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149.ハックバール竜穴①礼竜の間

 目を開ける。魔法陣からの魔力の残滓が消えゆく奥の世界は、ひんやりとした冷たい気配を感じられる場所だった。

 塵の様な光が触れられそうな位置で星屑みたいに無数に浮かんでいる。それがどこからともなく無規則的に流れていく。

 辺りは光の粒以外はどこまでも暗く、風景としては綺麗な所だけど奇妙で、足元の覚束なさからも心細くなってくる。


 宇宙に似たような場所でオレたちは浮かんでいたのだ。

 空中浮遊とは似て非なる、その位置で立ち歩きしていられるという稀有な感覚に戸惑いながら歩いていく。






 オレ達はラヴィーアに連れられ、先程までいた階層からさらに下へと降りたらしい。


 極小の仄かに光る顆粒が無数に浮かぶ、遮る物が何一つ見当たらないだだっ広い暗黒風景。そこでは風か微弱な魔力かあるいは光の粒のそよぎをオレの髭が感じ捉えているのか、でも何かしらが吹いているようだ。


 こんな場所でもしオレ一匹はぐれて迷子になってしまったら、間違いなく途方に暮れちゃうな。途轍もなく広い宇宙みたいな空間の真ん中で取り残されたら誰だってそう感じてしまうだろうけれど。



 ラヴィーアの気配も上の階層で見た時より朧気になっていた。黄金の目映い輝きも神々しさも黒い闇に覆われるようにして、しかし淡く煌めきを保って見えた。



 カルクスが先頭に出てこちらを振り返った。


「ここから先は私が先導します。みなさん、はぐれないように私にしっかりついてきてください」

「ねぇカルクスさん、ここは精神世界のような場所なのかしら」


 しばらく周囲を見渡し探っていたらしいコルテ。その博雅ぶりにカルクスは感嘆して背を反らす。


「流石はエルフの超感覚ですね。

 仰った通り、この階層は精神世界に近い領域です。一言で言うならば亜空間。

 ご覧の通り、今私達は魂や幽体でもなく肉体のままで来ていますね? コルテさんが仰った精神世界と一線を画すのはその点で、勿論これは幻術でもありません。

 この場所は先程までの祠のあった場所とは違い、通常人間が人間として踏み入れない高位相の空間なんですよ」


 あっ、と思い付いたようにカルクスが、「全員いますか?」と声を掛け、みんながその点呼に応じていく。


 ナノは今は回復して横にいるはずだ。ガンクはカルクスが言うに雀の状態でこの場所へ訪れることは不可能らしく、でもラヴィーアはガンクを元の姿へ戻すことを拒否したから置いてきぼりを食らってしまっている。怒って礼竜の祠の中を飛び回っている雀の姿が思い浮かんだ。

 イルマもコルテも点呼に応じていく。



 何故点呼なんてことをわざわざしたのかというのは、今立っているこの場所はカルクスが言っていた通り、さっきまでの階層とは位相が異なった世界だかららしい。

 この階層では物質としての個というより存在としての個の程度によってその存在性を確保し意識をより強固に維持していられるそうだ。なので存在性が弱い場合には、互いに強く認識し合っていなければバラバラにはぐれてしまったり、最悪だと存在自体が霧散してしてしまいかねないという。


 難しいからオレにはよく理解出来なかったけれど。でもはぐれるのはオレは絶対に嫌だぞ。



 存在性の強さだけで言えば、神様クラスの存在であるラヴィーアが今見えるこの視界の中でも一番強大だ。他はオレも含めて輪郭すら強く意識しないと怪しく景色に溶け込んで消えてしまうほどに儚い。


 イルマが訊ねる。


「存在性の強さとはどういったものか。もう少々詳しく教えてもらえぬか。魔力や個人の力量という訳でもないのだろう?」

「それだけではないです。個人の能力とは別の尺度で捉えて下さい。平たく言うと、世界での有用性でしょうか」

「有用性? 価値みたいなものか」

「ええ。ただし世界へ影響を及ぼす度合いも加味して。

 例えばラヴィーア様はこの亜空間の中であっても個として存在が強大な為、色々な事が出来ます。もっと言えば、空間を大きく作り替えたり好みにカスタマイズしたりと、弱小な私達にとっては危険極まりない行為の行使も可能です。一方、私もですがおそらくイルマさんも魔法をこの空間では使用出来ないでしょう?」

「むぅ、確かに」

「存在性が低いと、この亜空間では魔法はおろか、意識と存在を保っていることで精一杯なのです。もっとも、普通の人間であれば存在すら不可能ですが」


 イルマがチラリとこちらを見た。


「ふむ。ラヴィーア様がはっきりと確認出来る度合いはそういうことか。

 ……してこの光る粒はなんなのだ?」

「これは名もなき霊魂です。無害ですから安心して下さい」


 うぇ、光って綺麗だと思ってたら人魂みたいなものなの? 怖っ。


「霊魂? この量からして、この地域のみで括っておるとは思えん。

 ……繋がっておるのか?」

「ええ。世界全体と。存在性が優位に立つ位相ですので、モノの原理自体が別物なんですよ」

「ほぅ、興味深い」


 イルマとカルクスが前を歩きながら何やら迷宮(ダンジョン)談義みたいになってきた。コルテも訊ねる。


「この階層が、竜穴と言われる場所なのかしら?」

「はい、厳密に言えばもう少し進むと現れるそれこそが竜穴です。この空間に入る入口から着いた先の次の空間までがハックバール竜穴と呼べましょう」


 ということは、礼竜の祠の最奥の場所にあった魔法陣からがそうなんだな。



 カルクスを先頭にオレ達は光る無数の塵芥を過ぎ去り進んでいく。なかなか竜穴は遠いようだ。


「巫女様、お身体はもう平気ですか?」

「うん、大丈夫」

「皆さま、ハックバール遺跡入口に碑文があるのですが。既に確認なさいましたか?」


 振り向き全員を見やり、カルクスが問い掛けた。


 あれ、何だったっけ?


「『礼竜の御心に誓い己が魂を捧げ。

 徳を重ね誼を保ち律する者に秩序を諭さん。

 礼竜の御意志を拝し己が身に宿すべくは世の理たらん』」

「それです。流石真竜の巫女様ですね。空で文句を唱えられる」


 誉められたけどナノは表情を特に変えはしなかった。カルクスが気にせず続ける。


「私の解釈を申し上げてもよろしいでしょうか。間違っていたら教えて下さい。

『礼竜様に誓って魂を込めて祈りなさい。

 善行が多い正しい人にはより良い暮らしが与えられる。

 礼竜様を敬いその教えを身に付ければ不便無く生きられるでしょう』

 と、私の解釈はこんな具合なのですが、巫女様如何でしょうか?」

「うん、大体合ってると思う」


 ナノの意識は遠く、どこか記憶の彼方にでも向かっているかのようなぼーっとした顔付きだ。幼い頃を思い出しているのかもしれない。


「古代宗教国家として繁栄した真竜教の今なお遺る石碑というわけね。興味あるわ。あたしも後で見てみようかしら」

「俺もだな。今一度じっくり検分してみたい」


 コルテとイルマが頷き合う側で一人浮かない顔のナノ。


 嗅覚自体が上手く機能しないこの奇妙な空間の中で、ずっと気になって仕方無かったナノの肩口に飛び乗った。

 一瞬ビクンッ、とした後で「ランドちゃん」とオレを呼ぶいつもの聞き慣れた声色に少し安堵せずにいられなかった。

 ローブのフードを鼻で捩り退けてナノのうなじ辺りに身体を擦り付ける。


 ナノ、オレたちはいつでもそばにいるからな。


 そう強く思いながら何度もすりすりしていると、ナノに抱っこされた。

 ナノの指先は冷えていたけれど、温かい。もっと、もっと温かくなっていってほしい。



「ここです」


 カルクスが立ち止まり、「見えますか?」と指で指して示す。カルクスの黒マントが捲れその中に光の粒が幾つも入っていく。見据えた遠く先には空間に穴が開いた箇所があった。

 丁度その部分だけ、ぐしゃぐしゃになった紙が内側に破けているみたいにして奥の別の空間らしき世界が覗いて見えた。


 背後でラヴィーアが言った。


「此処に礼竜がおる」





 破けている空間の境に気を付けてその奥へと入っていく。

 空間が破けたその部分だけ、人間が数人横並びで通れる程の大きさになっていた。どうやらここから先は内と外とで空間を異としているらしい。


 隙間の先にはしっかりした地面が見えた。オレは抱かれたナノの腕をすり抜けてそこへ降り立ってみる。


〔ありがとな、ナノ〕


 しっかりお礼も忘れないオレなのだ。

 みんなも後からついて隙間を潜り抜けて来た。


 地面は白い石畳になっている。見渡すとここは何やら、神殿に似た造りの広大な建物の内部のようだ。


 そして、目の前には巨大で濃密な気配が存在していた。



 これは……竜!?



 その迫力感に驚き、声を出せずにいるイルマとコルテとオレ。


 唾を飲みナノが呟いた。


「……礼竜様。眠っているの?」


 じゃあこの竜が祠の主、礼竜様なんだ……。



 ナノの疑問の通り巨大な竜はその二つの瞳を閉じ、その存在感と魔力的な静かなうねりを残して横たわっていた。

 辺りの空気は冬場の早朝の神殿みたいに冷えていてしんと静まりかえっている。


 ナノが尋ねた通り、礼竜は眠っているのだろうか。


 そう思って、怖いけれどよく目の前でぐったりと地に這いつくばっている竜を見てみる。


 睡眠というよりも、人間でいえば危篤を感じさせる危うさを覚えた。臭いは特にこれといって無い。巨体な体躯だし目覚めたら威圧感もインパクトも凄い筈だけど、力無く横たわった姿は生命力の乏しさを意識せずにいられない。




 礼竜、その姿は一言で言えば巨大な白い蛇だ。けど、明らかにその身躯は蛇とは異なっている。竜のものだ。


 顔には幾星霜を感じさせる長い滝のような口髭に厳格な眉が揃い、洞穴みたいな鼻の後ろ頬辺りから後方まで伸びる太く長い髭はしなやかでいて強靭だ。

 そして頭から突き出た硬い岩みたいに頑丈そうな二本の角が猛々しい。頭から尾の先まで連なる朱色の(たてがみ)は、神聖感が湧く白い蛇腹に炎の力を絡ませたようで力強い。閉じられた四本の腕も逞しい。

 その全身からも十分迫力が伝わってくるものの、どうしても儚さを感じてならない。


 ……死んでるのか? もしかして。

 それに、なんだろうあのテカりは。


 竜の全体を覆うように薄い透明な膜が貼っている様に見えた。


 結界?




 一歩一歩、歩み寄って行くナノが、「……礼竜様?」ともう一度呟いた。


 ナノの歩みを遮るようにラヴィーアが口を開いた。


「礼竜は間も無く死ぬ」

「そんな……」


 ナノが杖を落とした。冷えた神殿内に硬質の音が響く。


「其奴も巫女を待っておった。意識は失っておるが未だ滅びには至っておらぬ。僥倖よ」


 その場に踞ったナノ。杖を横に起き手を合わせ、祈りの文句を唱えている。


「礼竜の御心に誓い己が魂を捧げ。

 徳を重ね誼を保ち律する者に秩序を諭さん。

 礼竜の御意志を拝し己が身に宿すべくは世の理たらん。

 礼竜様……」

運命(さだめ)じゃ。神も滅ぶことはある。

 然し時を永らえ醒めねど、礼竜は巫女を待った」

「アタシを待っていた?礼竜様が……」

「此奴が永劫の役目を果たす為な。

 今、幾つか教えてやろう……」


 ラヴィーアは幾つものことを教えてくれた。それを要約するとこんな具合だった。



【何故礼竜が死ぬ寸前なの?】


 元々高齢という点もあるけれど、ナノの故郷にある仁竜の祠がとある者達に荒らされ、仁竜が討たれたことが大きく関係しているという。

仁竜は力を奪われ村は壊滅、祠は崩壊寸前だった。

 礼竜は危険を察知して、丁度この祠を(ねぐら)にしていた

黄金鳥ラヴィーアに協力を頼んだ。ラヴィーアはこの礼竜の祠を棲み家とする約束を得ることで礼竜に協力し、その力を分けて仁竜の封印措置を行い仁竜の祠は機能を保っているらしい。

 残りの力を自らの祠とは別の祠の封印措置へと回してしまったため、礼竜はより疲弊してしまい現在は最期の力を振り絞ってわ滅びつまりこの世界からの消滅を抑制している。


【仁竜の祠及び村を襲ったのは誰?】


 アーバイン王都からやって来た冒険者グループによってだけど、ラヴィーアにも詳しくは分からないみたい。


【ぐったりしてるけど礼竜は今ちゃんと生きているの?】


 滅びていない。生きてもいない。存在はしてる、そんな状態らしい。


【礼竜が真竜の巫女を待ったとは一体?】


 己が存在可能な時間の中で、真竜の巫女に最期の力を受け渡す機会があると知ったため。消滅をギリギリまで留めて待ち続けていた。


【礼竜の永劫の役目って?】


 この礼竜の祠周辺を魔力的に鎮め封印するため。

 仁竜の祠でも同様の処置が行われている。凶悪な魔物が寄り付かず、人間が暮らし易い土地へと魔力的な土壌改良措置を封印と呼ぶみたい。


【他の義竜、智竜、信竜は?】


 義竜と智竜は遥か昔の戦争で倒されていて、戦争時代末期には信竜は竜人族の国へ移ったらしい。


【真竜教の真竜って?】


 信竜のことを指すのか、元々真竜なんておらずに真竜教徒は偶像崇拝していたのかもしれない。

 ナノは「そんなことない。真竜様はいる!」って言い張っていたけれど。


【話を戻して、礼竜の力を受け渡す具体的な内容と方法、あと封印ってどうやるの?】


 ラヴィーアは全員を見渡しながら口を開く。


「五体の一つを貰い受ける」


 えっ……

18.12,25副題追加

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