140.砂ぶくれの洞窟②
頭上の夜空を旋回しているワイバーンを目で追い掛けた。
せっかちなのか神経質な気質なのか、ワイバーは一度オレとガンクに風の攻勢を仕掛けたきり追撃することなく、何かを探しでもしているように弧を描き飛行していた。
夜空に瞬く星を背景にぐるぐると旋回し続けるワイバーン。緊張すると同時に変な高揚感に満たされる。間違いなく強敵だ。
ギュラァァァァァァァ……
一度吠えた後で、反転してこちらへ急接近してきた!
凄まじい速度でぐんぐん接近してくるワイバーンに一泡吹かせてやろうと身構えた。ガンクも剣を構え、オレも魔力を循環させて固いに爪を食い込ませる。
う、うおおおぉぉぉ!?
でもオレとガンクがいる地上スレスレの頭上で旋回したワイバーンは強烈な爆風を撒き散らして再び上空へと昇っていったらしい。転がりながらその行く末を確認するしかない。
吹き飛ばすだけなんて!
生ぬるいように感じるワイバーンの攻撃に怒りが沸き上がる。突撃の爆風で吹っ飛ばすだけの控え目な戦法にイライラした。もっと近くまで降りてきたら飛び掛かって切り付けてやれるのに。
遠くの空を飛ぶワイバーンは離れて見れば黒い蝙蝠みたいだ。なのに急接近した瞬間に大きく両翼を広げた姿はまるで空の王者のようにも感じられる威圧感があった。伸ばした両翼の腕は筋肉でぼこぼこした黒大木の幹のように野太く逞しい。
でも傲慢な捕食者らしからぬ用心深さを見た目に反して持ち合わせている、ということかな。
起こされた爆風で転がって、またもや目が回り気持ちが悪くなってきた。
ふと気付くと周りには白い物が散らばっていた。そうか、上から見えた中央部の底にあった白点っていうのは……、うぇ、これ骨だぞ!?
たぶん、トロールの骨だ。所々に散らばった白骨を意識して思わず背筋の毛がぞわっと波打った。
マズイ、このままじゃここに落ちている骨と同じ運命になってしまう。こうもワイバーンに慎重に攻めてこられたら反撃するのは難しい。
空に戻り大きく旋回しているワイバーンを見詰めながらじりじりと焦燥感が募っていく。
なんとかしないといずれ狩られる。じっくりいたぶられた後で強襲されるのかまず時間かけて丁寧に殺されるのか定かじゃないけど、ワイバーンと距離が離れていれば成す術が無い。その上嫌な悪いイメージが膨らんでしまう。
くそぉっ!
「ランド!」
オレを呼ぶ声に背後を振り返る。
ガンクが剣を砂岩の大地に突き立て、それにしがみつくようにして立っていた。目を回しているのだろう、そうでもしなきゃまともに立っていられないような姿だ。
「あのワイバーンは俺がぶった斬る。だからなんとか補佐を、出来るか?
イルマ達は別の敵に出会してるようだからよ」
力強いガンクの言葉に歯を噛み締めた。
斜め上のガンクが顔を向けた方につられて視線を移すと、イルマ達は大きな、ここから見るとアザラシみたいな体型の魔物と交戦しているようだ。
新手の敵が出たんだ。なかなかあっちも手強そうだな。
魔化コッコーに乗りながら器用に戦っている姿が確認出来る。
ギュラァァァァァァァァァァァァァ!!
「来るぞ!」
地表に到達する直前で急旋回するワイバーンが爆風を発生させて再び空に舞い上がる。先程と同じ動きだ。
大地に剣を突き刺すことで暴風に対応したガンク。オレは再びこの砂ぶくれの中央底地を転がった。反撃しようにもなかなか身体を上手く動かせず何より言うことを聞いてくれないことがもどかしい。
ああっ、もう骨が刺さるし痛いし目が回るし気持ち悪いしイライラする!
再度接近してきたワイバーンに向けて毛針のミサイルを撃ち放ってやった。これなら目を回していても影響は少ない。けれど、揚力のせいなのかオレの黒毛針はワイバーンを避けるように後ろへ流れてしまって当たることはなかった。当たったところで大したダメージが与えられるとも思えないけれど。
闇雲にでもなんとか斬り掛かろうと直前で構えたガンクも、急接近のあまりの迫力に気勢を削がれたようだ。いや、懸命な判断かもしれなかった。爆風がオレとガンクのいた場所を離してしまう。
ん? 動きが変わったぞ。
ワイバーンはオレとガンクが離れた位置に散っていたからか、これまで手の出しようもないヒットアンドアウェイの行動を取り止め、この砂ぶくれ地帯中程の空までゆっくりと降りてきた。
両翼をはためかす腕の先には剛力を感じさせる巨大な三本指と鋭利な爪がある。その体躯はよく見れば骨張って華奢といえる。けど翼を広げた威圧感は凄まじい。凶暴な歯が鋸のように並ぶ口を開きその肌よりドス黒い目をギラ付かせる威容はまさに空の王者の貫禄があった。
ギュラァァァァァァァァァ!
火球や岩の塊が飛んできた。それを難なく宙で避けたワイバーン。イルマがナノへ指示して魔法で攻撃してくれているようだ。
ワイバーンはチラリと攻撃が向かってきた方向を確認した後、その二対の黒く輝く瞳をこちらへ戻した。
まずじっくりオレとガンクを仕留めた後で相手をしてやろう、そう言わんばかりの気配を感じた。動揺するような様子はまるでない。
ワイバーンに魔力が急速に満ちていく。
ヤバイのがくる!
オレは漲らせた魔力を身体に留めて防御態勢をとった。身を守る為の毛を増量して硬化させる。
瞬間、突然発生した暴風に巻き込まれた。細かくも鋭い風の刃が襲い掛かってきた。乱れ狂う風に乗りオレの伸ばした黒毛が切られ飛び散っていく。
そんなのが何度も続く中で、ガンクが防御の姿勢から込めた魔力をワイバーンへ向けて抜き払った。
「天限!」
いいぞガンク、いっけぇ!
ガンクの必殺技の「天限」は風の影響を受けないようだ。乱れる風を押し退けて、存分に魔力を乗せた高速斬撃がワイバーンを襲い迫る。
しかし!
「マジかよ……」
それすらひらりと空中で躱したワイバーンに驚愕して目を剥いたガンク。
そして回避からの流れるような動作を伴ってワイバーンが猛然と近寄っていたガンクに向かう。
ワイバーンの動きを読み、直前で判断したガンクが再び剣を砂岩の大地に突き刺し、爆風をやり過ごし対応すると宙で体を翻してワイバーンは急降下してきた。
何この動き!
巨体にもかかわらずあまりに空中を自在に飛び回るワイバーンに度肝を抜かれつつも、迫りくるガンクのピンチにオレは必死に足を動かした。
ガンク!
剣を大地に突き刺したいままのガンクは反応が遅れ態勢が整っていない。そのガンクにワイバーンの顎が、鋭く尖り並んだ凶悪な竜の歯が迫る。
間に合えっ!
ギュラァァァァァァァァァァ!?
ガンクの真上、交差する既のところで閃光が迸りワイバーンを直撃した。
ビシャアアアン、と途轍もない轟音を響かせて間近での稲光が視界全体を一瞬の白光世界へと変えた。
急降下の勢い止まらずバチバチと放電しながらガンクのすぐ横の砂岩の大地に激突したワイバーン。直接攻撃しようと猛スピードで下降したのが災いして自滅したようだ。
それでもまだ息絶えずに這って立ち上がろうと必死にもがいていた。どうやら身体中を骨折しているらしく、立つことはおろかろくに動くことも不可能らしい。
ギュルルルルゥ……
「やったのは、またナノだよな。
ああクソッ。ビリビリして動けねー」
おそらくワイバーンの攻撃を防ごうとしていたガンクはとっさに防御態勢をとれたからこそ無事だったと言えそうだ。
ワイバーンに直撃した後ガンクの剣を目掛けて走ったらしい強烈な電気に感電しながらも、ガンクはヨボヨボのおじいちゃんがするような動作で這いながらワイバーンの傍まで進んでいく。
オレはガンク程の被害は無いと思う。けど地を伝いオレの方まで強力な電撃が届いて身体が痙攣を繰り返していた。
そして、「天限突き」と心許ない震える声で呟くと壊れた機械みたいに放電を繰り返すワイバーンの胴体心臓部辺りへガンクは剣を一突きした。苦しむ声を絞り出していた空の王者にはそれがとどめとなった。
イルマ達も無事でっかいアザラシみたいな魔物を倒せたようだ。ナノとコルテが魔化コッコーに乗って走り寄ってくる。イルマはまだ上で作業をしているらしい。
「やったね! スゴいよワイバーン倒すなんて」
言いながら助け起こそうと手を伸ばすナノをじっとりと睨んだガンク。
「お前な、ちょっとは考えろよ雷撃。一瞬花畑見えたぞ」
「ごめんごめん、また加減間違えちゃった? だってでもワイバーンだし強敵でしょ。思いっきり強いの当てなきゃ効果無さそうだし」
「倒せたから良かったけどそのおかげで俺も巻き添えくって死ぬかと思ったぜ」
まだ痺れが残る体で凭れ掛かるようにして連れてきてもらった魔化コッコーに跨がったガンク。
ちなみにオレはもうさっきまでの感電が体に問題なくなり、ピンピンしていた。
身体に残った電流に魔力を繋げてなんとか制御出来ないか検討していたら上手くいったのだ。流動する水や土を操るように、難易度が高いけれど電気を操作することは可能らしい。
静電気みたいな微弱な電流がオレの身体を通電している結果、今のオレは毛があちらこちらに変に広がって不格好な針ネズミみたいになっていた。いや黒い針ねこかな。
その様子を、「不味そうなウニみたい」と腹を抱えて笑っている幼児型のコルテを涼しい目でオレは見ている。
失礼な、何がウニだよ。結構この調整って大変な作業なんだぞ。
オレの精一杯のジト目がどう映っているのか分からないけど、まるで意に介さないコルテは珍しい生物を目にして笑うように目の端を拭っている。
「あ~おもしろ。高等な魔物が出るような場所なのに、ねこちゃんいるとホント和むわ……。
上から見てたけどあの飛竜を討てるなんてまさかのまさかだよね。早くこっちの応援に行かなきゃって思ってたのにさー。飛竜の魔核もちゃちゃっと回収して先を急ぎましょ」
「お前らは何を相手にしてたんだ?」
「でぶのマジックイーターだよ」
ガンクに尋ねられ説明を始めたコルテによれば、イルマ達はイーター系の魔力を喰って奪う種類のマジックイーターと相対していたらしい。イーター系の魔物は死喰いのデスイーターや生命力を削ぎ取るソウルイーターっていう種類等も存在するという。
コルテ達が戦った相手は最初から魔力を喰い過ぎていた飽食気味のマジックイーターで、でっぷり肥えて鈍重だったそうだ。とはいえ、マジックイーターに魔法攻撃は無意味なのでナノがオレ達に魔法で援護攻撃をしてくれたことになるほど、と合点がいった。
直接攻撃で表面をいくら削ってもすぐに回復してしまったことから、奏功したのは何でも飲み込もうとするマジックイーターの口に向けほいほいと炸裂手榴弾を投げ入れる作戦だ。高威力かつ有用な道具を色々と持ち歩いているイルマは流石だな。
そのイルマがこちらへ降りてきた。
「こんな危険地域で何を呑気に団欒している。早くワイバーンを解体して魔核と液を入手した末移動を急ぐぞ」
「だってオレまだ動けねーし」
「アタシ無理。キモいもん」
「あたしだってイヤよ! あんな大きな竜恐いもの」
特にコルテに文句を言おうと口を開いたイルマは、それもやめてガリガリと頭を掻くと視線を移していきオレをチラッと見てすぐにその視線を逸らした。
なに? こんな時って、ねこの手も借りたいとかじゃないの??
多分役に立たないけど、頼ってくれてもいいんだよ? 魔核分泌液すんごく美味いし。
とても大きな溜息を吐き散らしながらワイバーンを解体するイルマを脇で眺めつつ付近を捜索していく。
そうしていると、見付けたのは魔化コッコーに乗ったまま入れそうな大きな砂岩の割れ目だ。中は完全に洞窟となっている。
警戒しながら中に入ってみて、その奥を見ると周囲の壁も天井にも何本もの線が積み重なるように形成されていることがわかった。洞窟内部はとても広く広大な作りのようだ。
どちらかと言えば、あの砂岩の裂け目は下の空洞内部へと通じる入り口のような格好だった。どことなく自然らしからぬ人工的な拡張の気配が窺えたし。
「ここからなら魔化コッコーに乗ったまま入れそうだな。どうだ、中も十分広そうか?」
〔うん、見た感じはだけど〕
裂け目から這い上がるとオレはガンクの魔化コッコーに飛び乗りそう返事した。肯定の尻尾振りもしておく。ガンクの手がガシガシとオレの頭を撫でる。痺れもとれたようでオレは一安心だ。
つらつらと文句を口にしながら魔核分泌液をそれぞれに分配し終わり、イルマの洞窟突入準備も整ったらしい。
「女衆の手も借りられれば早く終わったものを……」
「まだ言ってるの、相変わらず粘着質なんだから」
「まぁまぁコルテ。
洞窟の中なら夜が明けても気温が高くて動き辛くはならないだろうしさ。
魔核分泌液も予備が出来て大漁だしよ、イルマも焦らずに行こうぜ」
「まぁそうではあるな」
ワイバーンからもだけれど、マジックイーターからは特に大量の魔核分泌液の入手が叶った。これだけあれば魔力の補給にも体力回復にもパワーアップにも言うこと無しなのだ。独りで作業したイルマも愚痴の文句を口にする割にはホクホクの心境なのが透けて見える。分かり難いし気持ち悪いから、文句垂れた後でニタァと笑う笑顔やめてほしい。
そしてオレ達は砂岩の裂け目に足を踏み入れた。これから砂ぶくれの洞窟内部の冒険が始まるのだ。よぉし、気合い十分!




