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133.クイーンハルピュイア①策戦

 太陽光を受け幅広の色鮮やかな羽根が目に眩しく反射している。こんなところでこんなカタチで出会ってなければ思わず見惚れてしまう程に麗しい。


 それと比べれば、以前に見たレッサーハルピュイアの姿は黒茶で暗い色目の翼だった。あれは単純と言っていい容姿だった。……とは言っても、胴体からの上は毛むくじゃら、頭はハゲたおっさんの顔で、単純とは言っても気持ち悪かったけれど。



 でも今、警戒心を顕に鋭利な目付きをしながら大空を旋回している二匹のハルピュイアはどちらも胸に剥き出しで大きな乳房を揺らし、両翼はグラデーションと呼べる程色彩豊かなものだ。

 灼熱の砂漠地帯の気候をものともせず、風を操り飛翔する姿は鳥類の始祖を見るような絶佳の感覚を抱かせた。二匹とも目が覚めるような美貌を持っている。



 二匹の鳥の魔物が舞う姿を視認したイルマ。途端、その顔が急速に色を失っていく。


「なんてことだ……。ハルピュイアの上位種ではないか。いつからだ?」


 やっぱり、上位種ってことは手強い敵なんだな。

 それに形相が怖い。イルマ、焦ってないで説明してくれよ。あと指示も。オレ話せないんだから訊かれても困っちゃうよ。


 見張り用の日除けパラソルに身を隠しながら青ざめた表情でイルマが呟く。


「こちらに気付いている、いや隠匿結界に疑念を抱いている段階か。ならまだ状況に多少でも猶予はあるな。

 いいか、よく聞けランド。あれはハルピュイアの上位種だ。おそらくクイーンハルピュイアだろう。攻略方法は俺にも解らぬ。

 ハルピュイアは一本ずつ羽根の色彩が複雑な程、翼が色鮮やかな程上位とされる。故に知能、魔力ともに高く高等魔法を操ることが可能だ。

気を付けろ……」



 それまでゆったりと、警戒するように並行飛行していた二匹のハルピュイアが別れていった。視界から消えてしまう。砂の上に落ちていた影も無くなってしまっている。



 良かった。あいつら巣に帰ったみたいだーー。



 そう思った矢先の出来事だ。テントの周りを突如の暴風が襲った。



 大量の砂が舞い上がる。


 周囲に展開している結界の外が、古いテレビで起こったホワイトノイズの画面のように一面酷い砂嵐になっている。


「クッ、感付かれたか!」


 オレには二匹のクイーンハルピュイアの魔力の気配は全く察知出来なかった。イルマは察知出来たのかな。突然の攻撃に激しく動揺してしまう。


 結界の中にいなければ大変なことになっていたかもしれない。





 結界に当たる砂が掻き毟るようなガリガリ音を立てる。激しいノイズが不吉な音を奏で耳を裂くように響き脳を軋ませる。


「何だ! どうした敵か!?」

「耳が痛いぃ!」

「寝起きに最悪! この音は一体何の目覚ましよ」


 休んでいたみんながテントから飛び出して、結界の外を見ると驚愕の表情を浮かべていく。

 しかも、ガンクとナノは、外の状況を見て、確認してからも、よく分からない(・・・・・・・)というハテナ顔をしている。


「なんだ、一体どうしたんだよ。

イルマ、この音は何がどうなってる?」

「引っ掻くようなスゴい音がしてるけど……、どういう状況?」

「音もそうだが、砂嵐が見えんのか」

「砂嵐?」


 顔を見比べ傾げるガンク達。


 ガンクもナノも、何言ってんだ? テントの中で眠っててまだ寝惚けてんのか?


 二人の見当外れな発言に、ひたすら耳を塞いで顔をひしゃげているコルテを見やり、イルマの顔が曇っていく。そして告げる。


「外の砂嵐が見えんのか。そういうことか?」

「はぁ?

 さっきから何言ってんだよ。砂嵐なんてどこにだ。

 外は茹だるような地獄の快晴じゃねーか、何訳分かんねーこと言ってんだよ。

 不気味な音だけ聞こえるけどよ。ガリガリザーザー、何なんだ?」


 そう言いガンクが結界が張ってある外へ出ようとした。叫ぶイルマ。


「不用意に出るなっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ガンク!? いやぁぁぁっ」


 ガンクの絶叫が、ナノの悲痛な声が砂漠に木霊した。



 無用心に結界の外へ身体を出してしまったガンクか……砂嵐に引き裂かれた(・・・・・・)。そんなイメージが靄が晴れるように引いていく。すると、そこに見えていたのは、色鮮やかな羽根を身体中に突き刺されたガンクの姿があった。

 砂嵐なんてどこにもない(・・・・・・)、消えてしまっている。晴れ渡った熱地獄の白砂の海が一面に広がったままだった。嵐が吹き荒れた跡なんか何一つ無い!



 そんな。どういうこと?


 夢でも見ていたのか!?




ピャロロロロロロロロロ……



 その鳥の鳴き声みたいな音は上空からだ。その音色から感情を察することは難しい。


 隠匿魔法が効いた結界を警戒していたクイーンハルピュイアは、何らかの特殊な魔法か能力を使って砂嵐の幻を作り出し、敵であるオレ達の誰かを結界の外へ誘き寄せた、とそう判断する他なかった。自身は一切の危険を負わずにだ。


 空からの声の主は目論見が当たり成功して喜んでいるのか、またはまだ警戒しているのか。それともこの鳴き声すら何か効力を秘めた能力なのか……。

 


「ガンク、自力で引き返せるか?」

「くぅぅ」


 目映い光沢のある鮮やかな羽根、その多くがガンクの全身を覆うようにして突き刺さっていた。流れ落ちる血に混じり琥珀色の液を滴らせながら、抜き身の剣を支えに倒れるようにしてガンクが結界の中に戻ってくる。


「酷い有り様だ……。

 コルテ、直ぐに毒の解析と解毒魔法を! ガンクを任せる。ナノは応戦を頼む。

 ランド、突っ走るなよ。無策で飛び出せば殺されるぞ」


 分かってるよ!



 血相を変えてナノが訊ねる。子供体型に戻っているコルテも既に顔を引き締めている。


「どういうこと!?」

「緊急事態ね。ど派手な羽根からしてちょっと考えたくない相手のようだけど……。

 ガンクのことはあたしが何とかする。だから説明して」



 二人の目を見詰めしばし塞ぎ込んだ後、イルマが伝える。


「上にいるのはクイーンハルピュイアだ。

 相手は狡猾だ。俺達を敵として認識してからは姿を見せぬ。そのことからも相当に厄介な戦いを強いられるだろう。

 戦術的に高等魔法を使用してくる。現状こちらは上手く結界で凌ぎきれはしているが、籠城作戦を取ればいずれひっくり返されることは目に見えて明白だ」


 ナノへ、コルテへ、オレへと作戦を伝えるイルマ。……大丈夫だろうか。



 “司令官”の通り名を持つイルマ。その本領を発揮出来るだろうか。


 ナノへイルマが指示を伝えている。オレはそれに片耳を傾けながら、もう一つの耳はコルテの方へと向けていた。



 砂地に横たわるガンク。仰向けになったその上にコルテが種子みたいなものを振り撒く。さらに薬草に水にと、どんどんとガンクの体の上が賑やかになっていく。


 何してるんだろう?


「痛ぅ、……コルテこりゃ……アァッ!」

「じっとしといた方がいいよ。今トールトさんが治療してくれてるから」


 お腹の辺りの薬草の下がぐにぐにと奇妙に動いている。そのうちに薬草の隙間から紫色の若葉が顔を出し、みるみる大きくなっていく。


「トールト、……さん?」

「そう。木精霊のトールトさんの種。……あー、喋んなくていいから直す気あるなら黙ってて。

 トールトさんが無鉄砲なあんたの体内の毒素を吸い上げてんの。身代わりになってくれてんのよね。だから感謝しなさい」

「マジかよ、悪ぃなトールトさん」


 ガンクが苦痛に顔を歪めながら腹に発芽した木の芽を擦ろうと手を動かす。


「じっとしてていーの。喋んなくていいのっ。トールトさんも喋り返してくれないから心に念じるだけにしといてね。

 んー、こりゃかなり強力みたいね」


 言いながらさらに薬草に水に何かの薬剤やらをガンクの腹に投下していくコルテ。トールトさんの根の状態をその色味を確かめては分量を調節している。

 著しい成長を続けるこの木は横で観察していれば、ガンクが悪魔の木に喰われているようにも見えた。


 コルテを越える背丈までなった紫色の樹木はまださらに大きくなる様子だ。


「あんたこんなの受けてよく生きてられるわね。紫よ、紫なの! 二色のダブルパンチ。赤色の強刺激に青色の麻痺毒が合わさった強い混合毒よ。これじゃ流石のトールトさんも不憫だわ」


 トールトさんの木の色によって症状が判るらしい。


 ガンクの全身に根を張ったその紫色の木は、次第に根元から普通の木に近いものへと変色していった。

 丸裸だった本体の幹と枝の先には次第に紫色の葉が付いていった。


 吸い上げた毒素が木の全体を通り、頭の葉を残して茶色に代わりきった頃に完治するという。それがガンク体内の毒素全てを抽出仕切った証らしい。

 それにはまだまだ時間がかかりそうに見えた。





「おいランド、余所見するな! ガンクはコルテに任せておけ、彼女なら必ず救ってくれる筈だ」

「あたしじゃなくて頑張ってるのはトールトさんだけどね。まぁ、ねこちゃんはこっち心配せずに自分のこと気に掛けててね」


 そうだな。うん、ごめん。


 オレは尻尾を下げてしっかりとイルマを見た。


「コルテの言う通りだ。

 お前は遺漏なく聞き、策戦を頭へ叩き込んでもらわねば困る。ガンクを欠いた今クイーンハルピュイアの喉元へ突き立てられる牙を持つ者はランド、お前だけなのだぞ」


 ハイッ! 


 オレは姿勢をビシリと引き締め尻尾をピンと立たせた。





 結界の外の灼熱地獄はあれっきり静かになっていた。これを膠着状態と判断するなら偏った都合のいい考え方だと分かる。


 この場所はクイーンハルピュイアの主戦場つまりホームなのだ。時間を引き伸ばせば夜になり新たな敵と対峙することは目に見えている。

 それに籠城を決め込んだ敵に対してその牙城を崩す対応策を幾らでもあいつらは持っている筈だ。長引かせればそうするだけ不利な状況を作ってしまう。





 策戦説明を終えたイルマがオレ達を見回す。


「頼むぞ、ナノとランドの連携に懸かっている。

 手始めの陽動は俺が引き受ける。意地でも奴等を引き摺り出してやろう。その後は頼んだぞ?」

「任せて。バッチリ役目果たしちゃうんだから!

 ガンクを羽まみれにしてくれたお返ししてやる。……ちょっとだけ羽根付きガンクのこと綺麗って思っちゃったけど、アタシ絶対許さないから!」

〔な、ナノ……?

 オレも許さないぞ。

 クイーンだか何だか知らないけど、あの鷲オレが食い千切ってやるっ〕


 ナノが変なこと言ってる。けど士気は十分みたいだ。


 不安はあるけれど、やってやる!

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