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152.カダストロフへ

 オレたちを乗せた魔化コッコーたちは、静寂に満ちた夜の砂漠地帯を軽快に爆走していく。


 進行を遮るものは何一つ無い。そんな順調な夜の砂漠の行進だ。


 前を駆るイルマの乗った魔化コッコーが跳ね上げた砂の粉塵に目を細める。超大型鶏の上で、頭の上のナノと同じくオレにも睡魔の手が忍び寄ってきていた。



 気を利かせて、砂漠に巣くう魔物を遥か先まで掃討してしまったらしいや。本当にラヴィーア様々だと思う。

 障害らしい障害は何一つない。贈り物をしたコルテに、「ドレス一つで利はでかかったな」とほくそ笑んだイルマ。それを見た女性陣は、女心を理解していないと首を振っていた。



 広大な砂漠を大きくジグザグに進み、所々停止しては、地中観測魔道具『ノードラバース』を砂の海へと埋め込みながらひたすらカダストロフを目指して移動した。


 思うに礼竜の祠があるハックバール遺跡なら魔物避けの封印が効いているし、獣人たちが移り住むとしたなら新生活を始め易い環境だろうな。ただし遺跡にはラヴィーアとカルクスというおまけも付いてくるけど。



 魔化コッコーたちもハックバール遺跡の湖で長い休養が出来て元気だ。道中で無理させてしまったから、リフレッシュした今は砂地を蹴る足音からもその快調さが伝わってくる。



 背筋や腕の筋肉を解しつつ上機嫌でコルテが尋ねる。


「イルマ、この速度ならもうすぐ砂漠地帯抜けられるんじゃない?」

「そうだな。まさか一夜でとはな。気味悪い程に順調だ」

「やるな。さすがクソ鳥だぜ」


 この日三つ目の『ノードラバース』を地中に落とし、地図を広げたイルマを全員で囲んでいた。

 ハックバール遺跡に着くまでが、特に夜は敵との遭遇率が相当高かった。なのにラヴィーアは広域に何らかの魔法か結界でも施したかのように不気味なくらい敵のての字も出てこない。


 コルテはまだ大人形態の長身スレンダーボディのままでいる。フリフリと腰を振り下半身もストレッチを始めた。エルフらしい尖った耳は索敵にも向いているのだろうか。


「警戒はしてるけどこう何も無ければ気が緩んじゃうわね」

「まぁな」

「しかし、カダストロフは既に目と鼻の先。心して進むぞ」


 地図を仕舞い魔化コッコーにひらりと跨がったイルマ。離れて砂の上におしっこしていたオレも、舟を漕ぐナノの魔化コッコーにジャンプした。


「あいよー」

「ナノちゃん。出発するわよ」

〔起きろナノ。出発!〕

「ん……」




 やがて夜が明け始め辺りが白んできた。


 そして足元の砂地の厚みが段々と減って来た頃、不意に、何かを突き抜けたような感覚を捉えた。

 そのことにイルマもコルテも誰も特に反応していないらしい。そのまま進んでいく。

 


 そうしてしばらく走っていくと、地面に赤茶けた岩肌が見える場所に到達した。


「……カダストロフ地域に入っている。全員気を引き締めろ」

「了解!」

「やっぱりね」

「分かった!」

 

 昨日寝不足だったらしいナノは、前に座ったオレに引っ付いて仮眠を取り元気いっぱいの様子だ。


 警戒しながら一旦小休憩を挟み、さらにカダストロフを北へ向け走る。


「む……!」

「どうした、敵か?」


 先頭を走るイルマが腕を後ろに示し、止まれの合図を送る。


 やや右手側に迂回してその場を過ぎていく。左手の離れた場所に数匹のイタチが不安そうに固まっているのが見えた。敵というより、捕まえて食べるのに適していそうな動物に思えた。野宿時に適していそうな貴重なタンパク源だ。

 立ち去り逃げた方がいいか、こちらを窺っている姿を見るとつい追いかけ回したくなってしまう。そんな風貌をしていた。



「今のを獲物にしてるヤツがいそうだな」

「そうね」


 ロックウィーゼルというらしい。後ろを走るガンクとコルテの会話を拾いながらイルマの姿を追う。


 コケーッ!


「デスクロー、大鷹三羽だ。大したことないが、一応爪には注意!」

「ほいさ」


 空を舞う大型の鷹だ。言いながらイルマが矢を次々と射っていく。一羽が急滑降して襲って来たので魔化コッコーがビックリしてしまったようだ。ガンクが切り払い、危なげなくそのまま進んでいく。



 しばらく走り、景色は砂地から完全に赤茶けた岩石地帯へと移り変わった。所々にサボテンや草が生えている。


 その後もトレントや虎などの半魔獣に大きめの蛇と遭遇したり、『ノードラバース』を埋め込み観測を問題無く達成したりと、警戒はするものの特にオレの出番も無く無難に進行していった。



 物足りない……。久しぶりに暴れたいのにな。


 同じようなことを考えているのはオレだけじゃなさそうで、ガンクも礼竜から貰った左腕の力を早く実践で試したいらしく、先程からうずうずしているようだ。



 ハックバール砂漠に比べたら格段に気候は良く、日中は猛暑になるけど周囲に植物がかろうじて発生する程度に乾燥は酷いものじゃない。ここまで魔物も野生動物が多少の魔物化した程度で苦にならない相手ばかりだ。


 だから、話に聞いていたよりそんなに大したことないな、とそう勘繰ってしまいたくなる。


「む、……止まれ」

「どうしたの?」

「敵か?」


 辺りはちらほら岩山がある岩石地帯だ。前方にはより大きな山のような岩の塊が幾つも連なっている。隠れやすく逃げやすい、こちらからしたら襲われやすい。そんな嫌な場所だ。


 囲まれてるな……。


 見えたのは狼が数頭、いや、隠れてるな、もっといる。


「ウォードグにウォーウルフだな。数が多い」

「昔から戦争で兵隊代わりに投入される殺戮犬よ。どうやら野生化してるみたいね」


 コルテが顔をしかめながら呟いた。野生化して醜悪な見た目になった犬と狼たちは、大昔に戦争で使われてから何世代に渡ってこの地で生き残ってきたわけだな。


 イルマが指示を出す。


「ガンクとランドは後方を。前方には数はほとんどいない様だ。

 ナノは魔法準備、コルテは援助と魔化コッコーを頼む。俺も弓で援護する。

 ウォーウルフは単体はそれ程強くはない」

「……結局いつも通りだな。ランド、いけ!」

〔はーい!〕


 曇ったガンクの顔を暫く見やり、イルマはその表情を慮りながら口を開く。


「何か不満か?」

「いや何も」


 つっけんどんに応えるガンクにやや疑念を覚えながら、息を吐き不穏な憶測を捨て去ったらしい。


「そうか。

 手頃な相手だ。数もいる。今のうちに左腕の感触を掴んでおくか?」

「ああ!」



 久しぶりの戦闘だ。ワクワクする。

 オレは返事をするや否や、ナノの魔化コッコーから飛び降りて一番近いウォードグの塊に向かって駆け出した。


 目当ての五匹との距離がぐんぐん迫る。威嚇の唸り声から、牙を剥き出し飛び掛かって来た二匹を避けると、空中で伸ばした前足のねこ爪で引き裂いた。


 魔力を流し身体を大きくして、避けて、岩を蹴り爪で斬り付ける。この繰り返しだ。


 群れで狩りをする習性があるんだろう、最前列が牽制役で背後や隠れている奴が仕留め役らしい。残念だろうけど、何もかも無意味なくらいに薙ぎ払い切り刻んでいく。


 楽しい!

 それに、スカッとする。


 単純かつ程よい戦闘に闘争本能を刺激され、アドレナリンみたいな物質が脳内にでも流れ出たみたいだ。楽しくて躍動感が増してくるのが自分でも分かる。

 不衛生な姿をしているからと、視界の中で飛び散る血肉をなるべく躱しながら一匹、もう一匹と蹂躙していく。


 やがて。

 気が付いたら、魔力で伸ばした爪だけでオレの周りにいたウォードグとウォーウルフは全滅していた。



 夢中になっちゃった。


 自分の方は手薄になったから、気になった仲間の方へ視線を投げると全員余裕の状況だった。そのほとんどをガンクが斬り伏せたようだ。


 もう終わりかけだな。


「あ、終わりだね。アタシの出番ないじゃーん」

「次にとっておけ。

 ご苦労だな、ガンク。調子はどうだ?」


 ナノが集中させていた魔力を引っ込めた。久々の戦闘だからと大きな魔法でも使うつもりだったらしい。


 最後の一匹の止めを差し、剣の血糊を落としてガンクが応えた。


「前より好調だ。

 けど、まだ何とも言えねぇかな。相手が弱過ぎる。剣の切れ味が前より良くなった気はするけどよ」

「己の腕のことだ、早々に見極めておいた方がいいぞ」


 ガンクの言葉の内容よりイルマはガンクの表情や素振りに気を留めているようだ。


 どうしたんだろうな。

 みんなの元へ駆け寄っていく。


 果てた敵の死骸に注目すると、ほとんどが一太刀で仕留められていた。凄い。でも数からすると、数匹は逃げ帰ったらしい。



 ガンクは以前より内包する魔力が数段増している。いや跳ね上がっていると言ってもいい程だ。礼竜から力を得た左腕を起点として全身にバランスよく魔力が廻っているように感じられる。

 端から見ると、魔力的に低出力のエンジンを積んでいたガンクの身体に、高出力のエンジンをドッキングさせたみたいな感覚だろうか。アンバランスだけど以前より遥かに高循環しているように感じられるのだ。


 その効果は覿面で、身体強化になって筋力もスピードも耐久力も回復力だって段違いになるし、魔力が向上したらガンクの必殺技にもより強い威力を乗せて放つことが出来る。良いこと尽くめなのだ。

 ただし、今はまだその力を持て余してる感は否めない。

 


 暫しガンクに視線を置いていたイルマが弾かれたように上を向く。くまなく空を見渡した。


「上空注意、二体来る。

 ……おそらくワイバーンだ」

「よっしゃあ。一匹俺にやらしてくれ」

「何?」


 索敵するため顔を上げていたイルマがガンクの言葉に反応して視線を投げる。


「無茶だ! 死ぬぞ。自惚れるな」

「なんか行けそうな気がするんだよ。

 いいだろ? イルマだって見極め必要だって言ったじゃねーか」

「ワイバーンはウォーウルフのように易しくはない!」


 掴み掛かろうとしたイルマの手を躱して魔化コッコーから降りたガンクが、「分かってら」と叫ぶと、単独で駆け出した。


 その姿を歯痒く見やるイルマ。その最中にも敵の姿が目視で確認出来る距離に迫ってきていた。



 ワイバーンの表皮はびっしりと赤い鱗で覆われているようだ。空を悠然と舞う姿は空の支配者だと感じさせるに十分過ぎる程の威圧感を放っている。見ているだけでも、ピリピリとした圧迫感を離れた距離でも与えさせられた。

 鋭い爪が生えた両翼を大きく動かし、頑強な全身を尾の先端までしならせ飛行している姿からも鱗の中身は筋肉質で柔軟な動きをするだろうことがわかる。


 以前に砂ぶくれの洞窟のクレーターで見た筋骨隆々のワイバーンとはまた違う体付きらしく、額の後方から尾の先まで背鰭なのか鋭利で凶悪なトゲトゲが並んでいる。二足立ちを支える野太い足にも凶悪な爪が陽光を受けて光った。

 さらにこちらに近付くに連れ薄らと表面に輝きが見てとれた。魔力的な保護が掛かっているのかもしれない。距離はもう間近だ。



「赤い翼竜……あれはレッドワイバーンよ。危険だわ、固まっていたら不味いわ」

「ならブレス持ちか、チィッ! そうだな」


 言いながらコルテは離れ、「ウンディーネよ……」と聖霊を呼び出した。

 コルテの前に出現した流水を纏った薄着の美女が、何故かしかめ面になりながら三又の矛を地面を叩く。

 コルテに召喚された水の聖霊ウンディーネは、どうやら暑い場所にしかも少ない魔力と略式の詠唱で強引に呼び出されたことに辟易としているようだ。それでも一人離れてしまったガンク以外に足元から水流が纏わり付き、耐熱の水属性の加護が掛かったようだ。


「助かる」

「後は頼んだわ。魔化コッコーたちはあたしが引き受けるから」


 イルマに応えるとコルテは自分ごと魔化コッコーに隠匿魔法をかけ、一目散に走り去っ行ってしまった。



 ギュラアァァァァァァァァァ!


 二体いたレッドワイバーンのうちの一体はオレたちを獲物に定めたらしい。吠えながら滑空してきた。空から地上全体に響き渡るような咆哮に身体が一瞬硬直してしまう。


「クッ!

 ナノもランドも、レッドワイバーンにはファイアブレスがある。気を付けろ!」

「わ、分かった。

 次は魔法ぶっ放すんだから!」

〔分かったぞ!〕


 レッドワイバーンが翼を畳み、近場の岩山に着地した。

 けたたましい地響きとともに、あまりの巨体の重みに足元が崩壊していく。真上からごろごろと崩れた岩が転がり落ちてきた。それだけですら恐慌状態に包まれてしまう。


「キャアァァァ」

「逃げろ!

 距離を取りナノは魔法を! ランドは考えて動け」

「う、うん!」


 ギュラアァァァァァァァァ!


 オレは大急ぎで反対側の岩山を素早く駆け上がる。


 レッドワイバーンは獲物の動きに目を配らせながら、強靭な二本足でバランスを取り鋭い爪を大地に引っ掛け速やかに体勢を整えた。

 そして大きく開口した口から赤白い極大の炎を放射した。


 うわああぁぁぁぁぁぁぁ!?


 一瞬にして辺り一面が炎熱の地獄に変わった。

 

 後ろ目に見えたのは、ダムの放流みたいな果てしない量の強烈な赤白い炎がレッドワイバーンの口から真下へと噴射される光景だった。

 死に物狂いで岩山を上りきり頂上で振り返る。


 レッドワイバーンのファイアブレスは口から広範囲を舐めるように撒き散らしたらしく、足元の岩山の谷間は真っ黒に焦げ上がっていた。


 なんて威力だ。それにこの高熱……。


 炎熱で急激に上がった気温のせいで呼吸すると肺が噎せる。鼻に付く焼け焦げた臭いは地面に転がったウォードグやウォーウルフの死骸からだろうか。見事に火葬されている。

 イルマたちの姿は見えない。上手く逃げてくれたと信じたい。


 ギュラアァァァァ!


 オレは反対側の岩山で雄叫びを上げるレッドワイバーンと対峙した。オレのサイズが小さ過ぎたのか、まだオレの存在には気付いていないらしい。首を下げて頻りに煙が立ち上がる谷間の様子を探っている。



 好都合だ。


 オレは後ろ足に魔力を集約させ察知されないように高く跳躍した。自由落下し始めたところで魔力を全身に循環させていく。身体を大人の豹くらいに大型化し、身体強化に硬質化にと、思う存分戦えるように魔力的に増強していった。


 やってやる、お返しだ!


 オレの魔力を感知したのか、レッドワイバーンがオレの姿に気付いたらしい。その首をもたげた赤色の翼竜と視線が合う。瞳孔は奇妙なくらい青白く光り輝いていた。

 ……綺麗な瞳だ。そう感じたその瞬間、オレの身体は金縛りのように硬直してしまった。


 ギュラアァァァァァァァァァァァァ!!


 なんだ!?

 一体何だよ、どうして動けないんだ!?


 レッドワイバーンの雄叫びに身体が震えた。大きく開いた口からまたファイアブレスを放たれたら、逃げられずに浴びてしまう。でもそれはしないらしい。


 クソッ! 動いてくれよオレの身体……。


 オレは想像のままに創造する!


 慌てながら、必死に動かない身体のまま頭だけ働かせる。

 全身を弾丸のように硬くして突っ込もうとしてたけど、何故か縛られたみたいに身動き出来なくなってしまったからもうこの手は使えない。

 動けない理由は分からない。


 オレは仕方なく、半ば無我夢中で魔力の力場を広域に発生させた。


 炎を吐いていたし、きっと水が弱点だ。そうだそうに違いない。


 イメージは水の爆発だ。

 でも思い通りにイメージが湧いてこない。


 水の爆発って何だ?

 水って爆発するのか??

 くそ、慌てるな。

 ダメだ! 分かんない!

 分かんないよ! どうしよう??


 レッドワイバーンとの距離がぐんぐんと迫る。オレの身体はまだ動かないままだ。

 気ばっかり焦る。このままじゃヤバイ!


 オレが広げた魔力の力場は既にレッドワイバーンを包んでいた。でもイメージが形にならずに身体も不自然に言うことを効かない。レッドワイバーンの両目は光り輝いている。


 合点が付いた。

 オレは何かしら魔法を浴びていたのだ。

 たぶん、レッドワイバーンのあの青白く光り輝く両目だ。間違いない。


 レッドワイバーンが翼を動かし羽ばたいた。その動作だけでオレの作った魔力の力場は霧散してしまった。


 なんで!?


 あっ、レッドワイバーンの全身を覆っていた魔力のせいか?


 そう勘付いた時には、赤黒い大きな尻尾が物凄い勢いでオレの目の前に迫って来ていた。

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