか?」
Pカードとはファミリアストアをはじめとした多角的企業ファミリアコーポレーションの提携店で利用できるポイントカードだ。
だが女性客はイヤホンをしているらしく、聞こえていないようだ。
「お客様、Pカードはお持ちですか?」
…。
「お客様、Pカードはお持ちですか?」
…。
三度同じ質問をしたところでマリアは小さく息を吐き、料金の表示画面を客に示した。
怒らないのか。これだけの失礼な客を。藤は初めてのアルバイトの大変さを肌で感じた。
しかし、接客はまだ続いていた。
料金を支払い、マリアに渡された商品袋を受け取った直後に女性客はとんでもない言葉を口にしたのだ。
「あ、カード出し忘れたわ。つけて」
な!以前コンビニでアルバイトしていた友人から聞いたことがあるのだがポイントのつけ直しはめんどくさい接客業務のワースト5にランクインするらしい。料金が支払われるとレジの機能が次のお客様への対応に変わり、直前のお客様のデータは過去データに変換されるからだそうだ。
これはさすがに怒るんじゃ…。藤がさりげなくマリアの顔を伺うと意外なことに笑顔で商品袋から商品を取り出していた。もう一度打ち直してカードにポイントを入れているのだろう。その間、女性客はずっと自分の携帯を触っている。謝りもしないのか…。藤はこれからのバイト内容の過酷さに息をのんだ。
やがて、
「お待たせしました。こちらPカードと商品九点ですね。重くなっておりますのでご注意ください」
「遅いわね!気をつけてよ!」
女性客は礼も謝りもせずに店を出た。しかしマリアはしっかりと頭を下げて退店を見届けた。
恐るべし、接客業!
「マリアさんすごいですね!あんなお客様にも礼儀正しく!」
藤は尊敬の視線をマリアに向けた。
「接客業だから仕方ないですよ」
と本人はニコリと笑い返した。本当に女神のような人だ。
藤が思わず両手を合わせていると、
「そろそろ現実見た方が身のためかもな」
「…そっすね。どういきますか。でもバレるのも時間の問題…」
副店長とヒデがこそこそと話している。何の話か尋ねようとすると、
「藤くんにコツを教えてあげようか?」
マリアが悪戯っ子のように頰に指をつけながら微笑んだ。その瞬間、副店長とヒデがビクリと硬直。
「へ?」
今の状況を理解しきれていない藤はすっとんきょうな声をあげた。
それを見てマリアは満面の笑顔で、
「私からの接客のアドバイスはお客様には慇懃無礼にです♡」
恐ろしい事を言っている。そして彼女は少し恥ずかしがったように頰に手を当てた。まるで恋人の話をして照れているかのような仕草だが、口から出た物騒な言葉とのアンバランスさに藤の体内にある全ての運動機能を一斉に停止させた。
しかしマリアは何かのスイッチが入ったかのように話し出した。
「あれだけのお菓子を、しかもなかなか高カロリーなものばかりを買っていったわ。一緒にあった炭酸飲料でのみくだすのかな?お菓子の量に対して飲み物は一人前だったけど一人で全部?今の時間からならなかなか体に入っていくよ!栄養分じゃなくて脂肪分として!次に来るときにはもっと丸々とされてるんでしょうね!楽しみ!早くこないかな!?だって心だけじゃなく身体まで醜くなるだなんて!素敵!CMのライ○ップの逆バージョンがしたいわ!」
とマシンガンに毒舌を吐きながら嬉々として笑う。なんだろ、周辺だけ黒いオーラが感じ取れる…。
藤の中でマリアに対して作られだしていた女神像が一転。ガラガラと壊れた像の隙間から生きたメデューサが開眼したようだ。
「藤」
ヒデに呼ばれて行くと、
「マリアは基本いいやつなんだが…その…あれだ。こういう一面があるから気をつけろ」
副店長がすぐ後ろですごい勢いでうなづいている。もしかしたらさっき話していたのはマリアの本性をバラすかどうかだったのかもしれない。
すると、
「…何か藤くんとお話しですか?」
マリアが落ち着きある声で話した。顔には笑顔が、張り付いている。その瞬間、ヒデの顔が凍りついた。
「な!なんもないよ、マリア!藤の研修の邪魔しちゃ悪いしさ!仕事に戻ろうじゃないか!あ、そうだ!おれ今日すっごく棚掃除したくて!レジ周り頼んでいいか!」
そう言って掃除道具を持ってヒデはカウンターを出ていった。その後ろ姿を見てマリアは笑っている。
その姿だけ見れば聖母マリアそのものなのに…。藤は高校の時に女子から借りた漫画に書いていた『無駄美人』という言葉を思い出した。
「根はいい子なんだけどね」
副店長がレジの説明をしながら話した。
「それは、なんとなくわかりました」
副店長やヒデとの会話は楽しげだし、たまに見せる横顔からは慈愛を感じさせる。
「そうか、それは嬉しいな。その感じなら他のメンツともうまくいきそうだ」
副店長はにっと笑った。
「頼もしい子が入ってよかった。これからまたよろしくな」
やはりいい店に入れたようだ。藤はこれからの大学生活に希望を見出した。
が、
「いやぁ、ここっていいお客様もいるんだけどクレーマーとかモンスター客もいてさ、求人うまくいかない時もあるんだよ。だから店員も癖ある子が多くてね。普通っぽい藤くんが来てよかった…」
副店長は遠い目をした。
そういえば事務所に誰のかわからなかったが薬瓶が置かれていたな…。
…。
前言撤回!何か波乱の予感がする!
藤の順風満帆と思われた大学生活は暗雲渦巻くような恐怖を感じさせながらもどうにか始まることとなった。
導入編として書かせてもらい、短編集と銘打っておきながら、長いです。読みづらかったかな。次回からはもっと短くすぐ終わるようなお話にしていくつもりなのでよければごらんください!