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138.胸襟を開くナノ

 感情を顕にしていたガンクが落ち着くと、話題はこの砂漠自体へと移り変わっていった。


 コルテが新たに開封し酒を継ぎ足す。どれだけ常備していたのかな。普段みんな旅の最中にはこうしてお酒を飲むような機会は滅多に無い。だから今夜はよっぽど特別なんだと思う。オレはミルクだけど。



「あのクソ鳥の話が本当ならハックバール砂漠っていう名前なんだよな、ここ。この名前、コルテは聞いたことあるか?」


 ガンクの問い掛けにコルテが、「ええ、実は」と神妙に頷き返した。


「地名の伝承については調べてきてるの。そのハックバールという名称はおそらく邪竜教の司祭の一人から取ったものだと思うわ」

「司祭?」

「ええ。

 あの金色に輝いてた鳥が姿を眩ます前、最後に礼竜の祠があるとか言ってたでしょ。その礼竜を信奉する者達の司祭がハックバールって名前だったと記憶しているの」


 イルマが『宝落』を継ぎ足しながら訊ねる。ほんのりと頬に赤みが差している。


「大昔に滅びた司祭の名が残る砂漠か。

 ……して礼竜とは? 邪竜教の教徒が信仰する竜なのだろうか」


 コルテが邪竜教について話して聞かせる。ナノから打ち明け話として聞いていた内容と重なる。


「……フム。

 『仁』・『義』・『礼』・『智』・『信』の五行にそれぞれを司る竜を神と崇め奉っていたという訳か。そのうち一つが礼竜だと、な。

 つまり、このハックバール砂漠には大昔、邪竜教信者の往来があった訳だな。そしてその礼竜の祠がこの先にあるということか」

「そうなるわね」


 なるほど。アーバイン王国が誕生する前にはこの砂漠地帯に人間が住んでいた、もしくは人々の営みがあったってってことになるのか。



 今回の調査の旅に出掛けてからはバーシキノル街道の往来人がオレ達が目にした最後の人影だ。それ以来、二月以上も人里離れた場所で旅していたことになる。身体の半分が人型の、鳥の獣人とは異なったハルピュイアは見たけれど。


 大昔にはこの辺りにも人々の暮らしがあったということなのだろうか。




「そう言えば、カルクスって名前に聞き覚え無ぇか?」

「聞いたことも無いわね」


 あ、それオレも気になってたんだ。


 ガンクが問い掛け、全員が顔を見比べ頭の中の記憶をほじくっていると、イルマが答えた。


「カルクスという名だけでは判断が難しいが、一人思い当たる奴がいる。

 このような場所まで逃亡したと考慮するならば、我々が壊滅させた『光夜烏』の幹部に同じ名のお尋ね者がいた。オレはあやつかと推測したのだが、違うか」

「んん? そんな奴いたっけ」



 ああっ、アイツだな?


 そいつって、オレに魔力を吸い取る網を被せて眠らせた、『光夜烏』の代表三姉妹に付き従っていた男だ。オレ、思い出したぞ。


 他の幹部連中が軒並み第三都市警備隊に捕らえられ連行される中で、あのカルクスだけ一人逃れて捕縛されずに行方を眩ませたままだとアーネット隊長も話していたっけ。




 ガンクが思い出したとばかりに何度が上を見ながら首肯する。コルテはまさか、と顔をしかめた。


「嘘でしょ。こんな所まで逃亡してきたっていうの? あり得ないわ、どんな大物なの」

「どのようにして辿り着いたかは知らぬが、組織名に『烏』と鳥の名を入れていた。その事からも何かしらハルピュイアとの繋がりがあったのかもしれぬ。

 そのカルクスとつがいとなると言っていたことは解せぬが」

「でも相手は神の鳥なんでしょ。その方って神格級の魔物に見初められる程の色男なのかしら」

「いや、見た限り釣り合う程の容姿でも突出した腕前があるようにも見えなかった。戦い慣れはしていたのだろうがな。ランドは油断して捕獲されはしたが、我々が手を焼くような手練れではなかった筈」


 イルマの射竦めるような鋭い視線をオレは逸らす。


 そんな目で見ないでよぉ。確かに単身一匹で敵の巣窟へと潜入したのは愚かだったよ。

 ごまかすようにオレは一心不乱に舌を動かしてミルクを喉へと流し込んだ。


「まぁお前が予想しているような者ではないことは確かだ」

「え、そうなの!?」


 動物を魔物化させて売り捌いていた『光夜烏』。魔化コッコー絡みからも見聞を得ていたコルテはオレ達が壊滅させたその組織のうち、取り逃がした幹部一人を並みならぬ者だと勘違いしていたらしい。オレ達がとんでもない相手を取り逃がしたとでも思っていたのだろう。声を荒げて驚いていた。


 声を落とし、「しかしな」と呟くイルマ。


「この先にハックバール竜穴と呼ばれる場所があると言っていた。調査の上では避けては通れぬ。再びあの金色の鳥と相見えることになろう。

 その為にも……」


 オレ達の中で一人言葉少な目に、避けるようにしてチビチビと酒を口に含んでいたナノをチラリと見たイルマ。



 オレはさっきからずっと気まずそうにしているナノが気になっていた。ナノ以外はアルコールで顔を上気させているけれど、ナノだけは違っていた。

 魔力の枯渇がまだ引きずっているのもあるかもしれないけれど。


「……ナノ。あのハルピュイアはお前のことを真竜の巫女だと呼び、そう認識していたように感じるのだが」

「…………」


 ナノはそれについて反応を示さずイルマを拒否するように俯くばかりだ。

 イルマは重く沈み始めた空気を掻き分けるようにしてナノへと問い掛けた。


「答えてくれ。真竜の巫女とは一体、何だ?」

「……」

「……察するに、ナノは邪竜教と繋がりを持っている。そういうことか?」

「!」

「おいっ、イルマ!」


 ナノの身体がビクッと震えるように動いた。横からガンクの制止する声がイルマにかかる。


「待てってイルマ。そんな詰問口調じゃナノだって話しづらいだろ」

「むぅ」

「なぁナノ、そろそろ話してくれねーか。みんな心配してるんだ。それは分かるだろ」


 ナノは黙り込んだままで俯き続けている。



 傍らにいたオレはそっとナノの膝にすり寄り上の顔を見上げた。すると涙目できつく口を結んだナノの顔があった。



 ナノ……。


 オレはナノを応援してるぞ。頑張れナノ。みんなナノのことを大切な仲間だって感じてる。それは絶対だ!


 オレは下ろしたナノの手の平に舌でそっと触れた。驚くほど冷えた指先を舐めていく。



 オレ達こんな遠くまで旅してきて、だからこそ固い絆があるんだろ?

 話してくれて、ナノが背負ってるものは重い重い枷だって理解してるよ。でもみんなで分け合えば軽くなる。勇気出して!


「ランドちゃん……」

〔大丈夫。ナノ!〕


 オレは鳴き、強い意志を込めて見上げナノを見詰めた。そんな想いが届いたらしく、ナノが口を動かし始める。決心した顔付きは目力が溢れている。


「……じゃ、教えてあげる。ランドちゃんには前に聞かせてることだし。

 ランドちゃんありがとね、アタシ頑張るからね」


 うん、気持ちをみんなにぶつけてやれ、ナノ!


 ナノがお返しとばかりにオレの背中を強めに撫で付けながら続けた。


「イルマが言った通り、アタシは繋がりがあるよ。

 でも邪竜教だなんて忌み嫌うように呼ばないで。アタシが信じる真竜様の尊い教えはそんなふうに疎まれ蔑まれるべきものじゃない!」

「む……、すまぬ」

「……アタシはこの世界から失われ、この国に滅ぼされた真竜教の末裔。

 あの黄金の鳥が話してた通り、真竜様の巫女よ。……驚いた?」


 驚愕の表情になった一同を嘗めるように流し見ていき、嘲笑うような微笑のナノ。瞳が月光を受け怪しく光る。けれどガンクを見て唐突にその表情が歪んだ。

 

「へぇ。そりゃ凄い」

「へぇ、って何よガンク。凄いって……、馬鹿にしてるの? もっと驚いてよ!」


 ちょっと、ナノ? 昂り過ぎ!


 高いアルコールが入ってるせいもあるのだろう、止まらない勢いのナノ。


「いい? アタシはこのアーバイン王国が憎いの。恨んでるの。アタシの祖先を国もろとも滅亡へと追いやったこの国が。

 アタシの使命はアーバイン王国の崩壊よ。アタシの祖先にしたのと同じように国家転覆を企ててんの」

「そりゃそうだ。許せないもんな」


 うんうん、と何度も首肯し共感するように頷き返すガンクに、驚かせたい心境だったらしいナノは逆に目を見張っている。


「へ?

 そ、そう! 許せないんだから絶対!

 帝国側と結託して反逆して、反乱軍を率いてアーバインの勢力はアタシの祖国を追い詰めてきたのよ。そうして人間が住むことすら不可能な大陸果ての、遥か山の彼方まで追いやり閉じ込めたの……。そんなのどうしても許せない」


 教え込まれたのか脳裏に根強く刻まれているらしい祖先の憎悪の感情。それが吹き出し始めたナノは目を吊り上げ、まるで目の敵を見るようにしてガンクを見据えた。


「分かる? 分かんないでしょうねその恨み辛みはっ。その報いを受けさせてやらないとアタシは絶対に納得しないんだから」

「だよな」

「だ、だよなって何よ! ガンクに何が分かるのよ! 馬鹿にしないで。

 祖先が受けた屈辱を背負って生まれて、パパにもママにだって会うことなく、報復目的でただひたすら繰り返してきた修行の日々。

 そして物心付けばアーバインの学校へ送り込まれて潜伏しながら、葛藤と憎悪に身悶えしてはいつか訪れるその機会を待ち侘びて過ごしてきた不安に耐える日々だったの。

 そんなの到底理解出来ないでしょ、バカッ。ガンクの馬鹿っ! 軽々しく分かったようなフリしないでよ」


 酒が入った杯を投げ付け握った拳を砂の地面に打ち付けるナノは物凄い剣幕で熱り立っている。オレの背中も少なからずその被害を受けていた。痛い。


「ああ。分かんねーな」

「ほらそうよ!」

「……でもよ、どうだ? いざ言い放っちまえばスッキリしたろ」

「!?」

「俺がさっき『だよな』つったのはナノが感じてきた苦悩にだよ。憎しみは当事者じゃねーから解らねーけど、その感情の動きは理解付くし共感もしてやれるよ」


 え……。


 オレはガンクの言葉に首を傾げた。共感……?


 気になって見たらその場の全員が困惑を浮かべていた。


 ガンクはナノを穏やかな優しい表情で見やり続けた。


「隠してれば常に心に負担がかかる。ナノは背負ってるものは大き過ぎたみてーだから尚更巨大な負荷なんだって判ったよ。

 でもそれを放出しちまえば空いたその隙間だけ気が楽になったろ。ずっと隠してた秘密を告白したからって、国家転覆を虎視眈々と狙ってるからって、俺達がお前から離れていくなんて思うなよ?」


 怯んでいるナノを強くなったガンクの目線が射抜く。


「え、……でも聞いてたでしょ、アタシはこのアーバイン王国へ仕返しを……」

「ああ。それが必要だってんなら俺だって一緒に協力してやるさ」

「はぁ!?」


 すっ頓狂な声を上げたナノ。


 まるで信じられないものを見る顔でガンクを見ている。イルマも驚き、慌てている。


「な……、おいガンク! お前何を考えている?」

「まぁまぁ、イルマ。協力というか、まずはナノと一緒に考えてやろうぜ。頭ごなしに否定するってのは良くねぇよ」

「む……ぅ?」


 ナノとイルマはガンクをそれぞれ呆けながら見詰めている。ただイルマの方は頭の中がパンクしそうなくらいに変な感じに乱れてフル回転していそうだけれど。


「それに、どんな過去があったって気にするな。ナノはナノだ。なんにも変わらねぇよ。だろ?」

「……本当に?」

「ああ。間違うことはあっても俺は嘘は付かねーよ。知ってんだろ」


 これにて一件落着、と締めようとしだすガンクの肩を掴み揺さぶるイルマだけれど……。


「考え直せガンク!!」

「イルマ、今はこれでいいじゃねーか」

「ありがとう……、ガンク。嬉しいよ……」


 ううぅ……、と嗚咽を漏らして泣き崩れたナノ。オレの体に。重いよ。




 でも良かった。

 ナノ、頑張ってみんなに打ち明けて、受け入れられたみたいだな。


 ナノの野望を本当に協力するんだろうか。だとしたらオレ達は反逆者になるのか?




 考えがまとまらず、一先ずオレは尻尾を背中へと回して擦るようにナノを慰める。




 口を閉ざしてそれまで成り行きを見守っていたコルテが堪らず吹き出した。口から色々と撒き散らしながら愉快そうに大笑いし始めた。


「ぶっ、あっはっは……」

「うるせーなコルテ」

「うふふ……、いいわね。とっても面白いわ、貴方達。やっぱりあたしの男が見込んだだけあるわね。

 ……ふふ。どうする、そこの堅物兄さん? この国を揺るがすような反逆者とそれを受け入れようとする珍妙なリーダーがここにいるわよ」

「黙れ。俺は自分でも多少は頭が回る方だと思っていたが、ちと理解が追い付かん」


 頭を掻き毟るイルマの姿を見て再び口元に笑みを作るコルテ。


「あー楽し。

 ね、真竜の巫女のナノちゃん。長くこの国にいるけど所詮あたしは流れ者だし、あたしだってナノちゃんの味方だからね」

「……うぅ、ん。ありがとコルテ」


 ナノはまだ泣き足りないのか次々と目から滴を生んでは夜の砂漠を湿らせていった。


 口元に笑みを張り付けたままのコルテが空になるまで酒瓶を傾け、最期の一滴をガンクの杯へと注いだ。


「どう、利いたでしょ『大吟醸 宝落』」

「ああ。コルテが仕向けただけあるぜ。大した名酒だ。

 今夜はこの辺で宴もたけなわとしようぜ。さすがに眠い」


 あ、コルテがこの酒の効能を説明してたな。確かあまりの美味さに口からポロポロと秘密を溢してしまう程の名酒なんだっけ。


 ……うーん、味に関係あるのかな。飲めなかったオレには判らないなぁ。


「あら、まだガンクの打ち明け話を耳にしてないわ。おっきいの持ってるんじゃない?」

「なんだよ、聞きてーのか」


 なんだ?

 ガンクのカミングアウトかな。オレ知りたい!


 頭をガリガリと掻き続けたイルマが髪の毛をくちゃくちゃに散らせていた。四方八方に弾けた黒髪が実験に失敗した爆発後の科学者みたいで面白いことになっている。


「もういい! さっさと寝る準備をしろ。これ以上は脳味噌がもたん。

 ガンクはランドと見張り番だから寝るな」

「うへぇ、キッツいな」


 かなり飲まされて目をしぱしぱ瞬かせているガンク。


 しょうがないな。オレがガンクの分まで気張って見張りするぞ!

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