117.筋肉を付ける方法とアーバイン王国の歴史について
翌朝オレ達は一度散会して明日の朝メールプマインの街門の前で落ち合う運びになった。
「乗り物を予約してあるから。
あたし今から引き取りに行くんだけど、先方は今日中に人数分を揃えるのは難しいってごねてるのよねー。でも尻を蹴っ飛ばしてでも用意させるから安心していいよ!」
ぽっちゃり幼児体型に縮んだコルテが高々に宣言する。対してガンク達の反応は鈍い。
「乗り物って、馬車使うんじゃねーのか?」
「うむ、俺もてっきり貸し馬車を拾うかレームス殿を頼ろうかと考えていたのだが」
ガンク達にコルテはプンスカと抗議するように言う。
「馬車なんてそんな鈍っちぃ移動手段で行くつもりだったの本当に? やる気ありますかー?」
「いや、それ以外に他思い付かねーだろ」
馬車か人足か、まさか車があるわけでもないし。帝国側からやってくる隊商には水牛が荷車を引いていたりするのを見たことあるけど、あれは馬力は馬以上でも流石に遅いよな。
オレは無理矢理にでもそんな考えを抱きながら、我慢を強いられている。
ナノがでオレをモフりながら、髭オヤジ先生が処方してくれた『強力内活性剤』と『千手草』をオレの口へと捩じ込んでいるからだ。
苦い!
良薬は口に苦しと言うけれど、滅茶苦茶苦い。これはゴートが作った滋養強壮の薬膳スープより断然苦くて舌が痺れるように不味い。まるで毒だ。
「ほらランドちゃん、お口開けて。はいイーして飲み込んで。
コラ、吐き出さないの!」
ペッペッ、まっず……。
どこか母性本能さらけ出しながら迫り来るナノだ。薬を掴んでオレを優しく抱擁しながら、「怖くないよぉ」て背中を撫で付けてくる。そして頬を持ち上げ歯茎の隙間からグリグリと……。
ナノ怖いよ……。
「ランドちゃん? 飲み込まなきゃ治らないでしょ。ほらもう一回」
ひいぃっ!
前世の知識だと、動物に薬を飲ます時には食べ物に混ぜたり仕込んで分からないように工夫して飲ませたりするよね。無理矢理って酷くないか?
涙目になりながらガンク達とコルテのやりとりを見守っているのだけど、昨夜の大人の美女体型だったコルテと今朝の幼女体型のコルテは雰囲気も口調もまるで違うんだよなぁ。不思議だ。
「バカ? あんた達やっぱりバカなのね!?
……いいわ、後でとっておきのお楽しみにと企んでいたのに残念だけど、秘密ばらしてあげる。
聞きたい? 知りたいよね?
どうせガンク組には縁ある話だし」
「何なんだよ一体」
「どうしよっかな~」
コルテは愉快そうにガンクの周囲を踊る。ガンクは溜め息を、イルマは眉間を抑える。
「いいから早く言えよ」
「やっぱ気になるの?」
「うぜぇ! 話を進めてくれよ」
コルテはぷっくりした指先を楽しそうに振る。
「あんた達第三番街の『光夜烏』を潰したでしょ?
動物を魔物化させて、それなりに悪どい商売して儲けてた組織だけど、やってくれたよね。覚えてる?」
「ああ」
「その組織がね、第一番街のとある貸し馬車商に卸していたんだけど、そこの馬を駆って移動するつもりだったの。ラウルトンが話を通してあったんだけどねー。でもねー」
話を聞くと、その貸し馬車商は通常の馬より調教訓練させて育成した魔獣化した馬を多数所有しているとのことだ。けれど、オレ達が犯罪組織『光夜烏』を壊滅させてしまったことにその貸し馬車商は強く反感と私怨の念を抱いているという。
ラウルトンさんの手腕で辛くも所有している馬を貸し与えてもらえるようには了承を得たものの、依然として難色を示したままなのだそうだ。
「一応ね、馬を借りられるってことに落ち着いてるけど、向こうはやっぱり貸したくないのが本音みたいでね。商人の名折れよね。何度も蒸し返して強情っ張りなのよ。
そりゃラウルトンにはオッケー出しても乗るのが大事な取引先を潰したあんた達だからね。
だから最悪馬以外の乗り物を宛がわれるかもね。かもね? かもね? ん?」
「うぜぇ!」
「怒らないのー。
本来なら出し渋ってる先方にあんた達がこの頃高くなってるその頭を下げに行って謝罪の一つでもするってのが礼儀なのよ。分かる?」
「別に頭が高くも高慢にもなってねーよ」
エルフって、元は妖精の一族なんだっけ。妖精は無邪気で遊び心いっぱいで意地悪やイタズラ大好きだったっけ。そんなことを考えながらコルテとガンクのやり取りに耳を傾けているオレだ。
コルテは目をうるうるさせて両手を顔の前に組んだ。
「ならいいんだけどさ。それをあたしが『どうかお願いっ貸してっ』ってお願いしに行くんだから感謝してよねっ」
「なんだよ、さっき尻を蹴飛ばしてでも連れてくるって言ってただろ」
「うるさいっ、言葉のアヤよそれは!」
諦めて、イルマもガンクも努めて冷静な口調で応じる。内心面倒臭そうだってことが分かるけれど。
「それならそれで構わん。馬車より早いのなら何でもいい。
勿論、コルテには感謝の念を抱いている」
「そうだな。自業自得とは思えねーけど、仕方無いことだしな。
ありがとうコルテ。さすがラウルトンさんの片腕だな」
うん。ガンク、持ち上げたな。
傍から見てると、幼女の意見に大人の対応を見せるガンク達というような絵になる。
それでもコルテは少し納得いかないようで、「気になってたんだけどさ」とガンクに飛び付いた。そして後ろから手を伸ばして彼の腹をまさぐっている。
「この体つきはちゃんと鍛えて無いよね? 何この贅肉。あり得ないんだけど!」
「何すんだ、やめやがれ馬鹿っ」
コルテは無邪気な笑顔でガンクのお腹を堪能すると振り落とされた鉄拳から逃れて真面目な顔になった。
「腹筋割れてない男なんて男として見らんないよ。最低の部類ね!」
「むぅ! やめろ、俺に近寄るな、ロリエルフ」
「……イルマはたまに面白れーこと言うよな」
コルテはガンクから離れると、イルマに向けて駆け寄ったところで凄まじい速度で遠ざかられ目を丸くする。
「何よ、つまんないの~」
「うちのパーティに変態は不要だっ」
「……これイジメ?」
「どっちがだ!」
コルテがしょんぼりしたところで警戒を解いたイルマ。油断した彼に回転蹴りを放ったままコルテな駆け出していく。
「神殿に練武場があるからそこで鍛え直して来るといいよ!
じゃあ明日の朝メールプマインの門の前でね~」
「……コルテの言う通りかもな。このところ確かに鍛えて無かったし。行くか」
「そうだな。まったく、痛いところをつく」
ガンクは何度か魔力を流し込み筋肉を膨張させた。すると身体がモリッ膨れとマッチョ化する。
それはオレが魔力を身体に通して身体のサイズを変えたり高く跳躍するのに脚の筋肉を肥大化させるのと同じ原理だ。
この世界では日頃の筋力トレーニングや実践的な訓練も有効だけど、魔物討伐を生業とする冒険者にとっては訓練を補完したりそれ以上の効能を付与する魔核分泌液の存在がある。
それは魔物の体内に一定量ある、魔核の周りに分泌されている高濃度の魔力を含有した液なのだけど、それを冒険者が飲み込み自身の身体に取り入れることで身体の基礎的な能力を底上げ出来る。
そして飲み入れて完全に浸透するまでにそれなりに時間を要する。飲み込んだ魔核分泌液の性質とその新たな主との相性にもよるらしい。
だから完全に結び付く前の段階は必要に応じて魔力を用いて融合させて、今さっきガンクがしたように筋肉をバンプアップさせることが出来る。例えば全身や特定部位の筋力を増強させたり、もしくは脳や臓器の働きを良くさせたり、器用に出来さえすれば流す魔力を経由して武器の威力変換へと割り振ることも可能なのだ。
つまり、コルテが指摘したのは霊獣玄武を倒して得た力を未だ身体の中に燻らせ残したままだという点なのだ。
せっかくの超高濃度の分泌液を馴染ませきれていないことに軽く憤り、ガンク達の方もそれを理解しているようだ。
それとあと何か別の感情も加わっていたみたいだけれど。
取り入れた魔核分泌液は何度も何度も結び付かせることで、益々新たな主の身体に根付いていく。それは腹回りで言うならば腹筋を割れさす程のバッキバキの肉体にも変えられるし、逆に言えば脂肪で覆いだるんだるんにして寒冷に備えることにも有用なのだ。
それを過酷だったり日々繰り返し行う反復訓練抜きで獲得出来るのだからなんと素晴らしい世界だと思う半面、魔物狩りに出掛けて死んでしまうこともザラだから、果たして良いのか悪いのか。
でも、いざ実戦の場になれば元から装備出来ている状態の筋肉と判断を伴って増強させる筋肉では断然その成果に違いが生じてくる。
いくら魔核分泌液を割り振る幅が残されているとはいえ、初心冒険者でも無い訳だから力の割り振り先は身に付いていて然るべきものだし。
要は、コルテが言いたかったのは意味そのまま「怠けてるんじゃねーぞ」ってことなのだ。
ちなみに神殿というのは、メールプマインの第一と第二番街のちょうど境の辺りに位置する今は元の意味合いから外れてしまっている巨大な建物を指す。
現在では冒険者御用達の訓練施設として練武場となっているようで、身体に負荷を与える様々な器具や模擬戦闘訓練場もあるという。
では何故神殿が存在するのか。
その神殿はアーバイン王国建国前のとても古い建物で、大昔にはこの地域に今は無き宗教国家群が存在していたという歴史を紐解く必要がある。
実はこの辺りの話は以前ラウルトンさんとの会食時に簡単ではあるけれど語り聞かされた内容だ。獣人達の建国相談の件で仮契約を結んだ時に。
初代アーバイン国王となった彼が率いた当時の反乱軍がその宗教国家群を壊滅へと導くとともに、その宗教も教義も討ち滅ぼされるに至っている。
その聖戦と言っていい大規模な戦において宗教国家群から生じた反乱軍はその時代の帝国軍と協力して共同戦線を張り、邪竜教を主体とした宗教国家群を捩じ伏せ、北部の方まで追いやることに成功した。そして当時の反乱軍はその地で王国を成したとされている。
元々邪竜教なんて名前では無いけれどそれは蔑まれての名称だ。正式な名称はラウルトンさんは語らなかったから分からないのだけれど。
話は戻り、その北部の端まで追い詰めた残党をカダストロフ山脈の向こう側へ国王軍は追い払い、その山脈地帯を境にしてその地までを国土としたという。
そして今でもその山々を監視体制に置いているらしいけれど、王国の軍事的な内情や真実は詳しくは分からない。ラウルトンさんは把握していても驚かないけれど。
その時隣で聞いていたイルマは王都の学校の歴史の授業で勉強して習っているみたいだからまだ話に付いていけても、アーバイン王国の歴史など学んでいないただのねこのオレにはちんぷんかんぷんだ。
そういう経緯もあってか、アーバイン王国と帝国側は建国当初から互いに不可侵の状態を今日まで維持しているらしい。
また話は戻って、というわけで神殿というのはその追い出した邪竜教の教徒が使っていた建物のことだ。
背伸びを一つするとガンクはオレへ体を向けた。オレの方はやっと薬との悪戦苦闘が終わった頃だ。
昨夜から二回目にして、どちらかというと『千手草』より『強力内活性剤』の方が飲み込むのに苦労する、ということが判明していた。
「なんか大変そうだな。早く治せよランド。
俺とイルマは練武場でこれから一日身体絞りに行くけど、ランドはまだ身体のこともあるし、やめておくか?」
「おいガンク、冒険者ではあるがランドはねこだぞ」
どうしようかな……って、ああ、そうゆうことなんだな。