Prologue
「会話文」
地の文
「会話文」
基本的にはこのように表記されています。
「くっ!」
思いのほかダメージが大きかったらしい。
何度か右の脇腹に激痛が走る……
「いたぞ!こっちだっ!」
俺を発見した警備員は警棒を取り出し、俺に向かって攻撃を仕掛けてくる。
「邪魔だっ!」
「なにっ!?」
相手が攻撃したときの一瞬の隙を突き、懐に飛び込み拳で一閃。
「ぐほぉっ!」
気絶してあっけなく倒れこむガーディアンの隊員。
「このままじゃ埒がっ――」
「こっちの方から声がしたぞ!」
離れたところからこちらに向かって、数人が走ってくる音がした。
「クソッ!流石に複数人はやばいぞっ」
先程から脇腹に当てている手は赤く染まっている。
自分の力を過信してこのザマだ。
こうも一方的な展開になってしまっては、自分の計画の甘さを責めずにはいられなかった。
例えるなら、Lv1の勇者が魔物の巣に行くようなものか。
「奴は既に虫の息だ。 脇腹に銃弾を二発も打ち込まれて無事なわけがないだろう」
「しかし、顔は確認できていないため、ここで逃がせば捕らえることは難しくなる。各員、必ず捕獲せよ!」
「はっ!」
近くを捜索していた警備員の声が聞こえた。
「ということは、ここで逃げ切れば、まだチャンスがあるということか?」
罠の可能性もあるが、この際、顔を見られていない前提で動いた方が逃げ切れる確率が高いと思った。
だとしたら、これ以上の深入りは止め、ここは逃げるのが得策だろう。
俺は作戦を変更することにした。
「まず、逃げることだけを考えよう」
口に出して思考を整理すると、この辺りの地図を頭に浮かべた。
「ここから町から離れるように逃げれば川があったよな……」
この傷で川に入ればどうなるのかは容易に想像できる。
「でも、ここで捕まればすべてが終わる」
自分のやろうとしていたことを考えると極刑は免れないだろう。
そうなると、ここは覚悟を決めて賭けに出るしかないな。
「そうと決まれば、早く行動しよう」
と立ち上がった瞬間。
パキッ――
足元に落ちている木の枝を踏んだ。
そしてライトがこちらに向けられ――
「いたぞっ!」
クソッ! 見つかったか!
「こんなときにっ――!」
傷口を押さえながら再び走り出す。
「ぐっ!」
出血している量が多いのか既に上着の下腹部ほぼ全体が赤く滲んでいた
「待てっ! お前に既に逃げ道はない! おとなしく投降しろっ!」
そんなことを言われて止まる奴がどこにいる。
静止の声を無視し、そのまま頭の中の地図を頼りに森の奥へ逃げた。
「これは……」
迂闊だった。
たしかに川は目の前にある。
だがしかし、それは50メートルほど下のところにだ。
「焦りで崖のことが抜けてたか……」
振り返って後ろを確認するが、幸い追手はいないようだ。
「よし、これなら迂回できるな」
ここから飛び込んでしまう手もあるが、この怪我の具合を考慮すればそれは避けるべきだ。
そして迂回しようと動き出そうと瞬間だった。
「そのまま動かないで、動いたらこの引き金を引くわ」
その女性の声に反応した時には既に、後頭部に拳銃らしきものを押し当てられていた。
「まさか、音も気配もなく寄ってくるとは……」
俺は何も持っていないことを示すために両手を上げた。
「私はこの島のガーディアンよ。 その程度のこと日頃から訓練しているわ」
ガーディアン。 つまりこの島の兵隊のような方たちで見ての通り、実力は折り紙付きだ。
そして、この女ガーディアンから感じ取られる威圧感から今までのガーディアンの隊員たちとは格が違うと感じた。
「……どうしてここに俺が来ると思ったんですか?」
ここに来ると分かっているか、追跡でもされていない限りこんな森の奥を捜索するはずがない。
追跡についてはここに向かう間、誰かに追われている気配は感じ取られなかったので可能性として除外しても差し支えないだろう。
となると、ここに来ることが予め分かっていたことになる。
「……まあ、いいわ。 その傷ではここから飛び降りることは不可能でしょうし、どうせ捕まるのだから教えてあげるわ」
「おお、そりれは有り難いです。 是非とも今後の参考にさせてもらいます」
「そんな皮肉を言えるのもこれで最期ね」
さすがというべきか、自分の感情をコントロールするのにも慣れているな。
そして、女は淡々と説明を始める。
「まず、顔を確認できていないという情報、あれは本当よ」
「そうなんですか……」
その言葉を聞いて、ひとまず安心した。
……窮地ということには変わりないが。
「でも、一つ罠を仕掛けておいたの」
「罠?」
「ええ、そうよ」
顔が確認できていないのならば、あの話の一体どこが罠だというんだ?
それらしい内容は無か――
「なるほど、そういうことか……」
まんまと嵌められた、ということか。
「気付いたかしら?そうよ、罠は話の内容にあるのではなく情報の伝達方法の方にあるのよ」
まさか、あの短時間でそこまでの罠を仕込まれているとは思わなかった。
「ははは、たしかにあんな大きい声で犯人に聞かれたら面倒になる情報を言うはずがないですよね」
「ご名答、流石というべきね。ここまで逃げてきただけのことはあるということね」
「いやいや、褒めても何も出ないですよ?」
「別に褒めたつもりはないわ。 ただ今後の対策を考える上で参考になるから感謝の意を込めて言った言葉よ」
だとしたら、かなり性質の悪い感謝の表現のしかただな……
もっと素直にありがとうと言えばいいのに……なんて思うのは俺だけだろうか。
「でも、それだけで本当に犯人がここに来ることが分かったんですか? もしかしたらここを知らない奴が犯人だったかもしれませんよ?」
「それは絶対にないわ」
即答だった。
「あの建物には隠し監視カメラがあるのよ? あの場所を知らない人なら、カメラに気付かずそのまま顔を撮影されて終了よ」
「でも、今回は違った。 カメラにはあなたの姿が一切映っていなかった。 ということは犯人はカメラの位置を把握しているということ」
「そして、カメラの位置を把握している事実から、あの学園に関わったことがある人間ということになるわ。 そんな人間がこの森のことを知らないはずがないわ」
「……たしかにそれは言えてますね」
口ではそう言うが、そんなことは初めて知った。
俺はこっちに来てから裏の世界に身を潜め、そこからの情報などを使って潜入したに過ぎない。
故に学園には関わったことが無いので詳しくは知らないがそこではそういう情報を教えているのか……
「これで満足かしら?」
どうやら、今ので説明が全て終わったらしい。
「ありがとうございます。 でも悪いんですがちゃっちゃと捕まえてくれませんか? いい加減、血の流しすぎで意識が飛びそうなんで」
「ふふ、まだ元気そうじゃない」
そういって拳銃を構えながら、空いているもう片方の手で俺の両手を縄で縛り終えたところで、女が唐突に声を掛けてきた。
「……私からも質問してもいいかしら?」
「まあ、構いませんよ」
たしかに流血は酷いが、先程のジョークの様に今すぐ意識が飛んでしまう程ではない。
「あなた、どうしてあそこに侵入したの? 今まで多くの侵入者を見てきたけど、あなたの様な侵入者は初めてだわ」
「……というと?」
「あなた、まるで何かに執着しているように見えるわ」
本当に鋭い女だな。
「その目は確かです。 俺はあることに執着していますから」
「そう……」
敵と話しているとはいえ、重い空気は苦手だ……
ここはいっそ話題を変えてしまうか。
「あー、ガーディアンさん。 俺からもう二つだけ質問いいですか?」
「いいわよ。 何かしら?」
お、乗ってきてくれたか。
「先程、顔が確認できていないとのことでしたがそれならどうして今、ここで俺の顔を確認しないんですか?」
これはさっきからずっと気になっていた。
普通、犯人がどういう顔をしているのか、一番に気になるものじゃないのか?
「それは、私があなたの顔を確認する動作によって、あなたがその隙を突いて逃げないようにするためよ」
「それに顔なら捕まった後に事件の資料の一環として送られてくるわ」
なるほど、そういうことか。
「まあ、俺にとっては好都合なんですけどね」
「……それはどういうことかしら?」
その声から、女が警戒し始めたことはすぐに分かった。
「まあ、後で答えます。 それよりもまずは俺の質問に答えてください」
「……わかったわ」
しかし、警戒を解いた様子はない。
「二つ目、もし、縛ったと思っていたこの両手が実は縛れていなかったらどうしますか?」
女ガーディアン「え……?」
そうして両手を上げたまま縄を解いて見せた。
「なっ!? いつの間にっ!」
「古典的なマジックの技のうちの一つですよ」
そう言って俺は眼前の崖から飛び降りた。
「正気なのっ!?」
後ろからそんな声が聞こえた。
しかし、あの場ではこれに賭けるしか良い方法が浮かばなかったので致し方ない。
そして着水寸前に体制をとった。
盛大な音と水しぶきの中、俺の身体は水の中に消えた――
「まさか、ここから飛び降りるなんて……」
誤算だった。
いや、私が奴の考えに及ばなかっただけだ。
「まんまとしてやられたと言うことね」
でも、不思議なことに敗北感がない。
それどころか、勝てるわけがないと感じた自分がいる。
「本当に不思議な人だったわ」
奴は追い詰められていたというのに、一瞬の焦りも私に感じさせなかった。
むしろ、余裕そうな表情をしていた。
「あの時と一緒ね」
私が自分の過去を思い出していると、
「こっちだ!」
向こうから一人の部下をはじめ、複数人の隊員がこちらに走ってくる。
「お疲れさま、今日の捜索は打ち切りよ」
こちらに話を伺いに来た一人の部下にそう告げる。
「遅れて申し訳ありません、秋庭隊長。 お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫よ。 それより隊員の被害の報告をお願いしてもいいかしら」
「はっ! 現在確認できている隊員の被害状況は副隊長を含め、重傷者8名。いずれも急所を攻撃され、複雑骨折をしている模様っ!」
「そう……分かったわ。 報告ありがとう。 にしても随分とやられたわ」
まさか、副隊長までやられるほどの実力の持ち主だなんて思ってもいなかった。
「すいません。 相手が我らの上をいく戦闘力の持ち主で歯が立ちませんでした……」
隊員が悔しそうな顔をする。
「いえ、彼に重傷を負わせたのは確実よ。 ましてや、あの傷でこの川に飛び込んだのだから無事では済まないでしょうね……」
しかも加えてこの高さから飛び込んだのだからまず死んでいると考えてもいい。
「では、明日以降は死体の捜索ということでよろしいですか、隊長」
「ええ、問題ないわ。 でも流れが速い中流付近は探さなくていいわ。流れの緩やかな下流を探しましょう」
「了解しました! では隊員たちにそのように伝えてまいります!」
「ありがとう。 その報告が終わり次第、今日は解散していいわ」
それをその隊員に言うと他の隊員に伝えるために、駆け足で向こうに去っていった
「始末書が大変だわ……」
何せ、顔が確認できる状態にあって確認していないのだから、犯人を特定しようにもできないという事態になるのだ。
「はぁ……今回は完全に裏目に出たわ……」
これからのことを憂鬱に感じながらその場を後にした。
「本格的にやばいか……」
無事、川から這い上がり近くの木にもたれ掛かったのはいいが、何せ血を流しすぎた。
もう、この場を動くほどの力も残っていないようだ。
「まさか、こんな死に方をするなんて思ってなかったな……」
アクション映画のようなカッコいい死に方とは程遠いな。
この死に方はむしろモブキャラに近いんじゃないか?
「ははは、俺は結局、何もできずにあの世行きか……」
ああ、ヤバい。眠くなってきた……
視界がぼやけ始める。
「これが死か……」
そのことに抗うことなく死を受け入れ、なるがままに身を委ねていると、
「ちょっと、大丈夫ッ!? 凄い血じゃないカ!」
何だよ……もう眠いんだから放っておいてくれよ……
「今助けるからしっかりしてっ! 目を開けて! 死んじゃダメダッ!」
そうして次第に目の前が暗くなり、遂には完全に闇の中に落ちていった。
「オイッ! しっかりするんダッ! 死ぬナーッ!!」