番外編05 第三次世界大戦 其の五
話。
対話。
おかしい。
次話すのは、富良野中尉のはずなのに。
そうあってほしかったのに、今目の前にいるのは私を問答無用で蹴とばしたおっさん。
大佐であった。
今さらどんな話をするのだろうか。
話すことはない……はずなのだが。
「准尉。私が君と話をしたいのは、わかっているだろうが」
いや、まったく見当がついていない。
大丈夫だ。
安心してほしい。
わかっていない。
「土佐中佐のことだ。無論、君自身についても聞きたいことがある」
成る程。
中佐の話か。
「では、私が少し昔語りをしようか」
昔語り――昔話?
またか、などと思わないでほしい。
視点が変われば、物語は変化する。
正義の定義が変わるように。
「あれは、私が軍に入った頃だった」
そう言って、大佐がゆっくりと語り始め始めた。
昔語りを――。
私は、日本の役に立つ。
来る第三次世界大戦に備えて軍人になるのだ。
立派な軍人に。
仲間を守れるそんな軍人に。
私、天童は軍司令部に今向かっている。
理由は一つ。
軍に入隊させてもらい、国のために働くためだ。
私は、体格もいいし、自分では胆が据わっていると思っている。
だからこの道を選ぼうと決意したのだ。
様々な進路がある中で、これにしたのだ。
身体を張る軍にしたのだ。
ここか。
軍部への入り口。
東大の赤門のような感じだ。
色は違うが、雰囲気は似ているといっていい。
「あの、すみません。軍部に用事がありここに参りました」
受付の軍の人は、だるそうにしていた。
見ていなかったら鼻でもほじっているのではないか、と思うほどだ。
「あー、軍隊志望者? こちらの用紙に記入事項を書いてくださいー」
「了解しました」
こんなことを思ってはいけないだろうが、こう思わずにはいられなかった。
何だこの温度差は!!
私は、曲がった人、曲がったものが大嫌いだ!(物理的な曲がったではない)
人間は、真っ直ぐ清くあるべきだ!
と。
そんなことを考えてながら、ペンを動かしているとだんだん指先に力が入ってきた。
かすかだが、ペンがきしむ音がした。
いかん。
耐えないと。
我慢しないと。
辛抱、辛抱。
おさえておさえて……無理だっ。
「あんた! やる気あるのか! あくまでも、この門というのは軍部の顔だぞ! 顔!」
そんな発言と同時に、ペンがバキッと折れる音がした。
人間とは不思議なものだ。
いや、人間が不思議というよりも人間の「目」が不思議なのか。
このような状態になると、物事がスローモーション、コマ送りのように見える。
ペンに少しずつひびが入っていき、小さな破片から順番に飛んでいく。
黒曜石を打って作る打製石器のようなプラスチックの破片が宙を舞う。
小さな破片だおおむね飛びちると、ペンが真っ二つになる。
しかし、インクの入っているチューブは柔らかいので割れることなく90度に曲がる。
この光景が、受付のふざけた奴にも見えたのだろう。
それとも、私の大きな声に驚いたのだろうか。
彼は、目を大きく目を見開いていた。
そして、口から声にならない声が漏れていた。
例えるなら犬か何かが唸るような、喉を鳴らした音だろうか。
グルグル……といった感じだ。
それでも、私の怒りは収まらない。
火山の噴火の如く、私は顔を真っ赤にして今にも蒸気が出そうだろう。
きっとそう見える。
残念だな。この近くに鏡がなくて。
自分の目でも見たかった。
息をものすごい勢いで吸い込み、ありったけの声で叫ぼうとした。
その時、ポンと私は肩をたたかれた。
いや、たたかれたというよりも置かれた、という表現のほうが適切だろうか。
出鼻をくじかれた感じだ。
はっと振り返ると、私と同じくらいの年齢の青年がそこに立っていた。
「まあ、そう熱くならずに。ただでさえ暑いんだから」
誰だ、こいつ。
私の邪魔をしやがって。
「君は誰だ」
私は、棒読みのような抑揚のない声で言った。
この私の対応に驚いたようだったが、彼は落ち着いた声で、笑みまで作って自己紹介した。
「私かい? 私は、土佐是清。20歳。来る第三次大戦で活躍するためここまでやってきた。あなたは? まだあなたのことを私は知らない。教えてもらっていいかな?」
なんという好青年。
まとっているオーラが私と比べて全く違う。
冗談抜きで、まぶしい。
後光が見える気がした。
「私は……」
もう、自分が負けた気がした。
完敗。
言い訳のしようがない。
白旗降参だ。
「私は、天童正道。同じく20歳だ。志願理由もおおむね同じだ」
私は、できるだけ落ちつけた声で言った。
ジェントルマンのように、深みのある声を意識した。
「天童正道君というのか。君にぴったりの名前といえるね。どうぞよろしく。まだ戦争が始まるまで時間がありすぎるから、きっと同期は少ないよ。仲良く共に頑張ろう」
この人は、仏か何かか。
イエス様なのか。
「アーメン……」
「ん?」
しまった。
キリスト教でもないのに、思わずつぶやいてしまった。
!!!
しかも、これは外国の宗教じゃないか。
いつ戦争が始まるかわからないにしても、このようなことはあってはいけない。
「じゃあ、用紙に記入したら行こうか」
先ほど、私が壊したペンの破片を拾いながら優しい声で言うのだった。
この日、初めて土佐中佐と会ったのだった。
「そうだったんですね。大佐、若かりし頃はまっすぐで融通の利かない人だったんですね」
こんなふうに私が聞くと、天童大佐は少し顔を赤らめて
「あまりそこには触れないでほしい……」
などといった。
彼からすれば、「黒歴史」という奴だろう。
「もちろん、これで終わりではないですよね」
私は、ニヤニヤしながら言ってみた。
「ああ、もちろんだ。なんだ? そんなに私の昔話が好きなのか?」
おいおい、昔語りじゃなかったのかよ。
そんな感じで突っ込みを入れたかったが、そこはそっとしておくことにした。
訓練兵となって、半年が過ぎた。
季節も流れ、夏から冬になり、息を吐けば白くなる寒さになった。
寒くなったからといって、兵士はマフラーなどとしゃれたものは着用できない。
そのため、多くの者が外を歩くとき肩を上げ首を縮めるようになった。
これに効果が、歩かないか不確かではあるが私もこうして歩いていた。
戦争が始まる気配はない。
至って平和であった。
「なあ、天童。私たちは、無事訓練兵を卒業できるのだろうか」
「おいおい、何を弱気のことを言っているんだ、土佐。共に頑張ろうといってくれたのは、誰であろう君自身じゃないか」
私の言葉に土佐は困ったようだった。
「ああ、そうだったな」
私も強気なことを言っていたものの確かに不安ではあった。
はじめの1か月は、座学中心で、実戦のほうは筋肉トレーニング、いわゆる筋トレだけだった。
それが終わった後は、実戦中心。
団体行動や受身の取り方をやっていた。
というより、そればかり行っていた。
実弾練習はまだ5回しかしていない。
日本の弱さが露見しているような気がした。
資源の少なさ。
最大の弱点。
このままで、私はしっかりと戦場で活躍できるのだろうか。
そんな不安が心の隅に消えずに残っていた。
ついに、訓練兵から新兵になる日が来た。
会場は、軍の施設内にある大きなホール。
雰囲気は、学校の卒業式のようであった。
いや、入学式というべきだろうか。
なぜなら、軍に正式に入隊するのだから。
新兵は、オーケストラによる演奏をバックに入場する。
花道を通って。
「新兵候補生、入場!」
盛大な拍手で迎えられる。
忘れていたが、私たち訓練生はこの時点では新兵候補生と呼ばれる。
訓練生ではないが、新兵でもない。
というこで、新兵候補生だ。
元帥をはじめとするお偉いさん方の話が終わった後、いよいよ任命式が始まる。
賞状が一人ひとりに渡される。
無論、はじめの人と最後の人だけ全文読まれる。
私は「以下同じ」なんていわれて省略だな。
「新兵、任命」
司会の声がそう告げた。
「新兵候補生1番赤坂雷!」
「はい!」
まず初めの新兵候補生が壇上に上がっていく。
角はもちろん90度に曲がる。
元帥の前に立ち、一礼。
元帥が読み上げる。
「新兵任命賞。新兵候補生1番赤坂雷。貴官を新兵と任命し、同時に2等兵と任命する。興光16年2月15日。新日本軍元帥、本郷金定」
赤坂という新兵がその賞状を受け取り、一礼。
そして、壇上から降りる。
彼が下りるのを待たずに、次の候補生の名前が呼ばれる。
まだ、私の番には遠いな。
しっかりとしていなければいけないのに、睡魔が襲ってくる。
私の脳内では、睡魔という悪魔との戦いが繰り広げられていた。
「さぁ、安らかな世界においで」
悪魔の甘いささやき。
「いや、私は起きているんだ。寝るわけにはいかない」
「はっ。それはどうかな?」
悪魔の声。
「それは、どういう意味だ!」
「自分で考えてみたまえ」
悪魔の声が遠くなっていく。
「おい、待て!」
「ははは」
「待て! 話は終わっていないぞ!!」
「話が終わっていないのは、こちらだ!」
ん?
悪魔の声……。
「天童新兵候補生! 訓練生に戻りたいか!」
あ゛!
しまった。
私が寝ていたのか!
「は! 誠に申し訳ありません!」
「お前は、後回しだ。次っ!」
やってしまった。
「結局、私はグラウンドを走らせれることになったのだ」
大佐は、懐かしそうに言った。
「そうなんですね。それは構いませんが、まったく土佐中佐の話が出てこないじゃないですか」
大佐は、今気が付いたようだった。
「自分語りをしてどうするのですか?」
「そうだな。中佐は特に目立ったことはしなかった。しなかったが、まじめにコツコツと積み重ね、そして、私を支えてくれたのだ。実際、グラウンドを一緒に走ってくれたんだよ。あいつは。それから、無事私たちは兵士になり、それぞれの班に所属した。すまんな。うまく話せなくて、ただの昔話になってしまった。時間も時間だ。さて、持ち場に戻るとしよう」
結局、何をしたかったんだろうこの人は。
まあ、出会いの場面で中佐の昔からの人の良さが分かったからいいことにしよう。
確かに、時間がいい頃だ。
太陽の端が顔を見せ始めた。




