2話:new game
「…最後に君の名前を教えてね!」
アバターの設定も大半が終わり、最後に残ったのはキャラクターネームのみとなった。
「ま、いつもと同じで良いか。」" mute"手慣れた手つきでアルファベット4文字を打つ少年の顔からは、迷いが感じられない。
ネーム。ネトゲにとって、個々のアバターを判別する手段は大きく分けて3つしかない。
一つ目は、装備とゲームによって有無はあるが、アバターの体格、顔と言った容姿だ。しかし、この容姿というカテゴリーでアバターを判別しようとした場合、他のアバターと被ってしまう可能性がある。
大体、アバターのキャラクターメイキングの時に出てくる各体のパーツの種類など、たかが知れている。しかもゲームによってはその選択肢さえなく、あらかじめ作られたアバター幾人かの内から一人を選択する場合もある。
まして、例え個性のあるキャラメイキングを売りにしているゲームでさえも、その選択肢は各部位においてはせいぜい5~10程度の選択肢しかない。顔が4パーツ、体が3パーツ、エクストラで2パーツ程有ったところで、アバターの個性としては多くて、10の9乗。つまり、十億しかない事になる。
これは、そのゲームのプレイヤー数が百万近くいる場合、千分の一の確率で自分と同じアバターが出てしまう事になる。そしてこれがもし、キャラメイキングを重視していないゲームになると、極端な話、そこら辺に自分と同じのが歩いている感覚になる。
しかし、それも時間の経過と共に無くなっていく。
何が起こるのか?その理由は、装備にある。MMORPGゲームの目的、ゴールは強いモンスターを狩ることにある。そのためには己の分身とも言えるアバターをひたすら強化していく必要がある。しかし、幾らレベル上げをしたところでアバター自身が持つ、潜在能力やプレイする側の上手さだけでは勝つ事は出来ない。
そこで特殊な効果やギミック、高い防御力や攻撃力を持つ装備が必要になってくるのだ。装備は役職やプレイヤー側の主観、素材を手に入れる為のクエストの難易度に影響され易い。だから装備の装着によって、ゲームの自由度が更に拡がる。
だがしかし、ここで重要な事を忘れてはいけない。ここで挙げた事は全て、リリースから暫く経った場合なのだ。
―――要するに、リリースしたてのこのゲームにおいて、さっきアバターを作り終えた感覚でいくと、自分のアバターは性別と名前でしか判別出来ない。
このゲームは女の子が沢山出てくる、いわば男性向けの萌えゲーム。何故、運営側が性別に選択肢を付けたのか不思議くらいに女性のプレイヤーなど皆無に等しい。
更に、このゲームの売りである、ザコモンスターまでもが美少女。というシステムにこだわり、容量を割いたためかアバターは、運営があらかじめ作った三種類から選択するようになっていた。
「これじゃあ、最初から俺TUEEEEとかなっても意味ねーな…」そう呟き、無造作にスタートボタンをクリックした。
だからネームは重要になってくる。文字と絵文字、記号を使うことにより、ユニークなアバター作りの可能性は大きくなり、自由度も更に広がるのだ。
そこで大切になるのは、自分の分身であるアバターにどれだけユニークな名前を付けれるか、というプレイヤー側のセンスだと思う。協力プレイ時やイベントのランキングで自分の事をアピールし、他のプレイヤーの記憶に残すためには、下ネタやリセマラの時に使っていた名前、誰もが知っていそうな単語よりも、ユニークかつ興味を惹かれるようなネームの方が好ましい。
―――だがしかーし。そんな名前を自分のアバターに付けるにあたり、問題がある。
―――めんどくせぇ。
まぁ、結局はこんな程度の事でしかないのだ。所詮はゲーム。自分の子供に名前を付けるわけでもない。
だったら初めから有るじゃないかオンリーワン。自分の名前、少し捻ればいいんじゃね?
こうしてユニークなアバターのネームが出来上がるという訳だ。ちなみに俺の“mute”という名前も自分の本名から取っている。
俺の名前は「湯上 悠人」。その苗字の一番最後の音“み”と、名前“ゆうと”を繋げて押し潰して、“みゅーと”。こんな具合だ。
最初は何気なく使っていたこの名前も幾つかのゲームで使っている内に、自然と愛着が出てきてしまい、今ではどのゲームもこのネームを使っている。
長いシステムダウンロードが終わり、画面が急に明るくなったかと思えば、ようやくチュートリアルが始まった。
進行役の可愛い女の子と共に、PC薄い画面の中に奥行きのある、賑やかな中世風の街並みが広がってゆく。
このゲームの設定上のストーリーを要約すると、
俺はある日突然、不思議な力によって異世界に転送させられた。そこでは、(どうやって増えているのか分からないが…)魔王の呪いとやらで女の子しか生きていけないような、過酷な環境となってしまったらしい。
「よーするに、繁殖の手伝いをすればいいのか?」
頭の中に浮かび上がるいかがわしい妄想を振り払い、再び画面に集中する。
ストーリーが全て読まれると、暫くして“!”のアイコンと共にイベントの発生が伝えられた。
「お、来ました!最初のイベント。ここで俺の隠された特殊能力が明らかになって…」
浮かれながら進行役の女の子に従い、賑わう商店街から外れる様にして延びる、細い脇道へとアバターを走らせていく。
「ザコに絡まれている可愛い女の子を助けて、運命の出会いをし、…」
脇道を抜けると、さきほどの商店街とはまるで別世界の様な路地裏に出る。
予想通り、そこには茶髪のボブカットで明らかにこの町に住む主婦の様な格好の女の子が、これまた可愛いmobであろうモンスターに絡まれていた。
俺のアバターが設定された見えない戦闘開始エリアに足を踏み入れると同時に、「battle start]の表示と共に最初のイベント、イベント名"モンスターとの戦闘"が開始された。
案内人である女の子が笑顔で「まずは攻撃をしてみよう!」と告げる。
「この可愛い女の子をチャチャッと助けて、一緒に旅して、色々ありながらも…」
噂通り、このゲームに登場するのはプレイヤーを覗き、すべてが女の子だった。───幸か不幸か、すべて女の子だった。
「最強の勇者を目指す旅がここから…始まる…の…か……」
それ以上、俺の口からバカバカしい言葉は出てこなかった。俺は画面に齧り付く様にして必死に自分の目に間違いが無いかを確認する。
このゲームでの俺の最初の敵であり、倒さなければゲームが始まらない。そんな運命とも言える女の子は、自分のコバルトブルーの長い髪をの風に預け、たなびかせながら、俺のことを透き通った群青色の目で睨んできた。
俺の虚しい初恋の相手は、画面の向こう側から、激しい怒りを宿した二つの大きな目で睨んでいた。
混乱が頭を埋めていき、いつの間にかマウスから離していた手は手汗で、じっとりと湿っていた。
アバターの操作を停止しても、一度始まってしまった戦闘は中止出来るはずなどなく、無防備な俺は次々と相手のmobモンスターからダメージを食らっていく。
「クソッ、これじゃダメだ。チュートリアルのお約束、一撃必殺が発動される。」
俺は今までの経験を生かし、全思考力を相手の攻撃を予測するために絞りきる。
「何してんだよ俺は!相手は唯のmobだこれはゲームなんだ。」 幾ら言い訳の言葉を見つけたところで回避は止まらなかった。
相手の一瞬の予備動作も見逃さずに、確実に次の攻撃を予測し、ひたすら避ける。
今までしようとしなかった自分の行動や考えには理由など無いに等しいと思う。
「どうすればいいんだ、どうすればこの戦闘を終わらせられる?…どうしても、こいつを殺すしか無いのかよっ!」
半分やけくそになりながらも、俺の手は決して止まらない。
多分、この戦闘でコイツを殺さず、終了させる方法は他だ一つ。自分が死に、このクエストをクリアせずにゲームを進めることだろう。
経験値や、装備、金等は惜しい気もするが、この際、そんな物はどうでも良い。俺はアイツを殺したくない!
でもそんな事、本当に出来るのだろうか?普通、チュートリアルはプレイヤーにゲームの説明をするため、必須な戦闘において、必ずプレイヤーが勝利するように設定されている。だから当然、プレイヤーが負けそうになると一撃必殺が有無を言わさず発動されるい。
そんな中で俺はコイツを殺さずに自滅する事が出来るのか? 頭の中をよぎるこういった不安を払いのけ、俺は画面を睨んだ。
「やったろーじゃないか!」
―――5分後。淡い群青色の光の爆散する演出と共に、mobのコボルトは呆気なく消滅していった。
呆然と画面を眺めながら俺はふと、あの夢のを思い出す。海中に光が差し込み、その光の織りなす、風に揺らぐカーテンの様な模様が今、目の前にあった。今度は海ではなく、商店街の静かな路地裏だった。
結局、俺は殺す事しか出来なかった。凄く怖かった。そして、とても苦しかった。
「やったね!」案内人の嬉しそうな顔と共に、クエストの成功を告げるウィンドウが報酬のリストと一緒に表示される。
俺が得たものといえば、僅かな金と、経験値とチュートリアルの終了、そして埋め難い後悔だけだ。
「ア、アアア、アアアアアアアァァァァ、何だよ畜生!どうすればいいだよ。彼奴殺して何かあったか?いいや、何にも無い。何にもなかったんだよ!!」何か熱いものが体の奥から込み上げてきて、喉の奥が焼けるように苦しい。
「口では散々カッコいい事言ってたくせに結果がこれかよ!ふざけんな!」怒り任せにキーボードを左手で思いっきり叩く。
俺は無力だった。自分の経験を過信して何処か調子に乗っていた。そして何より、そんな自分を許せなく、そして彼女を救えなかった事が一番悔しかった。
「責めろよ。誰か俺を責めてくれよ!」 掠れた声は、誰もいない六畳間の部屋に響き、やがて余韻を残しつつ静かに消えた。
「こんなんだったらやめてやる。」そう思い、PCの画面を睨む。
もう一度画面を睨みつけると、画面は先程とは全く違い、ピンク一色のページをバックに、文字が二行程度、表示されていた。
「こんな画面、あったか?」そう思いつつ、画面中央の表記に目を向けると、そこには「只今、サーバーが大変混み合っています。ご迷惑をお掛けしますが、一度、トップ画面へと戻ってください。」という、運営からのメッセージが書かれていた。
「ハッ、ハハ、ハハハハ」
胸の奥から僅かだが何か湧き上がってくるのを感じる。心臓がその鼓動を速めていく。震える手でマウスをしっかりと握り、画面右上のリロードボタンをクリックして“LC”のトップ画面へと戻る。
「もしかしたら…もしかすると…」興奮が抑えきれず、どんどん心拍数が上がっていく。自分が何を期待し、何が望みなのかは分かっている。
だからそこに自分の卑怯さと僅かな希望を乗せて、ゆっくりと俺は“LC”トップ画面上の「game start」を押した。
2話ですね。。
相変わらずな話の流れの遅さでで済みません。一応、この話でメインのヒロイン初登場です。
3話でいよいよ、主人公の冒険の始まりですね…一応、その予定でいます。




