第09話 先導
グルル……
そんな唸り声とともに、茂みから三体の獣が姿を現した。
おい、なんだこいつら。大きさは柴犬ぐらいだろうか。
しかし顔は犬というよりおおかみに近い。おおかみに近いというのはおおかみより恐ろしい顔をしていたからだ。その恐ろしい部分は、むき出しになった牙、鋭く見ただけで僕の力が抜けてしまいそうな目だ。問答無用に食いついてくる。
おおかみいぬと書いて、狼犬とでもいおうか。銃を構え打ち倒そうとしたが、一体に構えていた方の腕を噛まれ銃を落としてしまった。
思わず「あっ」と声を上げてしまった。だが、僕はすぐに腰の横についているサバイバルナイフを抜き切りかかった。先ほどの一体とは別の一体がこちらに飛び込もうとして宙にはねていた状態だった。このチャンスは逃してはならないと思い、僕は態勢を低くし、狼犬の攻撃をかわしながらそいつの首に向かって刃物を下から上に斜めに切り込んだ。
生きている物を切るのは初めてだった。鉄とは違いそれは柔らかく、ナイフが食い込んだ。その食い込んだナイフが離れると、水道管が破裂したように真っ赤な血が勢いよく飛び出してきた。返り血を浴びる。
あ、僕はこれを知っている。この生温かさと匂いを……。ドサッと音を立てて狼犬は地面に勢いよく叩き付けられた。
振り返ると、もう二体目が突進してきていた。ナイフを前で固定する。その狼犬は速度を弱めることはなく突っ込んできた。今度はドッというに鈍いが響く。と同時に振動が僕の腕に伝わってくる。手元を見ると、狼犬の頭にナイフが突き刺さっていた。次の瞬間、狼犬は横に倒れる。
最後の一匹は……。
痛っ。
背後にいたようだ。左肩を噛みつかれる。肉に狼犬の鋭い牙が食い込むのがわかる。目の前に倒れている狼犬の頭に刺さっているナイフを抜こうとするが、抜ける気配がない。
焦りと痛みに耐えながら、地面に投げ捨てられている僕のリュックサックのもとへ這って進んでいく。中を探って適当に引き抜く。
こ、これは。
デザートイーグルだった。デザートイーグルは威力のある銃ではあるものの噛みついている相手に使うと僕まであの世行だ。
意識が遠のいていく中、やっとの思いで見慣れた刃物――包丁を持った。随分と軽いが、この獣を離すには十分だろう。狼犬の目を刺す。一瞬噛む力が緩んだものの、執念深い獣だ。離すような動作は全く見せない。結局僕は、実際どうなっているか見えないが獣の口の筋肉を切り、狼犬から逃れることができた。
狼犬が痛みにもがいている間に僕は、リュックサックのわきにさしてあったとっておきのものを取り出した。日本刀「村正」だ。もちろん、これは本物の日本刀ではあるが本物(元祖)の村正ではない。レプリカだ。レプリカであれど、切れ味は最高級。
帯刀し、剣を抜く(帯刀といってもベルトにさすのだが)。すると、美しく輝く刃が姿を現す。ちょうど態勢を立て直し走ってくる狼犬の姿があった。僕は、右手で刀を強く握り、そこに左手を添える。一瞬の出来事だった。気づくと僕は狼犬を切っていた。刀についた血をはらい刀を鞘に収める。
気が抜けたのか。僕は、倒れこんだ。
目が覚めると、マカヌケさんの顔が……。美女だったらは永遠に見ていたかったが、おじさんの顔は嫌だ。
「おい、大丈夫か。血は止まっているようだな」
「はい、大丈夫です」
そういって、僕は起き上がった。
「こりゃすごいな。狼犬三体がみな死んでる」
「これ狼犬っていうのですか」
「ああ、そうだよ」
まじか、我ながら当てるなんてすごいと思う。
「こいつら強いんだよ。すごいね君」
「いや、苦戦しました。死ぬかと思いましたよ」
「そうか。王様の許可が下りたから、これから地下都市に案内するよ。そこで手当もしよう」
「はい。ありがとうございます」
そして、例の大木の前へ。
「気を付けてな」
「何を気をつけろというんですか。真っ暗で何も見えませんよ」
「ハハハそうだな。ま、このまま落ちるだけだから。心配いらないよ」
とマカヌケさんは穴の中に入って行った。僕もそれに倣う。
耳に轟音が響く。ちょうど上空から降下している状態だろうか、そんなことを思った。
どのくらい落ちただろうか。知らぬ間に減速して、僕は地面に降り立っていた。
「これは、不思議なこともありますね」
「ああ、俺も仕組みはわからないが、すごくいいシステムだと思う。さ、こっちだ。進むぞ」
僕は、地下通路を通って行った。何か、大きな音が聞こえてくる。一気に視界が明るくなる。あまりのまぶしさにつぶっていた目を開けると、地下都市の風景が僕の目に飛び込んできた。