番外編07 第三次世界大戦 其の七
紆余曲折あって、結局送ってもらうことになった我々。
というより、逃げようがなかった。
逃げていたら、逆に桐生少将殿に潰されていたことだろう。
無残にも、跡形もなく。
考えるだけどもぞっとして鳥肌が立つ。
無事につくことができるのだろうか……。
この『紫苑』とやら、でかいから目立つし。
こんなのでやっていけるのだろうか。
胃がキリキリと痛んでくる。
「羽黒准尉は、彼女とかいないの?」
意外と気軽に話しかけてくる少将殿だった。
いきなり話しかけられて、正直びっくりした私だった。
で、「彼女『とか』」の「とか」って何?
「ねえ、どうなのよ」
意外と短気だな、この人。
人の上に立つものがこんな人で大丈夫なのだろうか。
この国の未来が心配される。
「は、はあー」
決して、私はため息をついたわけではない。
困った時に発する言葉だ。
いや、言葉になっていないから相槌みたいなものかな。
「そうですね。いません」
できるだけ短く、簡潔に答えた。
会話が早く終わってくれるように願いを込めて。
「こらこら、それでは話が終わってしまうではないか。もう少し気の利いた反応とかできないの?」
身勝手な人だ。
しかも、何回「とか」って言葉用いてんのさ。
使い方間違っていないか?
今さらではあるが、彼女――つまり桐生少将は例の紫苑に乗っている。
ゆえに、高いのだ。
朝礼の時に、話す人が上がるような舞台以上に高い目線から私と話している。
精神的にも、物理的にも私は見下されているようだ。
天童大佐に「SOS」信号のような目線を送っても「がんばれ」というアイコンタクトが帰ってきた。(目にそう書いてあったわけではない。雰囲気だ)
ほかの班員の皆さんも私と少将から距離を置き、「私は知らない」という顔をしている。
おいおい。
仲間を助けるのが班員でしょう?
見捨てないでほしい。
ある意味、戦闘よりこの人の相手をするほうが大変だ。
生命力でも奪われているんじゃないかと思う。
気の利いた反応ね……。
どんなもんなんだろう。
いくらなんでも無茶ぶりすぎる。
「おらおら、黙ってないで何とか言ってみろ」
もう、この人いいおもちゃを見つけたような気分になっているんじゃないか。
私は、人間で軍人だ。
決して、おもちゃなどではない。
「つまらんぞ。黙るな。なんか言え」
この人話すスピードも速いし、それを他人にまで押し付ける。
鬼だな。
いや、鬼じゃ生ぬるい。
鬼以上――って何かあるのだろうか。
神?
魔王?
「いよいよしらけている。貴官のせいだぞ。さあ、何か面白いことを言うのだ」
え、ハードルがどんどん上がっている。
等差数列じゃなくて、等比数列なみにレベルが上がっている。
「あれれ? 羽黒准尉ー。ギブかい? ギブアップ?」
うわー、楽しそうだ。
彼女の至福のひと時みたいになっている。
私にとっては、ひと時どころじゃない。
まだ話して20分ぐらいしかたっていないだろうが、もう一晩中徹夜で話を聞かされた、いじられたように私はひどく消耗していた。
干からびてしまいそう。
この人、Sなんだな……。
個人の特性、個性は尊重するけど、私をいじめるのは止めて……。
「はい! 羽黒准尉失格! 次行こうか」
今のは、何の試験だったのか。そもそも試験だったのか質問をしたいところだったが、それをするとまたしばらく私がいじられることになりそうだったので抑えておいた。
「少将、少々真剣に前進なされた方がいいのでは?」
ナイス! 天童大佐!
「はい? 大佐殿ー。何をくだらないダジャレ言っているんですかー? ここは戦場ですよ。今の状況わかっていますか?」
天童大佐のファインプレーは見事にかわされたのだった。
でも、本当に今の状況わかっていなさそうな人は少将殿だよな……。
私はてっきり彼女はツンデレなのかと思ったが、そうでもないらしい。
嫌味連発の悪女であった。
デレの要素が何一つとしてない。
早く駐屯地に到着しないだろうか。
相変わらず、少将は元気で次に誰をいじろうかと迷っていた。
とその時だった。
音がした。
音――本来なら喜べない音。
例えるなら花火がパッと開く前になる「ヒュルヒュルヒュル」という音だ。
爆弾が、我々めがけて落ちてきたのだ。
まあ、こんなに大きな機体をしていれば狙われない方がよっぽどおかしい。
言ってしまえば、絶好の的だ。
狙わない手はない。
その爆弾は、とくに障害物にあたることもなく私たちのすぐそばまで順調に落下してきていた。
これは、もう逃げようがない。
直感でそう思った。
私だけではないはずだ。
直感で、根拠があるわけでもないけれど何となくわかってしまう。
ここで重要になるのは、「わかる」のではなく「わかってしまう」のだ。
この理由はお分かりかな?
それは、大抵直感でわかってしまうことはいいことではないからだ。
ついに、上空で爆発音がした。
あえて、ここで文字にしておこう。
ドーン
と鳴ったのだった。
ん?
おかしい。
誰もあの爆弾を打ち落とす態勢にはなっていなかった。
反射的に閉じていた目をゆっくりと開く。
「なんだね、みなさん。そんなに驚いて」
私たちの目に飛び込んできたのは、紫苑を中心にできた半球型のシールド、バリアだった。
色は、透き通った水色。
空色とでも言っておこうか。
模様は……無いようだ。
爆発の衝撃で砕け散ったのは爆弾自身であって、ほかに全く異常は見られなかった。
まったくの正常だった。
すごい……。
ここで注意を申し上げるが、この人がすごいといっているわけではなく、この機体が素晴らしいといっているのだ。
あ、でも、すぐにシールドを発動させた反射神経みたいなものは素晴らしいといえるだろう。
認めたくはないが。
その後、様々なことはあったものの無事駐屯地に到着した私たちだった。
その頃には、すでに太陽は西の空に沈んでいて、月が地面を照らしていた。
先ほど、無事についたといったが、駐屯地のほうが無事ではなかった。
負傷した兵士であふれていたのだ。
あたりに、傷口や死体が腐敗した匂いが充満していた。
プンプンしていた。
小中学校のような校舎には入りきれず、外にまで負傷者が列をなして横になっていた。
この光景は、死体の山を見るよりもきつかった。
なぜなら、死体はうめき声を上げず、ただただ物体として肉の塊として無残な姿になりながらも静かにしているからだ。
しかし、負傷者は違う。
苦しみの声を上げるし、ため息もつく。
空気に色があるとしたら、この辺りは黒一色だろう。
死を待つ人がほとんどだ。
この状況で、物資を補充しに来たなんて口が裂けても言えない。
というか、桐生少将。
あんたは紫苑から降りて自分で歩けよ。
どうすることもできず、突っ立ている私たちを見た看護担当の兵士がこちらにやってきた。
顔色がひどくて、外面的には異常が無いようだが精神的には病にかかっているのではないかという印象を受けた。
これだけの人の負の、マイナスのオーラに触れていればこうなることは目に見えていただろう。
「あなた方は……」
弱々しい口調で言ったその兵士は、桐生少将を見るとふらふらしている自分の身体を精一杯張って、敬礼をしたのだった。
「桐生少将殿、失礼いたしました。申し遅れました。私は、ここで看護兵として働いております足尾加々美少尉であります!」
おいあんた!
私以外、あんたよりみんな階級上だよ!!
と突っ込みたくなったが、突っ込むと足尾少尉が倒れてしまいそうだったのでやめておいた。
当の少将なんて、相変わらず紫苑の上で退屈そうにしているのだった。
そういえば、足尾加々美ってこの人女の人だったのか。
痩せていて、男か女か見当がつかないい。
「少将殿、大変申し訳ございません。ただいまこのような状況ですので、食料が不足しております。ですので……」
「ああ、察しておる。銃弾だけでも補充したいのだが」
「ええ、銃弾でしたら裏の倉庫に入ってあったかと思います」
少将は、そうかと頷いただけだった。
「それでは、急いでおりますので失礼いたします」
足尾少尉は行ってしまった。
「では、少将。倉庫に向かいましょうか」
私は、倉庫があるであろう場所に向け体を傾けたが誰も動く気配がなかったので動作を止めた。
「あの……何か」
皆の反応はなかった。
そして、ようやく私は気が付いたのだった。
負傷兵たちの視線に。
刺さるような痛い視線に。
しばらくすると、ちらほらと声が飛んできた。
「おい、あんた。国家直属の人だろ。その紫苑そいつらしか使えないって聞いたぞ」
「ってことは、あんたら全員エリート様か」
「どうにかしてくれよ。この状況を」
「俺らの気持ちも知らないで」
「何とかいえよ」
「おいおい。なんも言えないのか」
もういいたい放題だった。
ストレスが、戦争が人を変えてしまったのだろう。
私には、その人たちが悪魔か何かにしか見えなくなってきた。
悪魔……よりもゾンビや亡霊といった方が適切かな。
終わりそうにない私たちへの罵倒にとうとう少将殿の堪忍袋の緒が切れた。
それこそ、ブチッと音が鳴っているのではないかと思った。
「おい!! いい加減にするのは貴様らだ! 聞いていれば、根も葉もないことばかり。何も言われなければ何をしてもいいということにはならないぞ。私だって、ここまで来るのに血のにじむような思いをした。命を削りながら、ここまでやっとたどり着いたのだ。いま、貴様らがこうなっているのは、誰でもない貴様ら自身の責任だ。自分の胸に手を当てて自分に問うて見よ。手を抜いたことはなかったのか。常に全力100パーセントだったのかとな。心当たりがあるものは、今すぐ前に出よ!」
重い言葉だった。
この人、演説もできてしまうのか……。
辺りは、信じられないほど静かだった。
無音。
ここまで静かだった時が今までにあっただろうか……。
その時だった。
奥の方で、挙手をしたものがいた。
そして、その者は大きな声でこう叫んだ。
「私だって、ここまで身を裂かれるような痛みを味わいながら、ここまでやってきました。しかし! 結果がこれです。これはどういうことか説明していただきたい」
と。
そう発言した兵士が掲げた手に左腕がなかった。
包帯でまかれた左腕の根元には血がにじんでいた。
怒り、憎しみ、悲しみ……様々な思いが入り混じった言葉だった。
それを受けて、少将は小さな声で語り始めた。
「私は先ほど、ああは言ったものの『努力』が必ず実を結ぶとは限らない。そいつは運という奴だ。貴様には、運がなかった。それだけだ。言いたいことはわかる。この世界は確かに不平等だ。生まれたときから、自分の道が限られていることがほとんどだ。かなわないことも、報われないことも多くあるだろう。それが、この世界というものだ」
しばらくの間の後、少将は締めの言葉として大きな声で叫んだ
「しかし! 諸君の心の片隅に置いておいてほしい。かなわない夢も、報われない努力もある。それでも、自分を高めるためにそれまで汗水流したことには違いない。それこそが、諸君らの最大の誇りであり、人生で最高の宝物であるということを!」
自然と兵士たちから、拍手が起こった。
私は、生まれてはじめて自然に拍手が起こる場面を見た気がした。




