第22話 異界
身体が気泡に包まれる。
自分が今どこにいてどこをさまよっているのかが全く分からない。
水中深くになったのだろうか。
一層太陽の光は薄れて行き、闇の世界へと僕は沈む。
空から水中深くに……180度世界が変わった負担は、ダイレクトに体に響いてくる。唯一同じことは、酸素が薄いことだろうか……。
僕はもちろん人間で、魚ではない。ということは無論、えらをもっているわけではないので水中から酸素を獲得するすべを知らない。
苦しいという感覚を通りすぎ、意識が薄くなっていくのをひしひしと感じる。
意識が朦朧として幻想を見る。
あれは……母さん。
ああ、温かい……何かに包まれている感覚だ。
母に包まれるような気になり、流されるまま身を任せていると急に僕の目には地面が見えてきた。
しかし、私の知っている地上ではなかった。
単刀直入に言うと地面が土にしては妙にごつごつとしているのだ。色は黒く、小石を集めてかためたような形成となっている。
そう考えていると、僕は容赦なく地面に叩き付けられた。
ふぎゅう、と柔らかなものがつぶれたような呻き声を上げ僕は、自動車に踏みつけられたカエルと化した。
地面が熱い。
熱しかけの鉄板にのせられている感覚だった。
あれは……陽炎か。
景色が波打って曲がって見えた。
「おい! 君何をしているんだ!」
突然、知らない者に声をかけられた。
状況が把握できず、上半身を起こして辺りを見回す。
「大丈夫かい? 怪我はないかい?」
声のする方へ顔を向けると日光を脳天で反射させながら、僕に手を差し伸べている60代だと思われる男性がいた。私が見たことのない服を着ていた。
いや。見たことがないのは、彼の服だけではなかった。
360度、一周が空まで届きそうな建築物が林立していた。
「こ、ここは……」
困惑する私の手を引いて、その男性は自動車が走っている大通りを白と黒の線が入った部分を抜け「喫茶」と書いてあるガラスの向こう側へ入って行った。
僕を助けてくれた脳天がピカピカと光る男性は、品川と名乗った。
「私はね、大学で教授をしているんだよ。あっ、私は珈琲ブレンドで。君は?」
急に話を振られた僕は、アタフタしながら二つ折りにされた文字がびっしりと記入されている厚紙を開いた。そこには、私の見たこともないような文字が陳列していた。
『珈琲』『紅茶』『烏龍茶』……。
言い忘れていたが、僕らは漢字というものを使わない。おそらくこれが、漢字という奴なのだろう。
教授の発言をメモした女性が僕のことをじっと見ている。
「じゃあ、これを……」
恐る恐る一番上に記載されている文字を指さす。
何やら短冊型の紙に女性はカツカツと記入し、小さく一礼してからコツコツとそこの上がった靴を鳴らして足早に去って行った。
「こういうところ初めて?」
教授は物珍しそうに僕を見ている。
「はあ。こういうところは見たことも入ったこともないですね……」
教授は、そうなのかーと首を深く縦に振っている。
「そうだそうだ。君の名前は?」
「ぼ、僕は、カンジと申します……」
「カンジ君か、よろしく。漢字は? どう書くの?」
「カタカナそのままです」
それを聞いて、ますます僕に興味津々の様子だった。
「珍しいね……。」
しばらく質問攻めにされていると、先ほどの女性が何やら運んできた。
「珈琲ブレンドのお客様?」
教授が手を軽く上げ、私です、と小さな声で言った。
「紅茶をご注文のお客様。こちらのミルクをお使いください」
女性は僕の前に口の広いマグカップのようなものを置き、小さな注気口の空いた入れ物をそばに置いた。その後、女性は相変わらずそそくさと帰って行った。
『紅茶』は『コウチャ』というのか。それなら私も知っていた。
しばらく、教授と話していると衝撃の事実が判明した。
「あの……教授、今何年ですか?」
「ん? 西暦だと2017年だね」
僕は、過去に戻っていたらしかった。




