番外編02 第三次世界大戦 其の二
僕の目に映ったのは青年……。
青年……。
青年……。
少年でも少女でも美女でもなく、「青年」。
本来、こんなことを考えている場合ではないことはわかっているけれど、せめて美女であってほしかった。美女になら殺されてもいい。
むしろ、ウェルカムだ。
何だったら、こちらからお願いしたっていい。
でも、青年か……。
男に殺されてもな……。
紹介が遅れたが、一人称が「私」であるが、私は男だ。
私は「羽黒望」。
年齢は18歳。
本来なら、高校、大学と行くはずだったのだが、なんせ戦争が始まってしまったものだからこうして戦場に駆り出されている次第である。
こんなことをしていないで、家にこもって端末とご対面していたいところである。
同じ戦争でも、2次元はいい。痛くないから。
しかし! 3次元、現実は駄目だ。してはならない。
これを言うと、まるで私が「平和主義者」みたいになってしまうがそういうわけでもない。
この理由を簡単にご説明差し上げますとゲームで人を殺しまくっていたためである。
真の平和主義者なら、このようなことは天地がひっくり返ってもしないだろう。
学力に関しては……言わなければならないでしょうか?
それは置いておいて、ほかに紹介することはあっただろうか? いや、なかったかな?
「お取込み中失礼するけれど」
ん?
見知らぬ(聞き知らぬといった方がいいのだろうか)おっさんの声。
あっ、そうだった。
私は、殺されかけていたのだ。あの青年に。
青年に……。
「おい! 聞いているのか! 貴様の名前を聞いているのだ!」
うえっ。
蹴らなくてもいいじゃないか……。
しかも、腹を! 腹を!
ううう。
また転げる羽目になってしまった。
い、息ができない……。
苦しい……。
「さぁ、起きてこたえるんだ! 私の質問に!」
うるさいな……あんたのせいで転げているんだぞ。
「貴様は何者だ!」
このおっさん、質問の語尾も「!」なのか。
普通「?」だろ!
さらにこのおっさん、固さで言ったら「かため」「ふつう」「やわらかめ」のうち、絶対「かため」だよな。というより、それ通り越して、「かたい!」だよ、絶対、確実に。感嘆符付きで。(あれ? 「かたい」って硬いだっけ?)
くだらないことを考えながら、私は体を起こし、息をしてみる。
大丈夫、肺は無事のようだ。
もっとも、肺が無事でなければあの世逝きだが。
「最後にもう一度だけ聞く。お前は何者だ!」
うるさいな。
耳にタコができるとはこのことだろうか。
「私は……」
私は、声を振り絞って声を発する。
決して、このおっさんの勢いに負けてこのようになったのではない。
先ほど、この人に腹を思い切りけられたからだ。
「私は、日本軍所属羽黒望であります!」
精一杯だ。
これ以上要求されたら、ギブアップするしかない。
いっぱいいっぱいだ。
辺りが静寂で包まれる。
不思議と音がしていない。
あれ……?
私は、日本語を話していただろうか?
つまらないギャグを言ったあとみたいになっている。
精神的に息苦しい。
発狂したくなってくる。
時間がゆっくりゆっくり過ぎていくように感じる。
時計の秒針が聞こえてきそうだ。
「ほほう。日本軍だったか」
おいおい。
この軍服見てわかるだろう。
いや、わかってほしかった。
そうすれば、私も殴られることはなかっただろうに。
かわいそう、私。
「これはすまないことをした」
「大佐、恐れながら申し上げます。先の行為は、どの国の軍に対しても行ってはいけない行為では……」
そのように発言したのは、上から降ってきた青年だった。
いいところがあるじゃないか青年!
しかし、遅いよそれ言うの。
おっさん――大佐とやらは、咳ばらいをした。
「確かに。すまなかった。ところで、君ひとり?」
さっきまで、めちゃくちゃ怖い顔をしていたのに、いきなり優しい風を装ってくる。
やめてほしい。
「はい。私一人です」
「そうか、ご苦労であった。こちらも紹介が遅れたな。私は、天童正道大佐だ。こちらは、佐野花芽大尉。この班の副班長を務めている」
この青年、意外と階級が高かった。
すみません。
「で、奥で周りを見張っている二人。向かって右が、富良野美佐中尉で、向かって左が長野絆中尉だ」
へー、女性兵士が一人いるんだ。
富良野美佐。
顔が見えない。
後ろを向いているから仕方がないか。
「君、もう一度落ち着いて自己紹介してもらえるかい?」
あれでは足りなかったとおっしゃいますか、大佐殿。
仕方があるまい。
「はっ。私は、日本軍所属羽黒望准尉であります!」
今思ったけど、この中で私が一番階級が低いではないか!
「羽黒准尉か。よろしく頼む。ほかの者はいないといっていたが、誰の班だったのだ?」
大佐殿は、質問攻めを開始するのだった。
「はっ。土佐中佐の第七班であります!」
「土佐中佐というと、土佐是清中佐か」
おや?
この大佐殿はご存じなのか。
あの中佐、顔広かったのだろどうか?
「はい、そうであります。ご存じなのですか?」
大佐は、重苦しい息を吐いて口を開いた。
「ああ。私の同期だよ。よく酒を共に飲んだものだ。やつは、中佐はどうした」
私の口から言いたくはなかったが、嘘を言うわけにもいかないだろう。
「立派に戦死なされました……」
立派に……こんなの聞いてうれしいはずがないが、戦争中なのだ。
仕方がない。
しょうがない。
「そうか。立派に逝ったか」
回答に困ったが私は
「はい」
とだけ答えておいた。
しばらく、大佐は口を開かなかった。
口をつぐんでいた。
チャックでも閉めたかのように。
「誰が死んでもおかしくないこの戦場で、それがわかっていたとしてもやはり、仲のいいものが死ぬのは心が痛むな」
ようやく発した言葉はこれだった。
しんみりと、しかし、重みのある言葉だった。
「さて、いつまでもこうしてはおれん。羽黒准尉、今から私の班に入ってもらう。わが班と共に行動しよう。いいかね」
優しい語りかけだった。
心の奥深くまで刺さってくるような、そんな声のトーンだった。
「はい。よろしくお願いいたします」
私も、不思議とそのようなトーンで返事をした。
さびしくも、乾燥のしていないしっとりとした声、という印象だった。
「ほかの者も意義はないかね?」
大佐は、ほかの班員にも問いかける。
みな、声を上げることはなかったがゆっくりと、そして重みのある頷きを一回した。
私は、不思議と班員の皆さんに向かって浅いながらも軽く頭を下げていた。
この時、班員の皆さんと心が通じ合っている気がした。
目に見えるわけではないが、ぬくもりを感じたのだ。
それは、とても温かかった。
大佐のほうを見ると、彼は空を見上げていた。
ごつごつとした大佐の頬に輝く粒がゆっくりと流れていた。
大佐の目元を見ると、溢れんばかりに涙がたまっていた。
誰にも涙は見せまいという意思の表れなのだろう。
男たるもの人に涙は見せてはならない。
女ではないのだから。
そんな、武士の心を秘めた人間味のある人。
それが、天童大佐。
耐えようとしても、耐え切れなかったこの涙は、きっと、戦友への涙なのだろう。
戦友――土佐中佐への。
たしかに、土佐中佐もこのような人だった。
人間味があり、優しさあふれる、人を思いやれる人だった。
部下をいたわり、自分が人一倍働く、そんな人だった。
ぽたぽたと大粒の雨――涙が地面を濡らすのが分かった。
誰のかと思って、周りも見まわす。
しばらくして、自分の頬がぬれているのがわかった。
あっ、泣いているのは、涙を流しているのは私だったんだ。
中佐の死を悲しんでいたのは、大佐だけではなく、私もだったんだ。
中佐を慕っていたのは、大佐だけではなく、私もだったんだ。
中佐に感謝しているのは、大佐だけではなく、私もだったんだ。
私は、今日この時、初めて中佐の死を悲しみ、受け入れ、そして少し私自身のことを知ったのだった。




